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13. 09. 01

イスカンダルへ

イスカンダルへ行ってきましたよーん。

行ってきましたよーん、って、もうその言い方からして
胡散臭さがただよっていますねぇ、、。

で、何で行ったの?

そんなもの、うちの日産ノートで、ですよ。


へ? そんなもので行けるのか?

行ったのは8月の28日のことです。
この日、朝はそこそこ涼しかったんですけどね。(22度くらいで)
朝から洗濯をしたり、家の掃除をしたり、と
日ごろ暑くてやる気が出ずに放っておいたことを
やりました。気温が20度近く(40度と22度)違うと
こうもやる気に差が出るものなのですね。
いざ、イスカンダルに向けて発進する時間になりました。
外に出たら、暑い暑い。
いそいで車に乗り込んで猿人を、あ、間違えたエンジンを
かけます。 
車は順調に路面電車が走る道路を走っていきます。

おいおいイスカンダルだろうが?
路面電車、って、何だよ?

ちんちんでんしゃ。 ちんちん、っと。

こらこら。


着いたよ。

へ?


だって、15分で着いたよ。(笑)

じゅーごふん!!

Oshiro
うそつけー。こんなのお城じゃないか。

見えてきました。
Kenbi1_1


ここがイスカンダルの入り口。ほら。
Matsumoto

県美術館で、松本零士せんせいの作品展を
していたのですよ。
(9月の1日までだから、今日までだったんだけど。)

なーんだ。

でも、イスカンダル、って言ったら、この方じゃないですかぁ。


まぁそりゃそうだけどさ。

松本せんせいが、マンガを描き始めて今年で
60周年なのだそうで、今まで先生がさまざまな作品の
原画、テレビマンガになったときのセル画が展示されていたのでした。

どうしてここの県美術館なのか、といえば、、。
松本せんせい自身は福岡の生まれなんですが、
せんせいのお父さんとお母さんが大洲市のご出身で、
せんせいも太平洋戦争中、戦後の数年間、疎開のために
こちらで過ごされた、という経緯があったから、なのです。

で、まつもとせんせいの言葉によると
この大洲・新谷の山に囲まれた地域での生活が
「星」に対する興味を持たせ、
のちの作品制作に影響を
与えた、ということなのだそうです。

ですから、ここいらの田舎で過ごした時の星を見た「体験」が
のちの「イスカンダル」につながっている、
ということなのかもしれません。

せんせいは、すでに高校の時、マンガの原稿料で
高校の学費を払っていた、と言います。
せんせいが世に出たきっかけは
手塚治虫せんせいだった、ということも
はじめて知りました。

手塚せんせいがあまりの過密スケジュールに
耐えかねて、失踪してしまったのです。
しかし、その失踪も福岡で発見されてしまった、のだそうで。
それで、九州で原稿を描かなくては
ならなくなって、急きょアシスタントとして
マンガが描ける人材を、ということになったときに
まず名前が挙がったのが松本せんせいだった、
そうです。そこで、松本せんせいの名前が
九州だけ、から、東京のマンガの編集者、出版社に
知られるようになって、やがて先生は高校卒業後
上京して、さらに、ということになっていったそうです。

だから松本せんせいが知られるようになったについては
手塚治虫せんせいが関係していた、ということを
はじめて知りました。
もちろんそこには、手塚せんせいと
アシスタントとして働いた松本せんせいをはじめとした
みんなが映っている記念写真も展示されていました。


でもやはり謙介が一番感動したのは
実物のマンガの原画を見て、本当に丁寧に
描いてあるなぁ、ということでした。
(そりゃまぁ、アシスタントというのか、そういう
背景とかは背景で、計器類は計器類で描く
お弟子さんみたいな人がいて、その人が
主に描くのでしょうけれども、、。)


宇宙戦艦ヤマトから
銀河鉄道999から、
宇宙が全く出てこない「男おいどん」のサルマタケのお話、
キャプテンはーロックの原画まで、展示があって、
ふーん、元の絵というのはこういうふうに
描かれていたのか、という参考になりました。

宇宙戦艦ヤマトの詳細な見取り図もあって、
はじめて宇宙戦艦ヤマトの内部って
こういうふうになっていたのか、ということも
知りました。
だって全貌なんて今まで知らなかったんだもん。
で、今更ながらあまりにかっこよくて、
もう鳥肌が立ってしまいました。

そのほかはじめて知ったことに
(きっと松本せんせいのファンの方なら
ご存じだったのでしょうが)
少女マンガ家の牧美也子せんせいが
松本せんせいの奥さんだった、ということも知ったし。

この美術展は9月1日までだった、ということは
子どもたちへの夏休み企画だった展示、という
ことなのだろうと思いますが、おぢさんにも
結構楽しめた(ひょっとしたら最初から
おぢさん狙い?) 展覧会だったように思います。

展覧会が終わって、、外に出ました。

この美術館のある一帯は、お城の三の丸で、江戸時代は
武家屋敷があったりしたのですが、明治になって
ここには軍の施設ができていました。戦後は
ここにいろいろな施設が建っていました。

競輪場とかテニスコートとか
ラグビー場といったスポーツ施設とかがありました。
謙介の行っている、がんセンターも昔の陸軍病院を
引き継ぐ形でここにありました。

でも今は、芝生の土地が広がっているだけです。
せっかくなので、以前しょっちゅう(笑)行っていた
がんセンターの跡に行くことにしてみました。

正門の付近は、ちょっとだけ以前のものが
まだ残されていました。
Kokuritubyouin1

この辺に門があって、、、あの辺に玄関が
あって、あの木の植わっているあたりに裏に行く道路があって
あそこから、車を裏の駐車場に入れにいっていたよな、
と思い出しました。


