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14. 01. 29

考古学とハムと

いやはや驚愕いたしました。

実家の街から東に1時間くらい行ったところに津田
という街があるのです。

その津田の海辺にある古墳群がこのたび
国の史跡に指定されたのです。

というのもこの古墳群は海辺近くにある、ということ。
それから古墳の築かれた年代が数百年間にわたって
継続してあるということ。

それから初期の古墳はこの地方特有のスタイルで
あったものが、次第に年代を下るにしたがって
難波・大和の古墳に類似してきている、ということ。

これは中央の力が次第に地方に及んで行った、
その影響力の変化をあらわしている点など
この古墳群の状況からさまざまなことが
分かってくるのです。

そうした考古学的に重要な観点があるため、このたび
国の史跡に指定されることになったのでした。

そこで、さらにこの古墳について、多くの人に知ってもらおうと
いうことで、講演会とシンポジウムが日曜にありました。

なぜ謙介さんがこの講演会に行ったか、と言えば
この講演会で基調講演をされる先生が
謙介の学問に大きな影響を与えてくださった
先生だったからです。

この先生のご指導のおかげで謙介は日本史が
大好きになって、大学も史学科に行くか国文科に行くか
と迷いに迷うことになりました。

結局、ご存じのように史学科に行きこそしませんでしたが、

国文で古代文学を専攻した結果、
考古学の研究成果も論文を書くときの傍証として
大切な資料となり、国文に行っても考古学との
ご縁は切れることなく、今も学び続けるということになっています。

この講演をされた先生に教わったのはわずかに1年で、
しかも週1回程度のことではありました。

しかし、先生が山野を渉猟して
遺跡を調査した結果を話してくださったことは
年表を覚えるのが歴史の勉強ではなくて
実際にその場所に行って、その状況をよく見なければ
ならない、ということでした。
それは謙介の脳裏に深く刻まれることになりました。

文献の中だけではなくて、ちゃんとその場所に行って
調べることの重要さをその先生は身をもって教えてくださいました。


その先生も今年で82歳です。
今まで何度も「あの時にお会いしておいたら」
ということで後悔のあった謙介さんも、ようやっと
学習したようで、今回お会いできる機会ができたので
時間を繰り合わせて、その講演会とシンポジウムに
行くことになった、ということなのでした。

で、最初の「驚愕」の理由、というのに戻ります。

そのシンポジウムは公民館の1階ホールで
行われます、とチラシにあったのです。

グーグルアースでここが公民館と、場所を調べて
じゃあ、この交差点を曲がったら駐車場が
あるわけね、と、調べて行ったのです。

で、交差点はありました。 曲がろうとしたら
ま・が・れ・な・いぃぃぃぃ。

前に車が10台くらいいて、渋滞しているの。
駐車場は満車。
どうして満車なんだよぉぉ、としか
その時の謙介さんは理由が分からなかったのです。

まさか、ものすごい人がこの講演会と
シンポジウムに押しかけようなんて、
思ってもいなかったのです。

結局、駐車場は、
公民館の100台置ける駐車場だけでは足りず、
急きょ隣の小学校の運動場を開放して
そこを臨時の駐車場にしたのですが、謙介が
入って車を置いた段階でその運動場も8割がた
埋まっていたのです。

ひえええええ。
で、公民館に行ってみましたら、もうものすごい人で
すでにホールはいっぱいで、後ろに50人くらいが
立っていました。謙介も座るところがありませんから
立っていました。


公民館の人があわてて椅子を補充しましたが
謙介が来てからも、まだまだ後から後から
人は入ってきます。

折り畳みの椅子が20くらい補充されましたが
文字通りの焼け石に何とやらで
そんなもの全然足りません。


そのうち定刻になったので、講演会が
はじまりました。


立ったまま、というのは謙介の仕事でも
よくあることなので、別にどう、ということも
なかったのですが、
ただメモが取りにくかったのが、困りましたけど。

結局謙介は、1時間半立ったままで
文化庁の調査官の発掘報告から
先生の講演までを聞いて会場を出ました。

先生に教えていただいたのは
もうずいぶん前でしたから
先生もすっかり変わられて、
いいおじいちゃんになっておいででした。
だって82歳だもんなぁ、、。


しかし、あんなに人が来るなんて
謙介も全然想像もしていなかったですし、
主催者側も、冒頭にあいさつに立った市長さんが
「こんなに人が集まるのであれば
市民会館のホールで開催すれば良かった」と
言ったくらいでした。

しかし、これはどういうことなんでしょうねぇ、、。
古代のロマン、とかいうマスコミの甘言に乗せられて
イメージで考古学ファンってそこいらじゅうにいるのでしょうか?

