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13. 09. 27

日帰り・京都へ

あの大雨の後、9月21日、京都に行ってきました。

京都の北部、円山川は何度か大水が出たこともあった、と
記憶しているのですが、今回は由良川でしたねぇ、。

今までこんなことはなかった気がします。
福知山の様子をテレビや新聞記事で見ましたが、
自然の猛威のすごさに本当に驚きました。

今回の京都は、本当に用事だけ、という旅だったので
高速バスを使っての日帰りです。 謙介の住む町からですと
早割のバス予約であれば、往復で7900円くらいです。
(JRの鉄道の利用だと、片道で8000円くらいします。)

バスの便は1日7往復ありますし、
しかも家から歩いて10分のところに
京都行のバス停がありますから、
行って乗りさえすれば、3時間半で
京都駅まで行けます。
ドアトゥドアで京都駅まで行けるので
高速バスが運行されるように
なってから、新幹線で京阪神に行くことは、
ほとんどなくなりました。
考えたら、東京だと飛行機ですし、
京阪神はバスですし、、西も広島でしたらバスですし。
(3時間弱です。)
新幹線を使うというのは、九州に行くときくらいに
なってしまいました。

ただ、今回ちょっと心配していたのが3連休だったから
道路が混んでいるのではないか、ということでした。

でもまぁ、そうなっていないことを今の段階から心配
しても仕方がありません。 
朝、5時に起きて、5時半過ぎに家を出ました。
バスは定刻に来ました。

途中休憩した淡路島です。
まだどう見ても夏、という感じですよね。
Awaji

道路の渋滞ですが、途中バスの運転手さんから
やはり名神吹田ジャンクションあたりから
渋滞していてバスが遅れます、という案内が
ありました。

それでもバスは結構快調に走っていました。
もうそろそろ渋滞かなぁ、と思っていた吹田は難なく走り去り
中国道から名神に入りました。高槻で、さすがに
少し速度は落ちましたが、天王山に入ると、また快調に
走ります。 
でも電光表示にはこの先渋滞、とあったので
どこから渋滞かなぁ、と
心配していたのですが、案の定、名神高速の
京都南ICで降りる手前5キロくらいのところ(ちょうど桂川を渡るあたり)
から渋滞がはじまって、それまで何とか50キロくらいで走っていたバスが
おばちゃんの自転車程度のスピードになってしまいました。

それでも幸いだったのは、渋滞区間が短かったことです。
吹田から、京都南まで全部渋滞、ということだったら
おそらく1時間はバスの遅れが出ていたと思います。


謙介の予想では、渋滞の原因は京都南で降りる車が多くて
混雑をしているのか、と想像していたのです。
ところが、京都南で降りる車はほとんどなくて、
降りるやいなや、バスはスムーズに走り出しました。

すぐに鴨川の橋を渡ったのですが、
見るとなるほど、橋の下1メートルくらいの
ところまで泥水が来た跡がありましたし、
河原の植物が全部下流のほうに
向かってなぎ倒されたようになっていました。
あとから聞くと、地下鉄も走っていたのは、
烏丸線の1部区間だけだったとか。

ということで、京都駅着は20分の遅れで9時40分着でした。
Kyotosta

しかしそれにしても暑い。 
この日の京都の最高気温が33度。
バスから降りて暑い空気が体にまとわりついてきて
やれやれ、と思いました。(それでもさすがに8月と違って
湿気はなかったのですが。)
京都駅の自由通路を南に。
近鉄電車の京都駅に行きました。

Naraden1

今は近鉄なんですが、この路線って以前は
奈良電鉄という別会社だったんですよね。

だからうちの恩師なんていまだに奈良電なんて
平気でいっています。
Naraden2

ということで今日は奈良電でなくて近鉄に乗ります。


と言っても乗車区間は、ほんの一駅なんですが、、。
東寺に到着です。本当はこんな距離、
暑くなかったら歩くんですけどね、、。

京都駅から東寺に行く市バス路線ってないんですよ。
途中で乗り換えしないといけなかったり、、。
だから電車で、ということになりました。
どうして東寺かと言えば、9月の21日だったからです。
9月の、は余計で、21日だったからですね。

21日は東寺の市が立つ日です。
東寺はもちろん真言宗の本山なので、
開創は弘法大師空海です。

いろいろな文献を読むと、
3月21日が、弘法大師の入滅した日で
その月命日の日だから、ということになっているのですが。
あれ?

