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14. 07. 13

東京の人が書いたから、でしょうか。

この記事を書いたのは書いたのは、たぶん東京の人でしょう。
表記が「あほう」になっていますもん。

標準語の「あほう」と大阪でいう「あほ」は発音が全く異なります。
標準語の「あほう」はあほう、と3音それぞれにきちんと発音します。
ですから表記も あ ほ う ですよね。
だからアホウドリ、という場合も、
はっきりと3音「あほう」と発音しますね。

しかし大阪では「あほ」の2音だけです。
ですから東京の言い方ではきちんと発音する
あほうの最後の「う」の発音なんて全く欠落してしまっていて
発音されません。

だから表記もあほう、ではなくてあほ、となるのです。 
あほとしか発音されないのですからそうとしか
書きようがありません。


大阪ですからこの議員が言ったのはあほう、ではなくて、
あほ! と言ったのでしょう。


しかしそりゃあほ、と言われたら誰だって怒るし
そういう言い方はダメなの決まってますが、、。


もともと大阪では喧嘩をする時とかヤジを飛ばす時には
その「あほ」を使った賢い言い方があったんですけどね。

それは「あほちゃうか」もしくは「あほちゃう? 」という言い方です。

なぜならあほちゃうか、というのは
「本当だったら、賢いまともなヤツなのに
どうしてそんなふうに限りなくアホに近いような行動や
振る舞いをするのだ。」と文句を言ったり怒っているわけです。

「オマエは本当はもっと賢いはずなのに」と
言うのが前提ですから、
決して相手を貶めた発言ではありません。

微妙なところで言葉のセーフガードが働いていて
決して角のたつようにはもっていかない。
ぎりぎりの線で踏みとどまっている。
本当にうまいなぁと思います。


あ、そうそうぎりぎりで思い出したことですが。


京都のおばちゃんの言い方で
最近の言葉で笑ってしまったのは、
散々誰かの悪口を言っておいたあとで
必ずこう付け加えるのです。
「よう知らんけど」って。

散々噂をしておいて、最後に「さぁわたしよう知らんけど」と言って
すっとぼける、って、まぁなかなかの高等なテクニック
だと思います。そこまで知ってたら十分すぎるやないか、
と思わせておいて、でも最後の最後に来て「よう知らんけど。」
いきなりぼかして終わるのです。

そんなもの、目の前の人が言っているのに
間違いはないのです。でもぼかして言う。

誰かに糾弾されようとしても、
「私聞いた話ですし、くわしいことよう知りまへんねん。」
とすっとぼけます。(実際はくわしく十分知りすぎるくらい
知ってて言ってる、ということは言うまでもありません。)

もともと大阪とか京都の方言には
微妙なところを言い方一つで角が立たないようにする、
という言い方がちゃんとあったんですけどね。

特に京都の言葉は角が立たないようにしながら
はっきりと相手にこちらの要望を要求する
というようなことに非常に発達した方言なのです。
人に用事を頼む言い方のバリエーションが
すごく多いです。

京都なんてはっきりと相手に依頼する、
ということはあんまりありません。

さっと思い出しただけでこれくらいありますが
実際はもっと多いのです。

人に用事を頼むときは決してはっきりと
お願いします、なんて京都では絶対言いません。

お願いします、なんていう言い方をしたら
必ず相手はこう言うでしょう。
「考えときまっさ。」

あのですね。この考えときまっさ、というのを
文字通りにとっては絶対にいけません。
問題はこの「かんがえときまっさ。」に
言葉を補わないといけません。
「するのをやめるのを考えておきます。」
ということです。

つまり考えておきまっさ、というのは、直接的にダメとは
言わずにぼかして角が立たないように断っている、
ということです。
嫌とは言わない代わりに「まぁそのうち考えておきます。」
と言っている。まぁそのうち、というのは、決して今すぐ
しない、ということですね。本当にやる気があれば誰だって
いますぐします。でもまぁそのうち、、です。そうして永遠に
しない、ということです。


ですから京都弁は人に用事を頼むときの表現の
これまた多いこと。

どないだっしゃろ? 
(どうでしょうか? )

してもらえやしまへんやろか? 
(してもらうわけに行かない? )

しておいておくれはらしまへんか? 
(しておいていただくわけには行きませんか?)

しておいておくれまっしゃろか?   
(しておいてくださいますか? )

しておいてもらえたら、うれしいんですけど 
(していおいていただけたら幸いですが。)

ふふふ。言葉だけ見たら丁寧そうに見えるのですが
それを言うときのシュチエーションが実は問題でして。

相手の顔をニコニコと笑いながら見ている分には
問題がないんですけど、、。


相手の目を見て、すごい目つきで、念を押すように
「やっといてもらえたらうれしいんですけども。」と
いうわけです。言葉こそ穏便ですが、それはそれは
人相はこわい。(笑)

言葉こそ穏便ですが、どういう意味かと言えば
「お前がやれ! 」って命令してるわけですよ。


ただものすごくはっきりとした命令もしくは
指示表現もないわけではありません。

「やっときよし」とか「やりなはれ」って言うの。
これになると「やりなさい」と言う言い方です。
親が子どもに宿題をさせるときはまぁこれですね。

何度この言葉を言われたことやら、、。(笑)