後から冷静になって思い出すと、「そういえば」ということも
ありました。

遺跡の発掘現地調査報告会に
考古学ファンが100人とか200人とか来た
という記事を読んだことがありました。
 
明日香村の牽牛子塚古墳の
発掘説明会も、何千人という人が来た、と
新聞記事で読んだのでした。

その時は、ふーん、くらいだったのですが
よくよく思い返すと考古学って、すごい人数を
動員するんだなぁ、と思ったのです。

すごいぞ考古学。

でもね、考古学の動員数を甘く見ていたのには
理由があります。
歴史のほうはすごい人気のようですが
同じ古代でも古代文学はどうだか、って正直思います。

謙介の所属する古事記学○なんて
全国で会員数は400人いません。


で、古事記学○の会員は
たいてい自動的に上代文○会とか万葉学○の
会員になっていて重複しているのです。(謙介もそう)

古代文学関係の会員なんて重複をのぞいて
純然たる人数を数えたら、
おそらく全国で数百名しかいないのです。

そのことが頭にあったために、
今回の古墳の講演会だって、謙介の想像では
よくて100人も来たらいいんじゃないか、と
思っていたのですが、、。

結果はその10倍。
どう見ても1000人はいました。 ひえええええ。
もうその物見高さ関心の高さに
驚愕をした、ということなのでした。
しかも女性が3割くらいいました。

でも10代20代の女性は皆無で
やっぱり古墳ガールなんて嘘じゃないか、
って思いました。

さて。


この津田には津田の松原という
海岸に松林の続いたところがあります。
夏は海水浴場で有名なところです。

ここの海はきれいなのと、松原なので
木陰があって、しかもその間を風が
吹くので、夏も比較的涼しく
結構人気の海水浴場です。

謙介はずいぶん前に習っていた書道の会で
ここの近くの町営の宿泊所に合宿して
書道の錬成会をしたことがあります。
いまはその町営の宿泊施設は
クワタラソという塩水の温浴施設に
なっているようですが。

講演が終わって松原に行こうか、と頭の隅で
少し思いましたが、冬のさなか、
ふきっさらしの海岸の松林をさまよい歩く
暗い顔をしたおっさんというのでは
シャレになりませんから、やめにしました。
第一寒いです。

この公民館を出たところにJRの線路が
ありまして、その南側の山の中腹に津田の松原の
大きな案内表示の看板が立っています。
遠くから見るとこんなですが、、。

Nichihamu1


望遠にしてみました。

Nichihamu2

下に日本ハ○のロゴが見えているのがわかります?

よその人はああ、「日本ハ○」ね、としか
思わないかもしれません。

ですが、よくよく考えてみたら
こんな田舎町の観光名所の看板を
わざわざ日本ハ○が建てる、ってどうして? 
って思いません?

理由は簡単です。
この津田町が日本ハ○の創業者の出身地だからです。

日本ハムなんてこの町の人にしてみれば
北海道にあるのでも東京にあるのでも
大阪にあるのでもないのです。

この津田から出た会社なのです。

今も創業者の自宅もありますし、
だから今も毎年日本ハ○の野球選手たちが
この四国の田舎にある創業者の
お墓におまいりに来ますもん。

と、いうことで、考古学の好きな人が
やたら多いのにうんざり
非常に多くて感銘をうけた、(と書いておこう)

謙介なのでありました。

ちゃんちゃん。


   ×      ×       ×

新薬の治療費補助申請の回答はまだ来ていません。
27日に審査会があった、ということですが、、
どうなっていることやら。

(今日聴いた音楽 C調言葉にご用心
 歌 サザンオールスターズ 1979年
 サザンの曲で、はじめて好きになった
 曲でした。 ここからさかのぼって
 サザンの曲をよく聴くようになった、
 記念の曲です。)

