« わかりあえる・あえない | Main | 作品制作のために »

14. 06. 09

人生の聞き書き

大学の時にやったことが
今ごろになって役に立つなんて
ちょっとびっくりしています。


このブログでも何度か書いたのですが
大学の時に伝承文学研究の調査で
鳥取県の西伯地方で民話とか民俗の調査を
したことがありました。

鳥取、と言っても西のほうで、もう島根県に近い
米子から南のあたり。
中国山地から日本海側の平野におりた
伯耆溝口・岸本あたりです。
町の教育委員会の共催事業で
(変なセールスマンと間違われないようにするために)
お年寄りの家を一軒一軒訪ねて
民話とか、伝承、年中行事などをいろいろと
教えていただきながら調査をしたことがありました。

実は今、両親から、二人の生まれてから今までのことを
ずーっと聞いて、それをまとめる作業を
しています。 

今までも折々の冠婚葬祭の時に親戚関係の
話などは聞くこともあったのですが、そういう話は
その場その場での話ですし、そういう宴会の場は
とにかく忙しく、終わってからゆっくりまとめようと
思ったって、すぐに忘れてしまいます。
で、結局そのままにずーっとなっていました。

そういうことで両親の親戚・兄弟姉妹を
すべて、系統的に聴いたこともなかったのです。

同じ親戚でも付き合いの頻繁な人は
顔も名前も一致しますし
どういう関係なのか、ということもわかりますが、
冠婚葬祭の時にしか会わないような親戚とか
遠くにいてほとんど会ったことのない親戚になると
もうさっぱりわかりません。

加えて両親も高齢になってきました。
とりあえず今はまだ元気で記憶もしっかりしていますが
将来的には分かりません、よね。

どういう親戚がいて、その人とはどういう関係なのか、
じいちゃんの兄弟姉妹はどうだったのか、
今のうちに聞いておかないと、と気持ちがありました。


先日、友達からこんな話を聞きました。
彼の家で起こったことだったのですが
友達が親からその家の敷地・建物を引き継ぐことが
なったそうです。
ですが調べてみると、その建物は
彼の父親が住んでいたわけで、その家は彼のお父さんの
ものか、と思っていたら、お父さんの兄弟姉妹の権利も
あった、ということだったのです。

そういうことで、その父方の兄弟姉妹に会って、
その家と土地に対する権利を放棄してもらうに
ついて交渉をしないといけない、ということが
発生してしまうことになりました。

そうして親戚中を駆けずり回って3年かかって親戚と
交渉して、ほかの親戚のその家に対する権利を
放棄してもらう交渉をしたそうです。

その交渉がいかにしんどかったのか、ということを
話してくれました。

そりゃ3年間も日本中に散らばった親戚のところに行って
事情を説明して、納得してもらって権利を放棄していただくことの
承諾をもらって書類に署名捺印してもらう、ということを
ちょっと考えただけでも大変な苦労と手間がかかったのだろうな、とは
想像できます。


という実体験から彼は
「そういうことだって普通に起こり得るわけだからさー
親戚関係の行き来がない、って言ったって、
どこにどんな親戚がいるのか、ちゃんと
把握しておく必要があるぜ。」と、こんこんと
謙介に力説してくれたわけです。

そうした友達の助言もあったし、今は二人ともとりあえず
元気でいてくれるので、これはそうした
親戚のことも含めて、両親の人生について、
聞いておかなくては
と思ったわけです。

とはいえ、思い立ったのが去年のはじめのことで、
こちらが忙しかったり、どうやって話を聞き始めていいのか
いろいろと考えたりで、謙介のおみこしが上がるまでに
1年以上かかったりしてはいるわけですが。


だってやっぱりつい面倒くさいと思ったんだもん。
でもねぇ、最初は面倒くさい、って始めたんだけど
これがまぁおもしろい!!!


