« 治療日誌(第18週:6月15日~6月21日) | Main | あじさい神社 »

14. 07. 03

治療日誌(第19週:6月22日~6月28日)

6月22日(日)
前回の定期検診日の時に、主治医に
注射を打っていない週が何度かありましたが、
これについてはどうなるのですか? と聞いたら、

「一応この治療ではインターフェロンの注射は24回、というのが
標準なので(ただし体調その他状況によって臨機応変な判断もあり)
中断したら、その分が後にずれていきます。」とのことであった。

県の補助は2月から8月までなのだけど
これからの治療に要する日数を数えてみたら、
今後中断が無くても治療は後に延びているので、当初の予定の
7月末終了をはるかに越えて8月いっぱいかかりそう。

さらに今後も注射中止があったら(というのか、絶対あり得る、と思う。)
この状態だと9月まで治療が延びていくことは間違いない、と思った。

で、県のホームページを見たら、治療中断があって、補助の時期が
延びる予定の場合は、補助期間終了月の二か月前までには
再申請せよ、とあった。

ということは、今月6月中に再申請を行っておかないといけない、
ということになる。しかし主治医はそういう話は一切してくれない。
聞かない以上は答えない、ということなのだろうか?

6月23日(月)
朝一番にがんセンターに電話して、今後の治療予定について
主治医に聞く。「今の状況であれば、治療の予定は9月まで
絶対かかりますか? 」と尋ねたら、「おそらくそうなるだろう。」
とのお返事。

「そうしたら治療補助の延長申請を出さないといけませんよね。
県のホームページ見たら、最初の期間終了月の2か月前までには
再申請、とありました。私の場合は8月終了ですから
今月中に出さないといけないのではありませんか? 」と聞いたら、
「ああ、忘れとった。すまんすまん。」だって。

やれやれ。

患者も単に治療を受けていたらいいだけでは済まされなくて、
こういう事務処理手続きのこともちゃんと目配りしておかないと
いけない、と改めて思った。

主治医もさすがに今日の帰りまでに
診断書・提出書類を作っておくから、と言ってくれた。
予定ではなかったけれども、仕事帰りに書類をいただきに病院に行く。
(結局病院に行くことになってしまった。)
帰ってきて受給者の自己記述欄に必要なことを書きいれて
提出書類は完成。

6月24日(火)
今日、県に書類を提出しようと思ったけれども、仕事場で
来客があるし、会議もあるので、明日、帰りに1時間だけ年休を
もらって、県に出しに行くことにした。保健所の受付時間が
午後の5時までなので、どうしてもこういう書類の提出になると
年休を取って出かけないといけない。

6月25日(水)
午後4時に退勤して保健所に書類を持参する。
何とか6月中に担当者に渡すことができてホッとした。
そのままアパートに戻り、夕食を摂って実家の街に移動。
明日から京都なのだけど、
果たして駅や建物の階段は上がれるのか。

6月26日(木)
京都で会議があるのとそのついでに処々回らないと
いけないところがあるので、朝一番の大阪行きの高速バスで
出る。8時40分阪急梅田着。 梅田から淀屋橋まで地下鉄に
乗って淀屋橋から京阪。列車運用の関係だろうか緑色の
普通・急行用の緑の車両が特急運用されていたので、ホンマに
特急か? と半信半疑で乗る。(間違っていなかった)

三条で荷物を預けて用事をいくつか済ます。
駅構内・公共施設は全部エレベーター、エスカレーターを
使った。かばんもカートに載せてごろごろ引っ張った。
恩師に「何や買い物車引っ張って」と言われてしまったけど、、。

午後は会議。 夕方恩師と会い、恩師の家に泊まらせて
いただく。仏間に「南無阿弥陀仏」の軸がかかっていて
じーっと見ていたら、「あんたに書いてもろうた分、表装したで。」
と先生のお言葉。思わず「え? 」と言ってしまった。
そういえば、ずいぶん前に頼まれて書いたような気が、、
すっかり忘れてしまっていた。自分の書いた字ではあるのだけど
東本願寺のお軸の字の形式によって書いたので、普段書く
自分の字とは全然違う書き方だったので気がつかなかったのか。

先日先生に電話した時、声が
あまりに憔悴しきっていたので、どうなのか、と心配したのだったけど
ご自身なりの新しい目標を見つけられたようで安心した。

6月27日(金)
先生のお宅を昼に失礼する。先生が阪急の桂まで送ってくださった。
桂から梅田に出て、サイトのリンク先だったJoさんにお会いする。
3月で大学院を修了して、8月末にはカナダに渡ってしまう、という
ので、どうしても会っておこう、ということになった。
いろいろとお話をさせていただいて、阪急百貨店で二人で記念撮影
をしたりして4時でお別れ。東梅田のスエヒロでご飯を
いただいた。桜橋のネスパが無くなっていてショック。
今回の旅行で分かったのは、平面の移動であれば何とかなった、
ということ。階段になったらとたんに足にだるさや心臓がバクバク
いいはじめて、すごく疲れるのだけど、、。
6時50分JR大阪駅発の高速バスで帰る。

それでも体調がひどくなくて、落ち着いていたので何とか
行けたのだと思う。 心配していた雨にも降られることなく
何とか終えられた。


6月28日(土)
朝、オフクロを病院に連れて行く。結構人が多く1時間半ほど
待った。その後たまに行く和食屋さんでお昼をいただいて
帰る。 午後は旅の疲れやらこのところの疲れがあったせいか
横になってずーっと休んでいた。

|

« 治療日誌(第18週:6月15日~6月21日) | Main | あじさい神社 »

治療記録」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/59914032

Listed below are links to weblogs that reference 治療日誌(第19週:6月22日~6月28日):

« 治療日誌(第18週:6月15日~6月21日) | Main | あじさい神社 »