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14. 07. 08

いろいろな人に会いに京都へ(その2)

今回は一人旅だったので高速バスででかけました。

それと出発したのが平日の木曜だったので、
いつも土曜に使っている5時台の早朝便はなかったのです。

5時台のに乗ると京都駅に朝の9ちょっとすぎに
到着して何かと都合がよかったのですが、平日で
便の運航がなく仕方ないので
5時台の大阪阪急梅田行にのりました。
昨日はこんな事故があって、ちょっとびっくりしましたが、、。


これですと8時半に
阪急梅田に到着です。

阪急梅田から歩いて地下鉄の梅田まで行って
地下鉄で淀屋橋まで行きます。

と、簡単に書いたのですが、、
やはり都会は本当にあちこち階段ばかりです。
今回はエスカレーターとかエレベーターをなるべく使って
移動したいのでやはりどこにエレベーターとか
あるのか、と、探してみます。

さすがにターミナルの梅田は便利な場所にありましたが、
淀屋橋は見つけられませんでした。
(きっとホームの端くらいにあったかもしれません。)

仕方がないので、よっこらしょっと荷物を持って
階段を上がりました。

普段なら地下鉄のホームから京阪のホームまでは
何の造作もないのですが、今回は京阪の改札口まで
来たら、貧血で目の前がまっしろになりました。


淀屋橋で京阪に乗り換えます。
ホームに降りたら、先発京都出町柳行の特急、と表示にはあったのですが
車両が緑色の急行の電車で、一瞬大丈夫かと思ってしまいました。
この色の電車がいたわけです。
Keihankyuukou

でもね、普段の特急はこっちなので、、
Keihantokkuuyu


おそらく阪急の京都線なんかでも車両運用の関係でしょうね。
たまに特急なのにクロスシートではなくて
普通のロングシートの電車が特急運用になっていたことも
ありましたから、、まぁこれもありか、と思ったのですが、、
電車が京橋を出てから途中の駅を通過し始めて、
あ、間違いなかった、と思ったりしたのでした。

電車は予定通り三条に着きました。
ここで一度出てコインロッカーにスーツケースなどを
預けました。ここから地下鉄の東西線に乗って御陵で降りました。
どうして御陵かと言えば、ここに天智天皇の御陵があるからです。
時間があれば天智天皇の御陵にも行きたかったのですが
ひとまず西国番外札所に行く、という目的がありましたから
そちらを優先しました。

御陵で降りて道を西南に下っていきます。
途中東海道線の線路の下をくぐります。

この辺の東海道線も明治時代の建設ですから
やはりこういう部分にレンガが使われています。
Tokaidosen1

そのレンガのトンネルのところにこんな表示がありました。

Norishiri

のり尻、ってありますが、どうして「のり」のほうも
漢字で書かなかったのでしょうか。「法尻」でいいのに、、
でも、法尻、で「のりしり」とは読みにくかったからですかね。

どうしてこういう表記になったのか、ちょっと不思議な気がしました。


東海道線の線路をくぐってもう少し、、。
結局御陵の駅から15分ほど歩いた住宅地の中に
西国霊場番外札所の元慶寺がありました。

Gangyoji1

今でこそこの辺は住宅が立ち並んでいますが、
謙介が京都にいたころは山科はまだそれでも
住宅地と畑や田んぼが混在しているような
場所でした。

おそらくもっとずっと昔はのどかな農村地域だったのでしょう。

だからこそ忠臣蔵の中で大石内蔵助が山科にしばらく隠棲するような
ことになっていたのでしょうし、、、。

緑のいい時期に来れたなぁ、と思いました。
境内はそう広いところではありませんでしたが、
閑静で落ち着いていて雰囲気のいいお寺だと
思いました。

Gangyoji2

おまいりを済ませて御朱印をお願いするところに行くと
さすがに3人ほど書いていただくのに並んでおいででした。
3人の方とも(全員女性)スニーカーで、パンツ姿であったので
おそらく自動車ではなくて、今回の謙介のように
公共交通機関を乗り継いで歩いてやってきたのではないか、と
思いました。

このお寺は最寄りのバス停までは数百メートルだったのですが
その停留所のバスは一時間に一本あるかないかで非常に便数が
少なかったのです。もうちょっと遠くのバス停なら一時間に2、3本の
バスの便はありました。ですが地下鉄ですと、5分か6分おきに
走っていたのです。(ただし、御陵の駅からはちょっと歩かないと
いけなかったので、それぞれ一長一短ではあったのですけどね。)

さて無事にお参りも済ませて、御朱印もいただくことができたので
もと来た道を戻ります。行くときはずーっとなだらかな下りだったので
帰りはなだらかなのぼりになるわけで、、途中で自販機を見つけて
お茶を飲み飲み歩いて上がりました。

やっと御陵まで戻ってきたら、本当に疲れた感じがしたので
時間には余裕がありそうか、と思って時計を見たら、、

腕時計が止まっていました。
おそらく電池切れでしょう。
じゃあ、ちょっと早めですが
会議の会場に行くことにしました。
会議会場の近くに時計の電池を交換してくれる
ところがあったのを知っていたので、食事の前に
そのこともしないといけません。

再び三条に戻ってコインロッカーに預けていた荷物を取って
再び地下鉄に乗って会場に向かいました。


会場の近くの時計屋さんに行って
急いで電池を交換してもらいました。
まだ会議のはじまるまでに1時間半ほど余裕が
あります。

でもまぁ会場の近くの本屋さんをのぞいた後で
9月の発表の時にお世話になる方々に
挨拶をしに行きました。

それが聞いたらまだ会場の部屋が決まっていない!
とのこと。参加者の数によってメディアホールでするか
講堂でするか変わるんです、、、ということでした。
まぁいいや。どうぞよろしく、ということで
挨拶をしてきました。


それから会場内の食堂で
ふわとろオムライス ハヤシソースというのをいただきました。
サラダ付きで 366円。
Ohiru

(全然京都観光ならではの食べ物、といった感じではありませんね。
 観光客だったらお豆腐料理とか精進料理でも食べるのでしょうか? 笑)

長くなりました。今日はここまでといたします。

(今日聴いた音楽 出町柳から 2004年 
 京阪電車イメージソング 歌 淀屋橋ゆき
 歌詞の中にも ♪ダブルデッカー そうでっか とか、
 大体この歌を歌ってる人が淀屋橋ゆき、とか、、
 もうベタなギャグ満載の京阪電車ならではの
 曲です。 淀川の対岸を走っている阪急では
 絶対こんな曲は作れないし、作らないだろうと思います。)

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