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14. 04. 27

治療日誌(第7週:4月6日~4月12日)

目下こんな本を読んでいます。
Shiunmaru


セウォウル、漢字は「世越」だったそうですね。
そんなもの、表音文字のハングルで書いてあるから
意味なんて見ただけではわからないし、、。
通常は文章の前後関係で判断するのですが
こういう船名は文章と違って前後関係で判断できません。
韓国の新聞の東亜日報でさえ、歳月
って書いてあるんだもん。

漢字を使わなくてハングルなので同音異義語には
本当に苦労します。
「コピ」ってハングルで書いてあったって、「コーヒー」もコピだし、
「鼻血」もコピだし、「複写」もコピで書き方も発音も一緒だし。
どういう意味なのか、よほど事情を知らないとわかんない、
っていうことだってあります。

ネイティブだって間違っているのに、外国人が
そこまでわかるはずないがな、の世界。

最初は謙介、セが「新」で「ウォル」が月だから
新月か?とか思っていたら、新月の場合の「月」は、「ウォル」
という漢字系の読み方は使わなくて、「タル」という固有語系の
言い方だったみたいで、はぁ、そうなんだ、と思ったことが
ありました。

時間の経過につれて
まんだかますますケンチャナヨ度が激しい事実が
どんどん出てきて、もう唖然とするしかありません。

逮捕された船長は、全く食欲も落ちることなく
ご飯もしっかり食べて、テレビを見たり、昼寝までして
よく眠れているのだそうで。

この船長の思考ってどうなっているか、
といえば、一言で片付くと想像します。
「仕方がなかった。」
これです。

事故で犠牲になったご家族が烈火のごとく
怒って、責任者を吊し上げる場面を
みなさんも何度もご覧になったのではないでしょうか。

確かにかの国の人は日本人と違って感情表現が激しいことも
ありましょうが、前回にお話したように
そういうときに責任を取らない立場の上のほうの男の人が
少なからずいるのです。

そういう相手に自分の家族が殺されていて
「そんなもの仕方がなかったんだ」と相手に言われた日には
謙介だって殴りかかっていくかもしれません。

謙介がソウルにいたとき、責任者と言われる
「長」のつく男の人に用事を頼んだり仕事を
頼んだりしたことが何度もあったのですが
大抵は約束を反故にされるというのか、忘れられていました。
できていない、とか。


上のポジションになればなるほど、実務なんか
全然わかっていなくて、でもそういう人が最高責任者だったり
することが多くて、仕事が非常に
滞ることが多かったですね。

そういう経験を何度もした結果、こちらも学習をしました。

謙介がどうしたかと言えば、女性にお願いするように
しました。そこの職場にいる、職位は低くても
女性に必ずお願いをすることにしました。
それからは仕事が滞ることはありませんでした。

亡くなられた方の無念、ご家族の
無念を思うと、本当に辛いことだと思います。

前回謙介は韓国のことで、ああ、もう何年経っても
おんなじ! と文句を言いました。


加えてこのところ日本に伝わってくる韓国の情報って
なんだか一々日本の言うことにケチをつける、
というふうなニュースばかりが目につきます。

でも、日本だって、人によって考えがいろいろと
あって、人の性格だって、いろいろあるのと同じで
韓国の人も、落ち着いた抑制的な人もいます。

日本だってそうでしょ。政府は消費税を導入しましたが
それについて、一般の国民はどう思っているか、と
言えば、また別ですよね。

まぁそういう具合で、人の考え方はいろいろです。
韓国人の考え方もいろいろで、傾向がどうこう、
ということは、現地に行ってみないとわかりません。

確かに喜怒哀楽の感情表現が非常に大きな方も
いますが、穏やかで抑制的な方もおいでです。
今回の事故だって、お客さんに救命胴衣を渡して
自分が犠牲になったオンニ(おねいさん)のことが
ニュースになっていましたが、ああいう方だって
いるのです。
一部を見て、「~~だ」というのは早計だと思います。

さて、体調ですが、毎日低空飛行です。
薬を服用し始めて50日以上が経過しましたが
最近は立ち上がるのさえおっくうで、
前は身体が動いたので、あれをしてこれをして、
と家事もできていたのですが、
最近は、一度立ち上がったら、しないといけないことを
リストにしておいて、全部済ませるようにしています。
何度も立ち上がって用事をする元気がありません。