大阪の言葉というと、みなさんはテレビに
出ている吉○の芸人さんの言葉を想像するかもしれませんが
ああいう人って生粋の大阪で育ったとか京都で育った人
はむしろ少なくて、たいていは
よその地方から来た人が無理やり大阪弁っぽいものを
しゃべっている、ということですね。

だからやはりちゃんと聞いていると、ネイティブの大阪の言葉、
京都の言葉とは違うなぁ、と思います。

本当の大阪市内の言葉というのは、
たとえば女性の話す言葉は
もうちょっと穏やかで柔らかかったんですけどね。

大阪のおばちゃん、の言葉というと近畿圏外の
人は上沼恵美○さんをイメージとして思い出すかもしれませんが、

決して上沼さんを思い出してはいけません。
あの人は淡路島ですから出身は兵庫であって
大阪ではありません。

昔の女優さんで浪花千栄子さんという方が
おいででしたが、あの人の話す言葉が本当の大阪弁の
代表のように思います。


男性の話す言葉も
上に書いた「あほちゃうか」と同じで、言葉の中に
微妙なニュアンスが籠っていて、もうちょっと
いろいろと含みもあって穏やかな表現だったのですが、、。

今テレビとかいろいろなところで聞くような
攻撃的な言葉ではなかったです。

1970年代のころの大阪の言葉は
確かに気忙しいところはありましたが
今ほど攻撃的でやたら人の感情をチクチクと
刺激しまくるような
言葉ではなかったように思います。

たぶん1980年ごろからMANZAIブームとかいうようなものが
でてきてあの辺からでしょうかね。大阪の言葉が変容して
きたのは、とそんなふうに思います。


(今日聴いた音楽 アホの坂田 
 キダ・タロー先生の曲ですね。
 この曲がリアルタイムで流行っていたころは
 坂田利夫せんせいの頭も毛がたくさん
 あったんですけどね。まぁ人のことは、、

これを聞いてもらうと決して「あほう」ではなくて「あほ」と
発音しているのがよく分かると思います。)

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Comments

言葉のちょっとしたニュアンスというのは難しいですよね。私も東海地方で方言があるのですがほぼ関東圏で暮らしていたので?って事が多いです。大阪はよく分からないですけど京都に関してはイロ×2聞いた事はあります。御両親の実家が京都で夕飯を訪ねて来た方に熱心に勧め→食事後その方が帰った後でボロクソ、御本人の前ではニッコリ話してるんですがいなくなったら・・・とか。やたらと「結構です」を連発する方で何とも言えずグサッとくる言い方する人とか、って最後のは私の個人的な嫌な思いと重なってますが確かに京都の方とお付合いするのは難しいとは聞いた事があります。「結構どす」と言われても考えろ常に裏をよめ→よみ間違えると大変な事になるとか。本音と建前ってのは誰しもあるんでしょうけど難しいですよね。ある程度土地勘というか慣れというか必要ですよね。今年は冷夏の予想で期待が裏切られた為余計暑さを感じております。謙介さんもあまり無理しないで下さいね。私は円形脱毛症が治らないので病院に行ったら酷くなってました・・・情けないです↓治るのかなってクヨ×2するのは良くないですけどちょっとショック。
先日新聞に松竹の某氏がこけら落としの盛況を喜び(それはいいとして)今後は8月の納涼の様に3部制も考えてるようなってそっちかい!今の公演体制に問題があると思うのですが?巡業中右近さんが休演され竹三郎さんも体調を崩されたようですし、片岡松之亟さんはお亡くなりになったようです。どうなっちゃうんでしょうか?永○会長なんかはまだ勘三郎さんの奮闘を心配されていたようですが、このままだと大幹部どころか歌舞伎自体がマズイ事になるやもしれませんよ。

Posted by: ゆき | 14. 07. 16 at 오후 9:19

---ゆきさん
うちのオヤジさんは、「ぶぶづけでもどうどす。」以前に、ご近所の家にあがって、晩ごはんをしょっちゅうよばれていたそうで。「かめへんかったん? (そんな人の家にずかずかあがりこんで、食事なんかいただいてよかったのか?)」と聞いたら、「そんな遠慮してたらあかんのや。」と言っていました。当人のキャラクターによる部分も大きく影響しているのかもしれません。でもまぁ観光客で京都に行こうか、という程度の人は、京都の人とものすごく仲良くなって、家にお邪魔するというようなこともあまり考えられにくいので、そう過大に心配することもないんじゃないでしょうか。
それから「いけず」(意地悪)ですが、
京都の人は割とそういういけずをするときは
はっきりとやります。うちのオフクロは、オフクロの祖母から、「あんたはめえ(目)はおおきいし、色は黒いし、実家の家系の顔やない。」とはっきり何度も言われたそうで、、。今ならこういうのって言葉による暴力、虐待、と思っていいと思うのですが
そういうことをはっきり言われたそうです。
そういういけずをするときは、割とはっきりとやるみたいです。
片岡松之亟さん、お亡くなりになってしまいましたね。もうそらみたことか、としか思えません。本当に10年後くらいになったら、
歌舞伎役者なんて何人残っているのか、とさえ思います。

Posted by: 謙介 | 14. 07. 16 at 오후 11:15

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