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13. 10. 30

瀬戸内国際芸術祭:走るアート編

今日は、うちの仕事場にこんな封筒が送られて
きましたよ。
Kamishi

この封筒は今日、届いたわけですから、
おそらく柳瀬さんがお亡くなりになってから
この封筒の送付をしたのだと思います。

この展覧会のチラシの字だって、柳瀬さんの
字だと思います。
この封筒やチラシを見ていたら、柳瀬さんが
今も生きていらっしゃるような気がして、
亡くなった、ということが信じられません。
こんな時期だったので、思わずその「ご案内」を
しみじみと見てしまいました。

    ×     ×     ×

今日は、あ、もとい、今日も、ですね。

瀬戸内国際芸術祭の
走るアート編の作品を、先週の土曜に見てきたので、
それについて、今日は書きたいと思います。
え? アートが走るの? 

ええ。走るんです。
がたんがたんとか。


瀬戸内国際芸術祭ではいろいろなアート作品を
出会ってきたわけですが、、、。
それにしても現代芸術というのか、コンテンポラリーアートって
何でもありなのだ、と思いました。

だって、粟島のコッペサンド舎とか
春会期の沙弥島・夏会期の伊吹島でやってた
島スープみたいに
食べるアートだってあるんだから、
アートが走ったって、
何の不都合もありません。

で、ここです。某ターミナル駅。(笑)
Araki1

え? ターミナル駅なのに人がいない?

謙介、思うんですが
なんだかターミナル駅の意味を
誤解してる人って多いような気がします。


会話の中で遣ってる「ターミナル駅」の
意味とか使い方を聞いてたら、
あちこちから人が多く集まる駅が
ターミナル駅、だって思ってません?


こないだ神戸に行ったとき、
三ノ宮駅は神戸のターミナル駅、
って言ってましたけど、三ノ宮駅は
ターミナル駅ではないでしょう。

ターミナル駅、って言えば終着駅のことですよね。
JR三ノ宮駅って終着駅ですか?
あの駅って、単なる途中の停車駅でしかありません。


新快速だって西は姫路まで行くし、
東は大阪、京都、滋賀方面まで電車は走ります。


でも決してターミナルじゃないのに、
みんなターミナル、って言っています。
なんたってターミナルホテル、っていう
名前のホテルすらあります。


謙介が想像するのに、
最初は「終着駅だから、人が乗り換えで集まる。」という
解釈だったものが、やがて「人が集まる駅」という
意味の部分だけが独り歩きして、いつしか
「たくさんの人が集まる駅」=「ターミナル駅」って
いう解釈になってしまったのではないか、と
思います。

厳密にもとの言葉に照らした意味で言えば、
今回謙介の出かけた駅に到着する列車の
すべての終着駅なのですから、
この駅はまさにターミナル駅ではないかと
思います。

『終着までは、何哩』どころか、ここが終着です。

この駅は列車が入ってくるとルミ子さんの曲が流れます。
旅行で来て、はじめてこの曲を聞く人は、
「旅情があっていい。」なんて言いますが、
通勤通学で、この駅を使っているような人は
毎日聞くわけです。

しょっちゅう聞いていると、もういい加減
飽きてしまいます。またルミ子かよ、とか、
もうルミ子は聞き飽きたぞ、とか。

そんなことを考えるのは謙介、この曲が
個人的にあまり好きではないから、
かもしれません。

それにしてもJR四国ってルミ子さんがとっても好きみたいで、
今年の12月のJR四国のホテルのディナーショウ
ルミ子登場です。駅まで連れて行って、「ほらぁ」とか
言って聞かせるんですかね。(笑)