体重は60キロになりました。
(開始時63.4キロ)
今も白血球・赤血球・ヘモグロビンの様子が
改善しないのでインターフェロンを減量して注射しているのですが
体重が50キロ台になりますと、今度は飲んでいる薬の
リバビリンの量を減らさないといけない状況になります。
しかも白血球もヘモグロビンも赤血球も右肩下がりで
減り続けています。
白血球に至っては、開始時に3800だったのが
今や2700にまで減っています。
だから人の多いところに行くのは非常に危険で
買い物も人の少ない時間にマスクをして急いで行く
というふうにしています。

そういうことで体重と血液の状況次第で今後の
治療計画も大きく変化をするかもしれない、状況です。
当面いつもの「しばらく様子をみましょう」で
行くことになっていますが、、。

      ×       ×       ×

4月6日(日)
実家の街と仕事場の街の花粉情報を見たら、一時期に
比べてものすごく花粉の飛散量は減っているので
もう薬はいいか、と安心していたら、
まだ花粉が飛んでいるらしく、朝起きると鼻が
むずかゆい。しばらく毎朝の点鼻液は続けないと
いけなさそう。
水曜日に注射をして、いつも木・金・土は
下半身や足先が異常に熱くて、だるい状態。
日曜になって、ようやっと体が普通に動く、という感じ。
夕方実家出発

4月7日(月)
やはり午後になると発熱する。このところ、昼食が済んだら
ロキソニンを飲むのが習慣のようになっていて、、。
7日の午後も38度近く熱が出る。
主治医は、熱が出そうなら、先に飲んでもいい、と
言ってはこれるのだけど、、。発熱が37度でとどまって
それ以上は上がらなかったこともあるし、なかなか
それは悩ましい。

4月8日(火)
5月からの仕事の打ち合わせについて、部外の方と
打ち合わせ。昨年通りに実施するということで
話がついた。今日は平穏。火曜日は前週の
水曜に注射をするので、日程的・時間的に経過して
いるのでほぼ副作用も消えて一番普通に過ごせる日。
なるべくこの日に仕事の量を増やすようにしている。


4月9日(水)
先週の採血(月初めの採血は非常に項目の多いもの)
の結果の紙をいただく。
ウイルス量は一応「検出せず」にはなっているのだけど
これは細かい数値は四捨五入して切り捨てた結果なので
ひょっとしたら、微量ながら残っている可能性があるとのこと。


前回も途中で「検出されず」にはなったものの、1年間の治療
終了後に再び再燃(また隠れていたウイルスが出てきた)
したので、今度は主治医も自分も非常に慎重。なので検出されず、
とあっても、患者も主治医もあまり素直に喜んでいない。 
ただ前回の治療では、検出されずの状態になるまで半年
かかったのに対して、今回は1カ月ちょっとでこうなったので、
これには主治医も「非常に切れがよくて驚いた。」とのこと。
ヘモグロビン、白血球 赤血球の減り方がやはり相当なので
今回からインターフェロンの量が減らされることになった。

今日のがんセンターからの帰りは、回数合わせの
ために(1か月に5回、平日に高速を利用しなければ
ならない)高速道路経由で帰る。さすがに速くて、
いつもは45分くらいかかるのが20分弱で着いた。

4月10日(木)
午後から年休を取って、市内のみず○銀行に行く。
その途中で昼食。知り合いの方に紹介していただいた食堂。
いなりずしがおいしかった。 その後銀行。駐車場へ車を
とめたら満車になった。 去年もここから送金したの
だけど、思いの他、時間がかかって(30分近く)びっくりした
ことがあった。普通、謙介の仕事場の辺の地方銀行だと
10分くらいでできてしまうのに、、。帰ってから熱をはかったら
37度だった。 37度程度なので特にロキソニンは飲まず
経過を見ておくことに。用心して、9時過ぎ(早め)に寝た。

4月11日(金)
昨日の早寝のせいか、今日は副作用が比較的少なく
(といっても体中の皮膚炎と頻尿があって、1時間半おき
くらいにトイレに行かなければならない)落ち着いている
ようす。皮膚炎の一番きつい部分にはステロイド軟こう
をぬってはいるが、治らない。 夜、実家に移動。