確かに聞き取りそのものはものすごーく面倒なのですが
聞けば聞くほど自分が今まで全然知らなかった事実
まで分かりますし、
併せてどんなふうに両親が育ってきたのか、
ということも見えてきましたし、そこから類推して
どうしてあの時に親はああいう言い方をしたのか
というようなことまで、なんとなく分かってきました。

下手な小説なんか読むより、これは自分自身のことでも
ありますし、おもしろくて興味深い話が聞けて
今や毎回楽しみですらあります。

実はこういう話の聞き方って、コツがあるんですよ。

最近のことですから、
最初からパソコンだの板(タブレットなんておしゃれな言い方は
しません。笑)だのを出してきて、
話を聞きながら打っていく、という方法も
あります。

ただそれは最後のまとめ段階ならいいのですが
最初からそういう方法ではあまり感心しません。


やはり人の話をきちんと聞く、というのであれば
ノートとかメモ用紙を広げて、それに書いていく
という方法がいいと思いますし、
実際問題として年よりの話というのは
脈絡なくあっちこっちに飛ぶので、
聞いた話を、手元のメモとか図を書いて、本人にその
都度確かめながら聞いていったほうが正確なわけです。

ですから紙に鉛筆でメモをしていく昔ながらの方法が
一番いいように思います。

やはり今も言いましたが、お年寄りというのは
正直、興味の思いつくままに話しますねぇ。


なので、聞く時間もそう長くとらずに、
1回30分程度で、最初のとっかかりは
こちらの聞きたいことを絞って聞く、
という方法を取るのです。

たとえば今日はオヤジの母方の親戚について、とか
父方の親戚について、名前や生年月日を聞いて
その人が今、生きているのか、亡くなったとしたら
いつのことか、というようなことを聞いていくわけです。

それからあとは、そのことに関連していろいろな話に
なりますから、そのメモも一緒にとっておきます。


後は放っておいたって話がどんどん広がっていって
芋づる式にいろいろな話をしてくれます。

ですが1回は30分くらいがやはり適当です。
それ以上聞くと話すほうも
疲れてくるでしょうし、聞く側もとても疲れるので
それが限度だろうと思います。


それで聞き終えたら、その場で聞いたことをひとつひとつ
確認していきます。特に人の名前は表記も含めて
間違えると記録になりませんから、字を確認しておきます。
この聞く作業っていうのが、一番大変なんですよ。

それで聞いたことをもとに、年表を作っていくわけです。
昭和○年○月○日 ~で出生。 父親は△△ 母親は□□の
三男として生まれる。上に長兄の  と、次兄に がいた。

というふうな記述で作っていきます。

両親から二人のそれぞれの人生の話を
聞く時に、その大学時代にやった
民俗学の調査の手法が役に立っている、
ということなのです。

最初はどれくらいの分量になるかなぁ、と思って
いたのですが、オヤジがオフクロと結婚する前までの
段階で、A4用紙5枚くらいになりました。

両親一緒にいてもらって、話を確認しながら
聞いていくのですが、なんと配偶者のオフクロさえ
「今回初めて聞いたわ」というような話も出てきました。


オフクロでさえ初めてなのだから、こっちだって
もうひえええ、というようなびっくりするような
話の連続で、、。

オヤジのほうがだいたい終わったのですが
(今はオフクロのほうにとりかかっています。)
後は時間のある時に本籍地の区役所に行って、
除籍謄本をもらってこようと思っています。

今の世の中なので、祖父と謙介の関係を
証明できる書類と祖父の本籍の住所、
料金分の為替を郵送したら、送ってもらうことは
できますが、実際に行って調べてみたいので、
秋くらいになって治療も終わり体調も戻ってきたら
行って調べてみようと思います。

祖父の除籍謄本ですと、祖父の両親、兄弟姉妹
まで記述がありますから、だいたい江戸時代の
天保年間とか慶応年間までのご先祖さままでさかのぼれます。
そのころうちの先祖がどこにいて、どんな親戚がいたのか
ということまでわかります。

