« 治療日誌(第11・12週:4月27日~5月10日) | Main | 土佐の高知に行きました。(2) 桂浜を眺めつつ »

14. 05. 21

土佐の高知に行きました。(1) 少しは知恵がついたのだろうか?

ゴールデンウィークも終わって、人の出足が
ちょっと一段落したのでは、と思い、
両親を連れて高知まで行ってきました。

高速道路のおかげで実家の街から
高知までは2時間かかりません。

ですが、四国山地を越えていかなければならないので
特に山地越えの部分では
トンネルが19個もあります。

去年は日本一暑い、ので有名になった高知県ですが、
あれは西の幡多地方(はたちほう)のことであって、
高知市の8月の気温だけで言えば、むしろ四国の中では
涼しいほうです。瀬戸内側が軒並み37度とか38度まで
上がっているときも、高知市は33度とか34度台までしか行きません。
案外涼しい場所だったりします。


今日どうして高知に来たのか、と言えば
高知市にある五台山竹林寺のご本尊の文殊菩薩の
50年に一度の御開帳が今行われているから、なのです。

実はこの「高知」の表記の元になったのが
この文殊さまなのです。

最初、山内一豊がかの地に入府した時、
鏡川の三角州にあった大高坂山に
城を建ててました。その時は川の真ん中に
建てたので、河中で、「こうち」だったのです。
(そのまんまですね。)

それがあそこは雨が多いところですから
ザーザーと大雨が降るうえに、
そのころは治山治水が十分にできていなかったので
しょっちゅう洪水が起きていたのです。

そのたびごとに城下町が水浸しになって
大変な被害も出るし、そういうことが起きるのでは縁起が悪い
ということで改名しようということになりました。

それであの土地で一番古い奈良時代に開基された、という
この五台山竹林寺のお坊さんに相談した結果、
このお寺のご本尊の文殊さまの知恵にあやかろう
ということで、河中の表記を「高智」もしくは「高知」ということに
変えることになりました。

で、次第に高知のほうの表記が定着して
今の高知となった、ということです。

ですから高知の名の由来になったのが
この文殊さま、というわけなのです。


ご本尊の御開帳はおそらく50年に一度の盛儀なので
ご参詣の人でごごったがえすのでは?
と思って、実家を7時45分に出ました。
高速に乗って高知ICで降りて、まっすぐ南に行きます。
電車通りを右折して知寄町を左折してまっすぐ行くと
五台山にむかう道に出ます。
橋を渡ると五台山の入り口です。

うねうねと山道を上がると五台山竹林寺に到着です。

Godaisan1


やはりものすごい人出でした。 この竹林寺は
四国霊場の札所のひとつでもあります。

かてて加えて今年は四国八十八か所霊場開創1200周年
の年ですし、5月は季節がいいので巡礼のお遍路さんも
多い月です。 

そういうことで通常のお遍路さんのおまいりがある上に
加えて特別ご開帳ということでやはり大変な人でした。

駐車場だって謙介の行った段階では
まだ何とかとめられたのですが、(それでも山の際にあったスペースに
何とかぎりぎりとめたのですが)おそらく到着が
もう30分遅かったらとめるまでに相当の時間がかかったと思われます。
帰るときは駐車場の入り口で行列ができていましたから。


このお像は今回のご開帳記念に作られたもので、
文殊さまの従者の善財童子の像です。


Godaisan3

文殊さまの参詣は通常の参詣と別になっていました。
まず入り口のテントのところに内陣参拝待合所がありまして、
そこに座って竹林寺のお坊さまから
竹林寺の文殊菩薩についての説明がありました。

(さすがによさこい節の「坊さんかんざし買うを見た」
の坊さんが竹林寺の僧侶だった、という説明は
なかったですが。(笑))

それから塗香をいただいて身を清め、
そうして本堂に入って、内陣に進み、文殊様を参拝します。


文殊さま自体は獅子に乗ってお座りの方
ご一人なのですが、そこに従者の像も
あわせてありまして、全体で5人の方からの
像、になっていました。


そのあと、やはり竹林寺のお坊さまから、文殊菩薩の
おしるし、『宝印加持』を頭につけていただき、
今回のみである≪文殊の利剣≫に触れることもできたので
しっかり握って、功徳をいただいてきました。

文殊さまは片方の手で剣を持っています。
この剣でよこしまな考えを切って捨て、正しい知恵を
改めて授けてくださる、というのが文殊さまの功徳です。

下の写真を見たら、人が多い? そんなのうそじゃないか、
というような写真ですが、実際はこの手前に200人くらいの
団体さんが来るところで、その一瞬の人通りの少なさを
見て、シャッターを押したのです。

Godaisan2

無事におまいりもすることができましたし、宝印加持のご祈祷も
していただいたので、良かった良かった、と言いながら
五台山を後にしたのでした。

しかし、果たして知恵はついたのだろうか?
ふと我に返って自問自答してみるわたし、、

    (間)


長くなりましたので、今日はここまでといたします。

(今日聴いた音楽 ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデル作曲
 メサイア から ハレルヤコーラス ホセ・カレーラスと
 ウィーン少年合唱団 なかなか変わった取り合わせのメサイア
 でございます。)

|

« 治療日誌(第11・12週:4月27日~5月10日) | Main | 土佐の高知に行きました。(2) 桂浜を眺めつつ »

おでかけ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/59652868

Listed below are links to weblogs that reference 土佐の高知に行きました。(1) 少しは知恵がついたのだろうか?:

« 治療日誌(第11・12週:4月27日~5月10日) | Main | 土佐の高知に行きました。(2) 桂浜を眺めつつ »