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14. 02. 12

枯れた趣味

Shakyo


謙介さーん、最近、何か興味を持っているものは?
と聞かれて、「写経」と答えるおいら。

思わず問い返されてしまいましたよ。

「しゃきょ、、う? ですか? 」
「そうお経を書くの。般若心経。」
「しぶいしゅみですねー。」

「もうねぇ、最近はだんだんしぶくなって、枯れていって、、
もうカサカサ。」

後はもう出家しないといけないのでせうか。
でもなぁ坊さんやブラザー(修道士)になったから、
と言って、現実問題が一気に解決することなんかないだろうし、、
謙介の周囲の坊さん友達って「俗」の権化みたいだし、、。


それはちょっと、、まだしておきたいことが
少しだけあるので、
出家をすることはここ当分はなさそうです。


それで写経ですよ。

写経はとても難しい。

あ、最初にお断りしておきますが
これはあくまで謙介の場合です。

字なんか習ったことないけど、
写経したい、っていう方は、
一字一字心をこめて
丁寧に書けばそれでいいのです。
字の上手下手というようなことより、
気持ちをこめて書くことが何より大切です。
と、他人のことはいくらでもそういうふうに
言えたりするのですが、、。

謙介の場合はほら、
下手に書道なんかやってしまったために
書きあがった自分の字を見ると
あ、こんな字では全然ダメだ! って思ってしまうのです。

やっぱり、ほら、自分に対する要求が
お経に心をこめる、というようなこととは、
ちょっと違った別の角度になってしまうわけです。


一字一字の文字の完成度とか。(笑)
こんな字じゃ全然ダメ、というふうに。

(もう、仕方のないことですけどね。)

やはり書いてみて実感するのは
普通の楷書と写経用の字は全然違うということです。
写経用の字というのがあるのです。

実は上の謙介の書いたのって、全然ダメです。
ダメな実態、ということで写真をアップしました。

なぜダメか、と言えば写経用の字と
楷書の書き方の字が混在しているのです。

書き終えてから
自分の書いたお経の文字を
一字一字チェックしてみたのですが、

写経用の書き方をした字が3割、
普通の楷書の書き方の字が7割ありました。 


当然ですが写経するときは
写経用の字で書かなければなりません。

それができていないので、その辺を練習して
写経用の字で書いていくことがこれからの
課題だなぁ、と思いました。

それからもっと問題なのは
謙介の書いた楷書の字です。

書いているとだんだん調子に乗って
書くリズムが出てきて
書いていくようになるのですが、
楷書はそれではダメなのです。


そうなると、ついついペースが上がって、
自分の書くくせが出てきています。
楷書は基本に忠実に書かなければなりません。
ところがついつい乗って書いてしまうと
その基本に忠実に、の部分がいい加減となって
自己流に流れてしまうのです。

それが書いている時って
調子よくすらすらと書いているので
気がつきません。 


実は、この調子よく、というのが曲者なのです。
結果書き終わってもう一度最初から見てみると
ああ、ここがダメ、あそこもダメ、というふうに
処々方々にその嫌なくせが顔を出していて、
あーあ、と自己嫌悪になるのです。

そのことを先日姉に言うと
「あ、私もそう。」という話でした。
うちの姉の場合はピアノ演奏です。
「ソナチネを弾くんだけど、ソナチネは
楽譜に忠実に弾かないといけないんだけど、
年を取るとね、指示されていないところで、
妙に感情を入れて音符を延ばしてみたり、
勝手な弾き方をするようになるのよ。」
ということでした。

基本に忠実ではなくて、「自分の変なものがそこについちゃう」
と言って悔やんでいました。
「それはね、おっさん化、おばさん化したことよ。」
なのだそうです。

そういえば歌手でもいますよね。
若いときは素直な歌い方で良かったのに、
年とって、なんだか変な歌い方をするように
なって、がっかりしてしまった、とか。
ちょっと遅らせ気味に歌うとか、
変な間を取るとか、、。
ああ、言われてみたらそういうの、鼻につくなぁ、と
思いました。


そういうことでおっさん化したのは十分あり得るとは
思いましたが、理由が分かっても
目の前のことに対処できなければ仕方ありません。
この下手な字を何とすべきなか、、。

字と言うのは書いている時には
とりあえず目の前のことだけ考えて書きます。

そして出来上がったとしても
字は墨が乾く前と墨が乾いてからでは、
墨の色が変わりますから、それによって
作品自体の雰囲気もガラッと変化をしてしまいます。

書いてる途中って、そういうのが気にならないのですが
書き終わって墨が乾いてから改めて見てみると
「あーなんだこれは」と言って頭を抱えてしまった、
というのがこれらなのです。

今度書くときは一字一字そのくせが出ないように
書いていこうと思いました。


それから写経用の筆、というのがあります。
雀頭筆(じゃくとうひつ)という筆です。
本当ならそれで書かないといけないのですが、、、。

今、謙介の使っているのは
羊と馬の混合の筆です。
(すみません 汚いペーパータオルの上で)
Fude


馬が7割、羊が3割の毛の筆です。
中心部の黒い部分が馬、白い部分が
羊と馬です。

馬の毛は柔軟性に富んでいます。


一方羊は柔らかくてへなへな。
ですからこれをミックスすると適度な
柔らかさと適度な反発性が組み合わされて
スナップの効いた字が書けるわけです。

確かにこの筆は書きやすい筆だなぁ、と思います。
筆の穂先の反発が適度にあって、、。
ですから画の曲がるところ、はねるところ、
筆が書いている人の思いのままに動いてくれます。