で、謙介が駅のホームに行って5分ほどすると
例によって↑のルミ子さんの曲が聞こえてきたわけです。
走るアート作品が入ってきましたよ。

ほら。

Araki4

写真家の荒木経惟さんの写真を電車全体にラッピングした
アラーキー電車です。
実はこれも瀬戸内国際芸術祭参加作品なのです。

荒木さんの作品の被写体のひとつひとつは
日常生活の中にあるありふれたものであって
別にどう、ということのないようなものなのですが、

荒木さんが撮影すると、妙に肉感的というのか
「エロ」っぽくなってしまうのはどうしてなんでしょう。

被写体を淡々と写すだけ、というのではなくて
そこに濃厚に荒木さんの「人生」とか「生き方」のようなものが
入ってきていて、それが見る側にとても「エロチックな感興」
を呼び起こすように思います。
でも、その生々しさが生きていることのあかし、
なんだと思います。
Araki2

そういう「その人らしさ」というのが明確、どころか
濃厚に出ている作品、というの「個性がある」
ということなのでしょうね。

それからほかに同じ写真の分野でいえば
「梅佳代」さんの写真集も大好きでよく見ます。

うめかよさんの写真も、どうしてだか
全然わかんないんですけれども
見たら「ぎゃははは」と笑わずにはいられません。


どこかのサイトで彼女が浅草に行ったときに露店で買って
食べたフランクフルトが写されていただけの
写真があったのです。 

被写体はただ単に串にさされたびろーんと長い
フランクフルトソーセージです。


画面いっぱいにびろーんと長い串刺しの
そのソーセージの写真を見たとき、
思わずあははは、と笑ってしまいました。

下の角川文庫のカバー写真もうめかよさんの写真ですが、、
なんだか変で好きです。
一昔前だったら、太宰の作品のカバーにこんな写真を使うなんて
考えられなかったでしょう。

 
Tsushima


どうしてこんなおもしろいのでしょう。
やはりカメラのファインダーを通して、
そこに彼女の主張、というものが
饒舌に聞こえてくるような気がします。

あ、話がアラーキー電車からうめかよさんのほうにずれてしまった。
失礼失礼。
電車の中は、ごく普通の通勤用の電車で
瀬戸内国際芸術祭のポスターが
掲げてあるだけでしたので、ちょっと
拍子抜けしてしまいました。中も
エロな写真があるのか、と、ちょっと
期待したのでしたが、、。

Araki3

普通に電車を待っていたおっちゃん、
いきなりこんな電車が入ってきたので
虚をつかれた、というのか、どういう表情をすれば
いいのか、ちょっと狼狽した表情をしていました。


まぁねぇ、いきなり目の前にエロが迫ってきたんですもんねー。
表情がちょっと宙に浮いていて、「あら、あら、あら、
ここで自分はどんな表情をしたらいいのか。」と
あわてているおっちゃんの顔でした。


謙介はこの電車の入ってくるのをホームで待っていましたから
来るぞ来るぞ、って思っていたわけですが、

何の心構えもない不意に、それも白昼、
ホームにはいって来た電車が「エロの極致」だったら、、ねーえ。

その戸惑い、ちょっとわかるような気がしました。
ねぇ、「普通の電車」が入ってくると思うじゃないですか。
でも入ってきたのが↑だったんだもん。

そんなふうな周囲の人の反応を見るのも面白かったです。


Araki5
エロ電、いえ、アラーキー先生の電車は、しばらくの間駅に
停車していましたが、やがて時間になったので、車掌さんの
笛とともに西を目指して走り出していきました。
Araki6

この前、田んぼの真ん中をこのエロ電、もとい
アラーキー電車が走っているのを見ました。
それは日常の中の非日常、という感じがして
おもしろいコントラストでした。
そのときデジカメを持っていなかったのが
惜しかったですが。

ということで、動くアート作品の見学をしてきたのでした。

(今日聴いた音楽 いい日旅立ち 歌 山口百恵 1978年
歌は♪ 雪どけ 間近の とはじまるのですが、CMは国鉄
の、だったから、前の年の冬ごろから流れていたような気が
します。)

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