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14. 04. 03

無謀なる、しゅららぽんツアー(その1)

少しこの前の治療記録にも書いたのですが、
3月の28日~30日まで、滋賀を中心に
両親と一緒に旅をしてきました。

この治療がはじまったときから、
旅行なんて本当に行けるのだろうか? 
と半信半疑ながら、とりあえず、
旅館の予約だけはしていたのです。

というのが、3月の末の京都なんて、お花見のシーズンです。
1月に入ってから、のんきにお部屋空いてます? 
って聞いたって、そんなもの無理ですからね。

両親となので、和室がよくて、しかもお部屋も
そこそこ広いのがいい、で、お値段もそう高くなくて
しかも駐車場があって、、観光地に近い、となると、、。
どこにすべきか悩みました。 

今回も旅館の予約が取れたのが、
世間ではクリスマスのイルミネーションが
あちこちできれいに光っていた
去年の年末の話でした。

で、一番心配していた体調なのですが
3月の最終週の診察で、
あまりに白血球とヘモグロビンの壊れ方がひどい、
というので、インターフェロンの減量になりました。
その結果、やや血色が戻ってきて、
階段も上がれるようになってきました。
(それまではエレベーターがないと無理でしたから。)
注射の量を半分に減量したら、やたら元気になって、
って、いかにインターフェロンがきついものだったのか、
ということが改めてわかりました。

両親も直前まで、何だったら今回は止めにして秋にしても、、
と心配してくれましたが、 両親の体調だって
とりあえず今はいいですが、、、

後になって、やはりあの時に、行っておけば、、
ということだってあります。
今までにそれで何度も後悔してきた自分です。
(多少は学習もしたようで、、。笑)

それで、諸事決して万全ではありませんけれども、
体調の万全を待っていたら今年中はもう無理かもしれませんし。

両親も高齢ですから、
そんなにすたすたとあちこちは歩かないですし、
同じくらいのスピードで歩いていたら
そう息も上がらない、だろうと思いました。

それで、やはり今を契機に
出かけようということにしたのでした。
無謀とは思ったんですけどね。
まぁ、場所が場所だし、いざとなったら
友人・親戚もいますから何とかなるだろう、
という感じでした。


今回はテーマだって決まっています。
なんたって、
「無謀なる、しゅららぼんツアー」です。


本当に無謀なことではありましたが、何とか
湖国を中心にまわってきました。
そのご報告を今から少し書いていきたいと思います。

この本だって去年の秋に読んでいたのですが、、、。

Chikubujima1

今回は、その場所を行くということでしたし、映画化もされたので
もう一度しっかり読んで予習 (笑) もしておきました。

でも、本当のところは、竹生島はもともと西国巡礼の札所であって
まだ行っていなかった以上、絶対に行かないといけないから
行ったまででのことで、しゅららぼんはたまたま、その
竹生島が小説の舞台だった、というだけのことなんですけどね。


ということで今回の旅行先は、近江の国が中心となりました。

「あふみのくに」ですが
実は日本の中には「あふみ(淡海)のくに」は2つあります。

ひとつは「遠つ(とおつ)あふみの国」で、
これは今の静岡県の一部ですね。
遠州森の石松の「遠」はこの「遠つあふみのくに」の「遠」です。
「とおつあふみのくに」が音韻変化・音便化をして「とうとうみのくに」
となって、「遠つ」の「遠」が音読みになって「遠州」となりました。

それからもうひとつが「近つあふみのくに」で、
こちらが今の滋賀県です。

この遠い・近いはもちろん畿内地方から見ての距離ということです。
そりゃそうですよね。京都から見て、滋賀は隣県ですから近いですし、
静岡は、京都からは離れていますから遠い、ということですね。


ただ、今では「近江」と書いて「おうみ」と
読ませている場合がほとんどなのですが、、、。
でもそれは上に書いたような理由で
本当は正しくないんですけどね。
まぁいいや。(笑)


実家を朝の6時半に出発しました。
途中淡路島で休憩兼朝食をとりました。
明石海峡大橋を経て、三木ジャンクションから
山陽道に入って、神戸ジャンクションから中国道へ。
それから豊中ジャンクションから名神に入りました。

名神で大山崎の手前まで来たとき、
京滋バイパス経由栗東まで渋滞2キロ 所要時間25分、とあって
大津経由栗東まで(大津渋滞3キロ)所要時間30分とありました。

ええい、面倒だ、ということで大津経由でそのまま
行きました。

だって名神と京滋バイパスの分かれ目の
大山崎ジャンクション、あそこ謙介
複雑すぎてよくわかんないんだもん。

確かに大津の辺で少し渋滞はありましたが、
(瀬田の辺の渋滞なんていつものことさ。)
それでも何とか彦根港には10時45分に到着しました。


みなさん、彦根に港があったのをご存知でした?
俺、実は今回初めて知ったようなことでした。

Hikoneport

実は名神の彦根ICには、10時半に着いていたのですが、
途中国道の8号線に交差をしている
彦根市内の道がものすごく混んでいて、、ちょっとひやひやしました。

絶対に10時50分には着きたい、と思っていたのです。
というのが、彦根港発の船が11時に出ますから
それに間にあわせたかったのです。
いつもはのんびりと90キロくらいで走るのですが、
今回は、どうしても間にあわせたいために
山陽道も名神も車線変更の鬼のように走っていきました。