一番よく通院した時は、インターフェロンの注射をうちに
週3回は行っていましたし、入院も何度もしましたからね。
もはや現実にはないあの病院ですが、
謙介の記憶の中には今もはっきりと残っています。
やがてここも芝生の広い場所になるのでしょうが、
今はまだあっちこっち掘り返して、雑然とした雰囲気です。

Kokuritubyouin2

なんだかすっかり変わってしまった、かつての病院だった場所を
眺めながら、感慨にふけってしまいました。

もと来た道を戻って、堀之内の出口に出ました。
これが堀之内の出口、昔は城門があった
あたりです。
Mon


この木の茂みがちょっとやばい場所(笑)で、、。
Hatten

堀之内を出ると、こういう風景です。
堀之内の中は静かでしたが、この公園の外周は
路面電車が走ってますし、車の通行も多くて
急に騒音が復活してきたのか、と思うくらい
にぎやかです。
Matuchu
写真の真ん中にNT○四国のビルが見えていますが
この場所が、かつての松山中学のあった場所です。
つまりこの場所で夏目漱石が英語を教えていたわけです。
まぁそれがのちの『坊ちゃん』につながっていく、
わけですね。


ということで無事にイスカンダル見物(笑)も
果たして、県美術館を後にしたのでした。


さっきテレビで「イミダゾール・ジ・ペプチド」の話をしていましたが
謙介、栄養士の友達からそんな物質があることを聞いて、
このブログで取り上げたのが、2009年の8月です。
増えすぎると却って害になる、活性酸素を除去して
疲労回復をする働きのある物質です。
みなさま、この時期、この「イミダゾール・ジ・ペプチド」をたくさん
摂りませう。 食べ物としては鮪の赤身、鶏の胸肉、が
いいそうです。経済的には鶏の胸肉ですね。

(今日聴いた音楽 そりゃもう、
宇宙戦艦ヤマト 歌 ささきいさお 1975年)


実は、この宇宙戦艦ヤマトの話は、微妙に続きが
あるのですが、それはまたもうちょっと先で。(笑)

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Comments

宇宙戦艦ヤマトは見た覚えはあるのですが、あまり記憶にありません。
ググッてみましたら、私が2歳の頃に初公開だったようです。
その後の劇場版が5~6歳頃なので、こちらの記憶がかすかにある、という感じです。
むしろ5~9歳頃に放送された銀河鉄道999のほうをよく覚えています。
あの電車シリーズを全て欲しくて、かな~りねだって買ってもらえなかった苦い記憶もあります(苦笑)。
999と777だけ買ってもらえました(^_^;)。
その展示会はきっと大人向けですね。
今の子達には、昭和の古いアニメ展、ぐらいにしか映らないかもしれません。
木村○也さん効果で、宇宙戦艦ヤマトの人気は高まったようですが、アニメの頃の印象と違う、という感想もあったようですね。
登場人物ではデスラーが好きでした。

『この木の茂みがちょっとやばい場所(笑)で、、。』
気になります、すっごく気になります。
祟り系ですか?(>_<)

Posted by: タウリ | 13. 09. 02 at 오후 4:30

---タウリさん
最初に宇宙戦艦ヤマトが放送されたとき、一部のコアファンはすごく騒いだのですが、
大きなブームという感じでもなかった
気がします。それから何度か再放送とか
あって、改めて、ブームになったんじゃ
なかったかなぁ、と覚えています。
あのお話が流行ったのは、松本せんせいの
お話の魅力もありますが、あのささき
いさおさんのお歌もずいぶんと貢献している
のではないでしょうか。
銀河鉄道999もゴダイゴの歌も
作品のヒットに貢献しているような気が
します。エグザイルの歌がいいのか
ゴダイゴか、と言われたら、やはり
宇宙にむかって旅立つ夢とか期待とか
いろいろなものを抱えた気持ちを
うまく表現しているのはゴダイゴのほうの
歌のような気がします。(謙介的に)
エグザイルのは、なんだか曲の速度も
のったらのったらしていて、
心が躍る、という感じにならないんですよね。
堀之内公園の繁みは、別名「パーク」
(まんまですね)と呼ばれるハッテン場
です。

Posted by: 謙介 | 13. 09. 02 at 오후 11:02

ゴダイゴ、懐かしいですねぇ(*^^*)
有名か曲が多くて、しかも口ずさみやすいものばかりです。
最近知ったのですが、後醍醐天皇にかけてグループ名を決めたそうですよ(謙介さんは既にご存知かも!?)。
ゴダイゴは格好いいですが、ゴハナゾノとかゴムラカミはさすがに今後も出てきそうにないですね。

あの森はテンバだったのですね!
たしかにヤバい(*^^*)
蚊に刺されそうですが、落ち着いて“探索”できるのでしょうか?(笑)

Posted by: | 13. 09. 03 at 오후 4:48

---タウリさん
そうですよね。ゴダイゴはいいですが、
後亀山(ゴカメヤマ)とかも出てきそうに
ありません。(笑)
実は、移転するまえのがんセンターの周囲は
ぜーんぶ、ハッテン場だった、ということ
なんです。でも、これだけHIVとかエイズに
気をつけましょう、って言っているのに
掲示板みたら、生でやってくれ、とか
平気で書いてあって、、。
で、ちょっとムラムラ感を高めるためだけに
そう書いてあるのかなぁ、って思ったら、
地元のHIVのボランティア団体の結果報告なんか見ていたら、陽性者が増えている、という
報告を見ました。
まぁ、そういう場所なので、すぐ横で
入院していたのですが、この場所、桜が
植わっているので、春の日曜の昼間に
仕事場の人たちとお花見に行っただけです。

Posted by: 謙介 | 13. 09. 03 at 오후 8:14

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