ちょっと力をためると、反発してくる力も筆先に
はっきりと感じます。これは毛に弾力があるからこその
できる芸当です。

でも、その反発が、謙介の書き方の悪いくせを
助長している部分もあるんですよね。

とりあえず今はこの細筆を使って書くことに
慣れて、何とか自分なりに許せる「字」が
書けるようになりたい、です。

昨日のお休みも午後から
写経に取り組みました。
書いているときには結構
いいんじゃない? とか思いながら
書いたのですが、出来上がってきた字を
見たらあまりのひどさに
落ち込んでしまいました。

でもまぁ、印刷全盛のこの現代に
墨をすって一字一字、考えながら字を書いていく
ということも大切なことだろう、と思うと
少し落ち込んだ気持ちももとに戻りました。

とはいえ
写経で少しはまともな作品を作る!

とりあえずそれを目標にしたいと思います。
いったいいつのことやら、、。


(今日聴いた音楽 う、ふ、ふ、ふ 歌 epo
1983年 あれまぁ、これももう30年も前の
 曲なんですねー。 資生堂の化粧品の
 CMで使われていましたよね。 秘書さんと
 会社のえらいさんが一緒に車に乗っていて
 秘書さんはタイプライター打っていて(時代ですねー。)
 えらいさんは新聞を読んでいる、と
 そのえらいさんが新聞を拡げて秘書さんの
 ほうを見ていない間に秘書さんがこそこそっと
 化粧をする、というCMでした。でも、タイプ
 打ってないの、音でわかるやんけ、と、その時
 謙介さんは思ったのでしたが、、。笑)

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Comments

いいじゃないですか!写経でも渋いですね、渋すぎる様な気も致します。地震に関しても東大の広報の方がニュージーランドの学者さんと最低でも5000年出来るなら10000年のスパンテで考えたい、その中で起きる極めて不確実な現象だと。散々予知に\使ってそれかい!!
>言ってもとめても、聴く耳を持たない上層部。やれやれ、って大方の歌舞伎ファンも思っているのではないでしょうか。どうぞ自分の贔屓の役者はつぶされませんように、とか。
そこです問題は!!松竹は歌右衛門襲名で\稼ぎ損ねましたから酷使出来てかつ切符が確実に売れる猿之助さんに目を付けてるはずです。昨年の巡業も96%という驚異的な大入りで新作も売れてますから・・・襲名した以上ご自分の事だけ考える訳にもいかず相当ご苦労されているのではないかと危惧しています、そこへもって更なる酷使ではもうどうなってしまうんでしょうか。3月の歌舞伎座も玉三郎さん昼夜出演でも売れません、そりゃ無理ですってもう大分皆さん投資しているでしょうし、デジャブですからね。

Posted by: ゆき | 14. 02. 13 at 오전 10:54

謙介さん、こんにちは。
字、、、本当に深いですねぇ。
僕は仕事でフォントとかいろいろ使いますけど、楷書や隷書のなんたるかも知らずに使っちゃってたりしてお恥ずかしい限りです。

実はつい最近まで般若心経すら縁遠かった男なんですが、今はスマホでお坊さんの読経を聞いたり、般若心経のアプリなんかを眺めたり読んだりしています。もちろん、その世界なんかさっぱりわかっていないのが情けないんですが。今はとっかかりに立っている、みたいな感じです。

僕の高校時代の仲良かったヤツ、と言うか、よく一緒に悪さをした友達の家に遊びに行ったら、坊さんのせがれで、いずれは跡を継ぐと聞いて、「おまえが坊さんかよ!」と皆で呆れかえったのを思い出しました。

Posted by: takenii | 14. 02. 13 at 오후 2:49

---ゆきさん
 大体が亀治郎の時から、あの方はファンサービスだってものすごく手厚かった、というのか普通程度ではありませんでしたし、今、一番元気でしょうから、会社はそれを最大限に使って、、ということなのでしょう。人使いの荒さには定評がありますもんね。
 そうでしょうね。やはり猿之助を襲名した以上は澤瀉屋全体のこととか、将来の歌舞伎界について、いろいろお考えがあろうと思うのです。ですが本当に願わくば、勘三郎丈のように夭折するようなことだけはしていただきたくありません。去年の秋の金丸座の玉三郎さんも切符が売れなくて、四方八方に行ってくれない? と言って、ようやっと形がついた、ということでした。春のこんぴら歌舞伎はそこそこですが眼がシビアですから、演目によっては不入り、というのもうなづけます。

Posted by: 謙介 | 14. 02. 13 at 오후 8:01

---takeniiさん
 やはり書き文字となると、篆書・隷書・楷書、という書体の違いもありますし、そこに書家の個性も出ます。同じ楷書でも、欧陽詢と顔真卿の書いた楷書は全然違いますし、、書家によって個性がありますから、、本当に書き様というのは一様ではありません。
 禅宗ではお師家さん(禅堂での師匠)の提唱(座学の仏教の講義)の時に仮に居眠りをしていても、仏のありがたい教えは毛穴から入っていく、という話があります。謙介だって座禅を少しかじったくらいですが、足は痛いわ、夏は暑いわ、冬は寒いわ、と文句ばっかりのダメなやつでした。それでもまぁ写経をしてみるか、と、この歳になって思ったりします。大切なのは、何歳になっても、はじめよう、って決心する発菩提心だと思います。

Posted by: 謙介 | 14. 02. 13 at 오후 8:10

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