「ひっしのぱっち」で走ったので
何とか無事に彦根港に滑り込むことができました。

彦根港から竹生島に渡ります。


彦根港の切符売り場には↓やっぱり貼ってありましたねー。

Shurarabon1
(まぁこの時期何もしていないはずは絶対にない、って思ってましたけど。)

琵琶湖沿岸の街から
竹生島に行くのはいくつか出発地があるのですが、
やはり長浜か彦根が、船の便数も
1日5便くらいあって、便利がいいです。
(ただし冬場はどーんと便数が減ります。
3月半ばから便数が増えます。)

うちのオヤジは昔の人なので
大津から竹生島行の船が出ていると思っていました。 
「はり丸はもう走ってへんの? 大津からは
出てへんの?」 と質問がありました。

「おとーさん、はり丸は1982年に退役しました、って。
もう32年も前のことです。 それから、大津竹生島航路は
今はもうありません。」
(とはいえ1982年なんて先日終わった
「いいとも」の始まったころですもんねぇ。)

長浜からは琵琶湖汽船が、彦根からはオーミマリンが
それぞれ運航しています。
四国からだと長浜のほうが若干遠い上に、出帆時刻も
朝の10時半で早かったので、長浜より遅めの11時で、
しかも四国から近い彦根からの乗船を考えたのです。


まだピカピカで船内には木の香りのする「きらり」に乗船しました。


Kirari2_2

本当に船内はまだいたるところピカピカで、気持ちがよかったです。
Kirari2_1


船は穏やかな湖を快調に走っていきました。


この時期、比良八荒の季節なので、(行ったのが3月28日でしたし)
風が強くて欠航になったらどうしよう、と思いましたが
こんなに穏やかな日だったので全然問題ありませんでした。
Biwako1
さすがに日本一大きな湖だけのことはありますね。
上の写真、湖、って思えます? なんだか瀬戸内海です、
って言ったって信じてもらえそうです。

「さざなみの」は志賀や大津にかかる枕詞ですけれども
本当にこれがさざなみ、なのでしょうね。

彦根から竹生島まで、高速艇で40分かかります。
そして彦根⇒竹生島の距離なんて、琵琶湖の面積から
行ったら、ほんのわずかな距離なのです。
この湖水は、琵琶湖ですから当然淡水です。
決して潮水ではありません。

Biwako2

高速船で走ること30分、ようやっと竹生島が見えてきました。
Chikubujima2

で、ほら、なんたってこのお話の重要な舞台の
竹生島ですからね。ここにもこういうものがありました。
Shurarabon3

これが港から見た竹生島の風景です。
浜辺の港近くにお土産物屋さんが数軒
ありまして、後は背後の山に地形を
利用して平地が何か所かあって
西国33か所札所の宝厳寺の建物や、竹生島神社などが
ありました。
Chikubujima3

深緑 竹生島の沈影の石碑です。
Chikubujima7

宝厳寺本堂です。ご朱印はこの横でしていただきました。
Chikubujima5

こちらは唐門 国宝です。この奥に観音堂があって
Chikubushima6

さらに船廊下で竹生島神社とつながっています。

舟廊下は朝鮮出兵のおりに秀吉のご座船として作られた
日本丸の船櫓(ふなやぐら)を利用して作られたところから、
その名がついたのだとか。
Hunarouka

これが竹生島神社。
Jinnjya

ここは「しゅららぼん」のお話の中に出てきましたね。
Shurarabon4_1


神社からまた港のほうに戻ろうとすると、
じみーな建物がありました。じみーなくせに
なんだか、ごおおおおおおおおおおってすんごい音がしています。

なんだろう? と思って近寄ってみました。
Hatudensho1

発電所だったのでした。
Hatudennsho2

竹生島への航路は、「竹生島クルーズ」」というふうに
往復の船の運賃がセットになっています。 行きの船で竹生島に到着して、
滞在時間は70分ほど。そうしてまた帰りの船がやってきて、
もとの場所に帰る、というシステムです。 うちのように年寄りがゆっくり見学
しても50分間か大体1時間で竹生島は見られますから、
結構ゆとりがあります。
Chikubujima4_1