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Comments

すごく興味深いお話をありがとうございました。
日本ハ○は東四国にとてもゆかりのある企業だというのもわかりましたし、取引銀行がなぜ、百10四銀行かもわかりました(伏せ字になっていませんが)。

Posted by: かわちゃん | 14. 01. 30 at 오후 10:28

---かわちゃんさん
そうなんです。創業者の名前は「大社」
っていうのですが、これで読み方が
「おおこそ」って読ませます。
その人がこの町から出て、徳島で
ハム会社を作って、、そこからどんどん
大きくなって今のシャウエッセ○とか
売ってるあの会社になりました。
だもんで、メインバンクが高松の中央公園
を隔てたところにあるあの銀行(笑)、
というわけなのです。

Posted by: 謙介 | 14. 01. 30 at 오후 10:55

なんだかてんやわんやの日々で・・・・・、ご無沙汰致しておりますm(_ _)m

考古学は面白いと思いますよ。
私も、その“にわかファン”の一人です(苦笑)。
中学生の頃から土偶を作りたくてしかたありませんでした(^.^;)。
それが変移して、陶芸に興味をもっている現在です。
だったら、縄文式土器や弥生式土器でいいじゃん!ってことですが、若かりし頃はなぜか土偶でした。

大学の教養課程で、考古学を3ヶ月だけ取りました。
教養課程ですから、選択科目は相当に興味のあるもの以外は消去法で決まっていきます(苦笑)。
でも、考古学だけは希望で取りました。
担当した助教授は現地で見ることの大切さを何度も話していましたので、謙介さんが仰ることとまさに同じ事でした。
百聞は一見に如かず、はまさにです。
私の仕事は考古学とは縁のないものですが、いくつもの情報を聞くよりも、一度しっかりと診るほうが正しい判断ができます。
やはり伝聞は情報が薄いのですよね。
職場では人事考課が始まりますので、人の評価もその人をしっかりと見ることで正しい判断ができるようにしたいと思っています。
ちょっと話が逸れましたか?(笑)

Posted by: タウリ | 14. 01. 31 at 오전 10:44

---タウリさん
タウリさん、多分ものすごくお忙しいの
ではないか、と心配していました。
でも、土偶が作りたい、というのは、
壺とかお皿とかそうした用具ではなくて、
興味が人間に向いていらっしゃった
ということなのかなぁ、と
謙介は思いました。

やはりタウリさんが習われた先生も
そうおっしゃっていらしゃったのですね。
やはり何でもそうですが、そのものを見る、
とか実際にどうなっているのか、その場所に
行って自分の目で見る、ということは
大切なことですね。
誰かがそう書いてあって、それを鵜呑みに
していたら、なんとなくそういう
イメージができてしまって、それで
知ったような気になってしまう、
ということがあります。
思い込みとか、刷り込み、というのも
よくありますもんね。
やはり実物そのものを見る、ということが
何にもまして大切なことだろうと思います。
毎日お忙しいことと思いますが、どうぞ
たまには息抜きもしてくださいね。

Posted by: 謙介 | 14. 01. 31 at 오후 2:32

考古学は我慢強い方でないと私には・・・大○さん例の事件の際父曰く「\に汚いあいつらしい」正直に真っ当にでは利益があがらないのでしょうか?松○倒産で検索するとイロ×2しかし意外にジリ貧で踏ん張ってますね、往生際悪い。ファンも今の価格ではリピートは難しい、歌舞伎に興味がある人がいても誘いにくいです。明治座位せめて以前の価格なら、長年のファンにもご新規さんにも優しくない。成田・中村屋もお父様がいないし、でも猿之助さんが中○・團○・劇団もあるので一番過酷ではないかと猿○も涙の口上の後他に方法がなかったのかもしれませんが最後までキチンして欲しかったな。宝くじ定期にでもして当選しないとご祝儀なんて無理です。

