« 惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その4) | Main | 惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その6) »

13. 09. 12

惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その5)

日は暮れていますが、
まだ午後8時少し過ぎた時間でしたから、
そんなに遅い時間では
ありません。

晩はずいぶん涼しくなりました。
ドームの前で、手を合わせてから
河畔の石に腰かけて、目の前の原爆ドームを見ながら
いろいろなことを思いました。

前に広島二中の生徒が原爆に遭った時の
記録を読んだことがありましたから、
それを思い出したりもして、、。

こないだ、話題になった『はだしのゲン』のことも思いました。

前にも言ったように、平和を考えるのは8月だから、では
ないと思います。こうして原爆ドームを謙介が見ている
この瞬間にもシリアとかエジプトで何の罪もない人々が
殺されたり憎しみ合わなければならない状況ですよね。

戦争があって、あれほど人が殺しあうのがどんなに
残虐で、いけないことなのか、と分かるはずなのに
またしばらくしたら、、、です。 

やはり大学はまだ夏休み、ということもあるのでしょう。
広島に対外試合で来ているらしい、よその地方の
大学名の入ったユニフォームを着た学生さんが
何人か、ドームのあたりを歩いていました。
しばらく考えて、今度は元安橋を渡って平和公園の
ほうに行きました。 


前にも言いましたが8月だけが平和を考える月では
ないと思います。 これほどまでに戦争で多くの犠牲者が
出ながら、全く人間はどうして殺し合いを懲りずに繰り返すのか?
Ireihi
その問いの前に、
この石碑に刻まれた言葉を本当に責任を持って
言うことができるのか、そんなことも思いました。

慰霊碑におまいりをしてから、時間を見たら、午後9時を過ぎて
いましたので、ホテルに戻ることにしました。
さっき渡った元安橋を再びわたって、少しまっすぐに
行きます。
お好み焼屋さんのところを左折して、北に行くと
病院があります。

Shimabyoin


別にふつうのどこにでもあるような病院ですが、
この病院の上空600メートルのところで
原子爆弾がさく裂したのです。
ここが爆心地、ということです。

Bakushin


よく、戦争の時にアメリカが奈良とか京都を爆撃しなかったのは
日本文化を尊重して保存するために残した、とかいうような
のんびりとしたことを言っている人がいますが
そんなものはうそです。

それが証拠に京都は原爆投下予定地の候補に入っていましたから。
大阪の弁天町にあった交通博物館が、今度移転してくる
梅小路の蒸気機関車館の辺が爆心予定地になっていました。


もし、あそこに原爆が落ちていたら、と山陰線に乗って
電車が丹波口の辺を通るたびに思います。
北は上加茂の辺から、南は伏見の辺まで
京都は何もない、ただただ碁盤目の
道路しかないような土地になっていたと思います。

そして原爆が実際に投下されたこの広島は
68年前の今頃はこの辺も一面のがれきの山だったはずです。

事実はそうなのですが、その情景と今では全然結びつかない
今のこの街並みです。

ここまで街が復興するにあたっては、本当に広島の人たちの
大変な困難とご苦労があったでしょうね。

いろいろと考えていたら、急に耳に音がよみがえってきたような
気がしました。気がついたら電車通りに戻ってきていました。

帰りはさすがに、電車に乗ることにしました。

Hiroden4


さすがにこの時間になると、7時台とは違って
電車も本数が減っていました。
でも、10分ほど待つと電車が来ました。

電車はお疲れ、という顔をした人をたくさん載せて
(謙介もその一人ですが)明るいネオンや看板や街灯の輝く
夜の街を走っていきます。
八丁堀で降りて、しばらく歩いて、ホテルに戻りました。


ホテルに戻って、お風呂に入って、出たらすぐ寝てしまいました。
うーん。さすがに疲れていたようでした。

(今日聴いた音楽  サウダージ 歌ポルノグラフィティ
 広島出身歌手シリーズ継続中でーす。 )

|

« 惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その4) | Main | 惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その6) »

おでかけ」カテゴリの記事

Comments

戦争についてはいろいろ考えてしまいますね。
沖縄戦で戦地のまっただ中にいた祖父は、戦争について何も語らずに亡くなりました。
何度か質問してみましたが、答えてくれませんでした。
語り継いでいく重要性を感じつつ、“本物を見てきた”方々の心情が如何に深刻に重いものなのかを今になって考えております。
広島長崎はもちろんですが、焼夷弾の雨に焼き尽くされた日本全国の都市部でも、壮絶な経験をなさった方がたくさんいらっしゃいます。

平和を唱えることはとても大切なことです。
でも、一方的な平和はあり得ません。
戦争を望む国や目論む国には、私たち日本人が考える平和理念は通じるのでしょうか。
私も平和であること、平穏であることを望みますが、国や自分の命があってのことだとも思います。
対話だけで本当に生命や国家を守ることができるのでしょうか。
このジレンマを強く感じております。
あれこれの思惑が渦巻きすぎて、現状にはちょっと疲れてしまっています。

謙介さんの今夏の行事予定が一通り終了したようですね。
お疲れ様でした。
私のほうは少しずつ忙しくなりつつあります。
幸い、多少なりとも自分で予定を制御できる立場にいますので、それは助かっております。
体力健康面でも比較的落ち着いているので、これを維持していこうと思っています。
あとで疲れが出てくることがありますので、謙介さん、しばらくはゆるりとお過ごし下さいね。

Posted by: タウリ | 13. 09. 14 at 오전 11:46

---タウリさん
 やはり戦争の、しかも現実を経験した方は、50年たっても、70年たっても、
その光景を思い出して、口に出すことすら
どこか、拒否してしまうところがあったの
でしょうね。そうして黙して語らないまま、
一生を終えられた、ということ、
そのご経験の重さだけでも大変なものが
あったと思います。
 前に平和憲法を、と主張している人のお話を聞きました。理念としては、とても素晴らしいし、共感するところもあったのですが、
タウリさんがおっしゃったように
他国からの、ということになったら
急に理想論の展開になってしまわれました。
理想論で他国がふるまうはずはありません。
現実的に、じゃあ、日本の周辺の国は
どうするだろうか、その時に日本は
どうしなければならないのか、
もっと現実的な視点がほしいなぁ、と
正直思ったのです。
平和バイアスというのか周辺国を
理想論で考えていて、全然現実感のない
平和論にもくみしませんし、かといって
今の平和憲法をさっさと為政者の
都合のいいように国民の権利を制限する
ような改正論にもくみしたくありません。
もうちょっと国民の論議を経て、結論を
出していく方法でいいんじゃないですかね。
そんなことを思います。
タウリさんもものすごくお忙しいような
ことになっていて、、お体が心配です。
夏の疲れも出やすい時期です。
お身体ご自愛ください。

Posted by: 謙介 | 13. 09. 14 at 오후 5:30

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/58151385

Listed below are links to weblogs that reference 惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その5):

« 惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その4) | Main | 惜しいんだか惜しくないんだか方面への旅(その6) »