4月12日(土)
今日は比較的落ち着いている。
実家に戻ると、熱もあまり出ないし、
副作用も落ち着いている。
心理的な影響なのか、注射をして、3日~4日
経つせいか、その理由は分からない。

高速道路の割引の変化があったので、終日いろいろな
場合に分けて、計算をしてみた。
さんすうが苦手だし、シュミレーションの方法がいろいろと
あるので、その場合場合であれこれと計算していたら
半日もかかってしまった。


(今日聴いた音楽 裏切りの街角 歌 甲斐バンド
 1975 )


 

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Comments

いつも以上にここを覗く自分がいます。本当はコメントを差し控えるべきなのでしょうが・・・
韓国それでいいの?が満載です。伝統芸能は亀様ファンの元へ旅立ちました、皆様総じて非常に礼儀正しい方が多いです。7月には舞踊公演ですが迷ってます。巡業は又狐・・・いいかげんにしろよ松竹!「あなたなら出来る」とか言って役者を酷使してるんでしょうが特定の方に負担が掛かるのは✖今の状況をどう思う?サボル・手を抜くとは違い休むベキ時は休む大事な事ですのに。ホント早く倒産して欲しい、ファンの方もデジャブを嘆いておられます。愛想を完全につかされるのが倒産より速い気が致します。

Posted by: ゆき | 14. 04. 28 at 오후 1:45

---ゆきさん
ゆきさんだって今回のセオゥルの事故に
対しては、人災だろう、というお考えを
お持ちと思うのですが、もう本当に
ああいうふうな「いい加減さ」は
何度も何度も繰り返されてきたことです。
20年前の橋の落下事故の時には
日頃日本を良く言ったためしのない
朝鮮日報でさえ、「日本の植民地時代に
建設されたものは、今も(その当時)
寸分の狂いもなく、現役なのに
大韓民国以後に作られたものは、どうして
こうももろく壊れるのか。」という記事
がありました。おそらく、ソウルの南側
に架かっている漢江鉄橋のことが記者は
頭にあったのだろうと思います。戦前の
植民地時代に京釜線(ソウル釜山間)の
汽車鉄橋として作られた漢江鉄橋は今も
現役です。謙介は「作った、という
外見ばかり見て、本質である部分の
何が建設にあたっては大切なのか、
建築でなおざりにしてはいけないのは
どういう部分なのか、を見ようと
しなかった、その国民性が問題では
ないか。」と1994年に指摘しました。
あれから20年経過したのですが、
まぁ20年程度では変わらない、
ということなんでしょうね。20年と
言えば「一世代」人的には変化があった、
と思うのですが、、、。
 ゆきさんの話でふと思い返しましたが
南座・歌舞伎座・御園座・金丸座、と
いくつかの歌舞伎の劇場で知り合った
方がいらっしゃましたが、そうですね、
みなさん本当に礼儀正しい方ばかりでしたよ。
 松○は変な会社で、自主性に任せて、という
美名のもとに、役者・監督などを
放任している時期があったかと思うと
経営状態が悪くなったら、急に現場に
締め付けを行って、きゅうきゅうと
言い出す時があります。会社のビジョンが
あって、そうしたうえで、というのでは
全然なくて、経営サイドで、こけたら
急に管理主義、もうかったら放任主義
その両方の間でぶれ続けたようなものです。
今の状況から、何を言い出したか、
過去の例を見たら想像がつきそうです。
今、歌舞伎ファンを支えているコア層が
世代交代でいなくなったら、果たして
その時はどういう状況になっているのか、
想像がつくようにおもいます。

Posted by: 謙介 | 14. 04. 28 at 오후 3:15

お体のほうは低調を維持されているとのことで、怠さと発熱で体力を奪われてしまい、お辛い時期が続いていらっしゃいますね。
かといって治療を大きく緩めることもできないはざまで心身ともにお疲れのことと思います。
GWはゆっくりできますでしょうか?

例の船の救助は遅々として進んでいないようですね。
人災に人災を重ねているという感じです。
所有会社の宗教絡みの問題も出つつあるようで、これには韓国政界も巻き込みそうとのこと。
根の深い問題のようですし、どこかで全てを明らかにしていかないと、謙介さんがずっと懸念なさっているように、これからも同じ事を繰り返しそうです。

Posted by: タウリ | 14. 04. 28 at 오후 4:42

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