港のところには「琵琶湖周航の歌」の石碑がありました。
この歌の4番に竹生島が歌われています。
Sekihi


船は12時45分に帰りの船が来ました。
島のあちこちでは、鳥のフン害のせいで
樹木が枯れてしまい、立木のまま枯れて
しまっていた木もたくさん見ました。

一概に自然環境を守らないといけない、
とはいっても、野放しでそのまま放置、ということもできず
微妙な調整も必要なのかなぁ、とも思いました。

そういうことはありましたが、竹生島、
とてもいいところでした。もう一度、機会があったらぜひ
また、と思いました。
Cikubujima6

船が彦根に戻ってきました。 船上から彦根城が
見えます。彦根と言えば井伊の直弼さんですね。
Naorin
井伊家は「かもーんのかみ」なのですが、
かもーん、というと山田花子を想像してしまって、、
すいませんアホですね。

いえ、かもーんでなくて正しくは「掃部頭」です。
「掃」という字がついているように
「掃部寮は宮中行事に際して設営を行い、
また殿中の清掃を行う」のがそもそもの仕事でした。

井伊直弼の次女が讃岐松平家にお嫁入り
した関係で、高松市と彦根市は姉妹城都市になっています。

(でも、この人、一度井伊家に戻ったんですが、
しばらくしてまた松平家に行っています。 ちょっと不思議な
お姫様です。)

姉妹都市ではなくて「姉妹城都市」なんだそうです。

そういうことで、四国でも毎年彦根の物産展に接する機会もあって、、
そういえばひこにゃんもいつだったか来ていました。

彦根城はやはり琵琶湖から見て、井伊家の威容を
示す、という目的もあったのだなぁ、ということが
この建物の建て方をみてもよく分かった気がしました。


(今日聴いた音楽 もちろん 琵琶湖周航の歌 歌 Lefa
滋賀県を中心に活動している二人組。
元の歌とは若干楽譜が異なって、これは現代風な歌い方です。
 

竹生島はこの歌の4番に出てきます。上の石碑の部分がその
歌詞です。)


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Comments

体調が穏やかになり、旅行を実施できて良かったですね。
IFはやはり強力な薬剤だと、謙介さんの経験を伺って再認識しました。
主治医の先生とも調整しながら、goodよりはbetter、betterよりはbestの薬効が得られるように治療なさって下さい。

湖の島って、凄いですね。
沖縄は海上の島はたくさんあります。
瀬戸内も同じですね。
琵琶湖は一度しか見たことがありませんし、そのときもほんの数分湖岸をかすっただけでした。
謙介さんが撮影された港から見える寺院の風景って、それだけで別世界のようです。
私も一度行ってみたいなと思いました。

Posted by: タウリ | 14. 04. 05 at 오전 11:50

---タウリさん
日経とかの新聞報道を見ては怒っている謙介です。 シメプレビル・インターフェロン・リパビリン3剤併用療法は副作用も少なく治療が楽、とか書いてあって、「うそをつくな。経験したこともないくせに!とか思ってしまいます。まだ書いていないのですが、先週、採血をして白血球とかヘモグロビンを調べてみましたら、やはり減り方が激しいので、リパビリン、目下朝夕2カプセルずつ飲んでいるのを、朝2カプセル、夜1カプセルに減らさないといけないねぇ、と先生がおっしゃっていました。それでも全体の3分の1がもうすぐ終わりそうなので、何とか7月までがんばりたい、と思います。
もともと謙介の家のルーツは滋賀の草津あたりらしく、そういう意味で言えば滋賀県はご先祖様がいた懐かしい土地です。
去年、石山寺を訪ねて以来でしたが、景色のきれいな場所も多く、湖北地方は自然も残っていていいところです。(地味ですけどね。でもその分景色は美しい。) ぜひ機会がありましたら、どうぞいらっしゃってみてください。

Posted by: 謙介 | 14. 04. 05 at 오후 1:54

滋賀へようお越しでした。
お天気に恵まれて、さぞ美しい景色でしたでしょう。
竹生島には数年前に彦根港から渡ったのですが、当時の船は結構古かったので、私が乗った後に新造したんでしょうね。
鳥のフン害、地元では早くから話題になっていて、空砲を鳴らして追い払ったり、鳥の嫌がる匂いをつけたり対策しているそうですが、なかなか成果が上がらないようです。

Posted by: mishima | 14. 04. 07 at 오후 5:44

---mishimaさん
今回、琵琶湖を中心に回ったのですが、
本当に湖国はいいところですよねぇ、、。
mishimaさんがうらやましいですよ。
長浜は長浜で、彦根は彦根で、近江八幡は
近江八幡で、五個荘は五個荘で、
永源寺も久しぶりにまた行ってみたいですし、。あちこち回りたいところが多々あります。景色も湖北と八日市、大津と
それぞれいろいろで本当に興味が
つきません。
オーミマリンのキラリ、ですが
おそらく船の美しさから見て、
去年くらいに新造したのではないか、
と思います。 やはり「しゅららぼん」
を当て込んだのでしょうか? (笑)
竹生島のフン害、は、自然の調和の
難しさを知らせているように思いました。

Posted by: 謙介 | 14. 04. 07 at 오후 10:31

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