Posted by: ゆき | 14. 01. 31 at 오후 7:14

---ゆきさん
食品関係って、たとえば、京都の漬物
なんかでもそうです。漬物屋の中には
やたら大きくなって、今や大きなビルの
建物になっている漬物屋もありますが、
あんなもの、人工着色料だの防腐剤を
いれまくって、身体によくないような
漬物を売りまくっていた結果、ですもん。
ちょっと考えたら分かることですが
こつこつと、地元の人相手に、
まっとうな食べものを売っている
お店って、そう大きなもうけは出ません。
でも、その代わり地元の人に支えられて
つぶれてしまうようなことにも
なりません。細く長くの商売が
やっぱりその証拠じゃないでしょうか。
歌舞伎、本当にコアのファンでないと
やはり誘いにくいですよね。
一度、行きたい、という人は多いですが、
よく説明してみると、「えええええ
そんなにお金がかかるの?」って
尻込みされる方も多い。そういう尻込み
されるような方が、見に行って、
歌舞伎っていいねぇ、っていうように
なったら、本当に人気だって
もっともっと出てくるようなものですが、。
そういうのがあの会社には
どうしてわからないのか、と
本当に情けなくて仕方ありません。

Posted by: 謙介 | 14. 01. 31 at 오후 10:51

>歌舞伎、本当にコアのファンでないと誘いにくいです。一度行きたい、よく説明してみと、「そんなにお金がかかるの?」尻込みされる方も多い。見に行って、歌舞伎っていいねぇ、となったら、本当に人気だってもっと出てくる。そういうのがあの会社にはどうしてわからないのか?本当に情けなくて仕方ありません。 
そうなんですよ、誘いにくい価格設定。実際に観ないと分からないし。母は歌舞伎が好きでも敷居が高+価格高。国立劇場高3の2学期團十郎「毛抜き」気が付けば爆睡・・・イヤホンカイドもないし、何故あの忙しい最中なのか。母には「團十郎の良さが分かると思えない」勿体ない事・・・役者が頑張っても限界でしょう、浅草から全て値上。目先の\しか興味ないですからね、いっそ倒産して何処かもう少し真面な所が買収してくれないか?と本気で思います。往生際わるいからシブトイですね、そのシブトサをファン獲得etcに生かせよと思うんですけどそれは絶対にしないでしょうから。

Posted by: ゆき | 14. 02. 01 at 오후 6:13

藤○勘○○さんは大○さんのご親族とご結婚されたのでは?伝統芸能etcに資本が必要なのは分かりますが藤○さんなら不要ではないかとも思いますけど。役者さんの奥様も資本力のある方が多いみたいですけど。某ご贔屓さんに役者さんで余裕があるのは家元2人位ですかと聞いたら三津五郎さんは上手いから兎も角松○さんはあれではお弟子さんはついては来ないよと。芸事の世界は厳しいですね。突然CPが英語表記になってしまったり、入力中に全文章が反転して消えてしまったりちょっと焦っております。

Posted by: ゆき | 14. 02. 01 at 오후 7:01

---ゆきさん
そうなんですよね。一度歌舞伎を見てみたいと、話してくれる友人は多いのです。京都に
いた時だって、京都生まれ、京都育ちなのに
南座は行ったことがない、という友達がいて
一度顔見世にお誘いしたら(おそらくご観劇料を聞いたら断られるんじゃないか、と
思ったら、案の定、ひええええそんなに
するん。よう行かんわ、って断られたこと
がありました。南座は箱自体が小さいですから一幕見、とかできませんし、そうすると
相対的に費用も、、になりますよね。たぶん
役者さんのがんばりだって、限度がありますよ。もう身体のほうだってみなさん無理に
無理を重ねてなんとか舞台を相勤めているありさまですからね。これだっていつか近い将来に棒が折れる時期が、いやもうとっくに
折れはじめていますよね。勘三郎丈、團十郎丈、みなさん、本当に酷使されて、、おっしゃる通り、興業をあの会社がやっている限りは、もうどうしようもないね、と仲のよいファンのおばちゃんといつも話しています。
芸事の世界も、(謙介は書道でいろんな方向から嫌というほどあれこれ見てしまいましたが、笑)本当にいろいろあります。それで将来、良い字を書くだろうな、と、思う人はさっさと書道界から抜けています。(謙介は別として、、。)まったくやれやれの部分があります。

Posted by: 謙介 | 14. 02. 01 at 오후 11:48

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