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13. 09. 16

惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その6)

台風18号、みなさんのところでは被害はなかったでしょうか。
四国は、地理的に西にある分、中部とか東京で台風、と
言っているころには、もう台風は過ぎてしまっているのですが、、。
9月一か月に降る雨の量が、1日とか2日間で降った
ところもあったようですね。

京都の情報を聞いていたら、園部川が氾濫した、
と言った後で、桂川が危ない、って言っていて、、。
そりゃ同じ川ですからね。上流の船井郡では園部川だし
下流の京都市右京区では桂川なだけです。
さっき京都市西京区桂在住の恩師に電話をしたら
大丈夫やでぇ、とのんびりしたお声で、安心しました。

ですが、不思議なことがあるんです。
お寺って、不思議と洪水があって、周辺の家が
床下浸水くらいまで来ていても、案外助かる、
っていうことがあるんです。 古いお寺ね。
やはり昔の人って、土地を良く見て、お寺の
位置を選定したから、だとは思うんですが、。


台風が去っても、上流からの水とかダムの放流で
川の水かさが逆に増えたりすることも
ありますので、まだしばらく十分お気をつけくださいね。


さて。話を9月6日の広島に戻します。
9月6日もいいお天気でした。
ホテルを少し早めに出て、川のほとりに出てみました。
Kawa


川面を渡ってくる風は明らかに少し前までの
熱風ではなくて、涼やかな風になっていました。

本当に今年の夏はむちゃくちゃでした。
2度、39.9度の中を外出していたことがあったのですが、
今までにあんな空気、感じたことがなかったです。
日向に出たら、空気が射すように痛かったのです。
今までにも37度までは経験したことありましたけれども、
今年なんて39度まで行ってしまいましたからねぇ、、。

で、その後、9月に入って気温が急降下して、29度の
日が出てきたのですが、39度を経験して29度になると
もう寒くて。いや、冗談じゃなくて、寒かったんですよ。

39度から37度、37度から35度、というふうに
ゆっくりと気温が下がっていったのであれば、
もうちょっと体の負担が少なかったのでしょうが、
いきなり気温が10度違うと結構堪えました。

それからゆっくりと会場入りしました。
ちょうど2日目の受付がはじまったところでした。
もう一度会場からの写真を撮ってみました。

Nimosima

正面の島が似島(にのしま)という島で
原爆に遭って亡くなった方々の遺体を
この島に運んで焼いた、というところです。
(ちょっと望遠を使っているので、比較的近くに見えていますが、)

で、アングルが違っていてすみませんが、
68年前の写真はこうです。右奥に似島が見えています。

Ninoshima2


こうして、写真を持ってくると、この2枚が同じ街とは
思えないほどです。 原爆で破壊されてしまい焼野原に
なったときは、広島市内から似島まで遮るもののなく
見渡せたと覆います。上の現在の写真は、
たまたまビルの13階だったから似島まで
見えていますが、地上で、普通に立って、似島を見られるか
といえば、これだけビルが林立していますから、、無理だと
思います。

やがて時間になって研究会の2日目がはじまりました。
今日はまた別の方の発表を聞いたり、討議に参加したり
と、昨日に比べたら、すごく気が楽なものでした。
お昼になって、プログラムの全日程が終了しました。

荷物をまとめて参加者の皆さんにご挨拶をして三々五々
解散です。
謙介はカバンのカートをゴロゴロと押して、南に行きます。
八丁堀の電停から電車に乗ります。
Hirodenn7


紙屋町西の電停で降りて、お向かいのそごうに。
そごうの3階がバスターミナルです。
ここからバスに乗ります。

Bus

バスで高速道路を(といってもそう大した高速で走っていなかった
気がするんですが)40分ほど走って、つきました。


Kuresta
呉です。

どうして「呉」って、くれという名前になったのか
後から教えていただいたのですが、
呉は周囲を山に囲まれている街です。
その山の峯が9つあって、
九つの嶺、「きゅうれい」がなまって「くれ」になったんだとか。
やはり聞いてみるものですよね。

駅前を北に見たところです。
左側の白い建物は旧の呉そごうです。

Kuresogo


今年の1月で営業を終えてしまい、今は空家です。
1990年にできて、今年の1月ですから23年間の営業だった
ということですね。
目下後継テナントの調整ができつつあって
近く別の店が入るんだとか、、。
というのがこの建物、そごうのものではなくて8割は
呉市のものなのだそうで、簡単に壊すわけにいかないのだそうです。

とはいいつつもおなかがすいたので
せっかく呉に来たのだから何か呉らしいものを
ということで、海軍さんのカレーにしました。

Kaigun


前に聞いたことのあるのでは、野菜がゴロゴロと大まかな切り方で
入っているのが、そうだ、ということでしたが、確かに
ジャガイモが大きかったです。

おなかもいっぱいになったので、うろうろとしはじめることに、、。
でもね、最近行く、地方都市どこもそうなんですが、
ほとんど人が歩いていない。
閑散としています。
呉は昔は広島駅より乗降客の多かった時期も
あったとかですが、今ではなんだか、、ひっそりとした感じです。

東に向かって歩いていきますと、
こんな病院がありましたよ。
Byoin


さらに行くと突き当りにすごくでかい病院が。
Ganc

国立病院、中国がんセンターです。
謙介、毎週がんセンターに行っているので、ははーんと
すぐに思いました。今の各地方にあるがんセンターって
もとの軍隊の病院なんです。

四国がんセンターは陸軍病院でしたからね。
呉ですから、もとは海軍病院だったのでしょう。
(後から地元の人に聞いたら、やはり謙介の想像は
当たっていて、海軍病院が戦後、国立病院になって
がんセンターになった、ということでした。やっぱり。)

しばらく行くと突き当りを右に折れます。角に
海上自衛隊の施設があって、
Suikosha
これは旧日本海軍の下士官の社交クラブだった建物だそうです。
なんだか海上自衛隊の建物、みんな外側をレンガ色に塗ってありました。
なぜこの色なのかは謎。

この角を曲がって歩いていくと、入船山に到着です。

Irihuneyama

今日はここまでといたします。


(今日聴いた音楽 ブルー・スカイ・ブルー 歌西城秀樹 1978年
 そりゃまぁヤングマンとか、ギャランドゥとかありますが、
 この曲が西城さんの歌の中では一番好きです。 あ、もちろん
 西城さんも広島出身、ということで。まだ続いているんです。)


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