問題はオフクロです。 面倒なのですぐに忘れた、
というのです。ところが、あとからゆっくりと
丹念に聞いてみると、結構あれこれと本当は
覚えていて、これまた聞いたことのなかった話が出てくるのです。
めんどうくさい、と言われると、これもテクニックがあって
その質問自体は止めて、別の方向から
同じようなことを聞いてみる、という方法があります。
たとえば、母方の祖母(オフクロのオフクロ)
のことを聞いていて忘れた、と言われたら
オフクロの姉はどんなふうに育っていたの? とか
いうふうに別の方向から質問していくわけです。


昔って兄弟姉妹が多かったから、
子のない親戚の家に養子に出されるとか
母親が乳が出なかったので、近所の乳のよく
出る家に預けられて母乳をもらっていたとか、、
今まで聞いたことのなかった親戚が神奈川県にいる
ということまでわかって、驚きの連続でした。


謙介にとってはじめて聞く話も多々ありました。
もし、今回、俺がそんな話を聞く、ようなことがなかったら
おそらくそのまま両親二人の記憶の中で埋もれてそれっきり、
という話だったはずです。


自分が今、こうしてここにいる、ということですが
当然両方の親の先祖が営々と生きてきて
その結果として、現在の自分がいるわけです。

そういうことに全く興味が持てない、という人も
おいでかもしれません。

が、やはり謙介は文学専攻の人間ですから
人がどうやって生きてきて
どういう生涯を送ってきたか、という
ことについては非常に興味があります。

文学って何を研究するのか、って
ものすごくおおざっぱに言ってしまえば
人間の生きてきた営みを研究する
ことですもんね。

だから歴史学だって地理学だって
「文学部」の中に入っているわけで。


こちらも両親からいろいろなことを聞きながら
そういえば、と昔亡くなった祖母からいろいろと
聞いた話を思い出すこともできました。
そうした記憶のことも含めてひとつにまとめておきたい、
と思っています。

ということで、
やはり今回、こういう形で、話を聞けて良かった、と
思ったのでした。

(今日聴いた音楽 ピアノマン 歌ビリー・ジョエル
最近久しく聴いていなかったのですが、ふと
 聴きたくなる時があるんですよねー。 ビリー・ジョエル
 って。)

|

« わかりあえる・あえない | Main | 作品制作のために »

いなかのせいかつ」カテゴリの記事

Comments

私は、伯父伯母については面識もあるし大体分かるのですが、祖父母の兄弟となるとほとんど知らないですね。
母は割りと昔話をしますが、父はもともと口数が少ない方なので、父の親類はあまり知りません。
謙介さんは話が聞けて良かったと仰ってますが、それ以上に親御さんが、息子とじっくり話せて良かったと思ってらしゃるのではないでしょうか。
話し相手になるというのは大きな親孝行だと思います。

Posted by: mishima | 14. 06. 13 at 오후 12:32

---mishimaさん
両親とも本当にいろいろあったのです。
オヤジとは喧嘩して1年半くらい口を
ききませんでしたし、オフクロとも
喧嘩をして家を出たり、、。
そういう衝突もあったのですが
いろいろありまして、今ではもう
こういうふうなことになりました。
大体女性のほうは割といろいろな
お話をしてくれる、ってありますね。
ところが男の人は、口が重い、というのか
こちらからいろいろと聞いても
返ってくるのが「うん」とか「いや」
くらいで、、なかなか難渋します。
でも、こちらも今、この話を聞いて
おかないと、っていう割と切羽詰った
状態ですし、親のほうも今言っておかないと、っていう意識がおそらくはあるのだと
思います。今まで知らなかった親戚の
話とか出てきてちょっとびっくりして
います。 なかなか興味深い経験に
なっています。

Posted by: 謙介 | 14. 06. 13 at 오후 10:52

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/59721742

Listed below are links to weblogs that reference 人生の聞き書き:

« わかりあえる・あえない | Main | 作品制作のために »