というのも、真言宗では弘法大師は
亡くなっていなくて、高野山の奥の院で
今も生きておいでになる、ということになっています。

そういう「一応の建前」があるのに、
片方で「命日」って、あなた。(笑)

東寺は京都駅のすぐ南ですから
よくこんなふうに東寺の五重塔と新幹線がセットで
撮影されることがありますよね。

83051121_624
この東寺の五重塔の高さが55メートル。
日本一の高さの五重塔です。
この高さが地下鉄の北大路駅周辺の高さです。
ですから京都市内は南北でこの五重塔の高さ分の
高低差がある、というわけです。

Touji1

京都を自転車で走ったらよーくわかりますが、
この辺から、北大路の大谷大学のあたりまで行くのは
本当にしんどいのです。
だってずーっと上りで、上の五重塔分くらいの高低差があるのを
ひたすら上っていくわけですから。

で、その峻厳な東寺が今日はこんな感じで、、
Touji2


ものすごい人出です。

暑いのでヘロヘロになりながらいろいろな露店を見て歩きます。
オムそばの屋台とか、回転焼きの屋台とかおいしそうなものが
売られていました。

もうお寺の境内でありながら、塩ものの魚は売っているわ
お好み焼きはあるわ、 焼き鳥はあるわ、 
お精進でなくてええんか、ですが、もう何でもありの
融通無碍さ、これが仏教なんでしょうね。

東寺のサイトに秋風といっしょに、とか心地よい秋の、、
とありましたが、暑くてヘロヘロです。
 
この日の京都、最高気温が33度でっせ。
(と思わず京都弁になってしまいます。)
そりゃまぁ、40度に比べたら涼しいですが。
だいたい33度なんて、普通の夏の暑さですし、、。

まずはご本尊の薬師如来にお参りをします。

Touji3_1

ここもものすごい人出でした。
今度は一旦伽藍を出て、裏に回って
御影堂にお参りに行きました。
こちらも同じく、お参りの人が大勢でした。

Touji4

お参りを済ませて、再び近鉄で京都駅へ。
ここからJRの山陰線に乗って花園へ。
両親から叔母に会ってきてくれ、という依頼がありまして、、。

こないだの大雨では右京区・西京区全員に避難命令が
出て、もうびっくりしました。
叔母の家はやや高めの場所で、しかも近くに川はないので、
そういう意味では浸水するようなことはないだろうと
思ってはいました。


もちろん電話で無事だったのも確認していましたが
やはり両親としては、実際に行って様子を見てきて欲しい
という気持ちがあったので、謙介が代理で京都に行った
というのが今回の用事のひとつでした。


今も京都に旅行に行きたいのだけど、大雨の被害はその後
どうなっているのか、という電話がどんどんかかっているそうです。

右京区の天龍寺近く、渡月橋を渡った対岸の西京区の
嵐山周辺は、やはりまだ被害の状況が大きくて
目下それを何とかしている状況です。 

それから、亀岡、園部、福知山、と言った口丹(丹波の国の入り口)
の街が、まだちょっと観光、というまでには時間が
かかるように思います。

それ以外の京都の洛中は、大したこともなく普段通りの
京都のように思いました。

叔母にお見舞いの果物やお菓子を渡して、ちょっと
話をして失礼をしました。 ここから市バスで円町に出て
乗り換えて大徳寺の近くに。

Kenkun


この近くの親戚にも寄って、お見舞いの品を渡して
ちょっと話をしてきました。ここから北大路バスターミナルへ
向かいます。

北大路駅近くで会議があったのですが、
一つ手前の北大路新町でバスを降りて北に行きました。
新町通りをあがって、お店の角を右に曲がります。
何のことはない住宅街の一角なのですが、、。

Itami2
突当りに左大文字の衣笠山が見えていますね。

この左手の家付近にあった家で、太平洋戦争直後
伊丹十三のお父さんの
伊丹万作が亡くなったのです。
伊丹さんはこのころ、まだ13歳くらいでした。
この後、中学を出るまで京都にいて、それから
両親の実家のある愛媛の松山に帰るわけです。

その後、伊丹さんが映画を作るようになりますが
お葬式とかマルサの女とか、
あの伊丹監督の映画の制作一切を担当していたのが、
松山の一六タル○の社長でした。
あの人は、親の仕事のお菓子屋を継ぐ前は
電○にいて、映像広告の仕事をしていました。
そういう経緯があって伊丹十三記念館は松山の一六タル○の
会社が自分の敷地の中にこしらえた、というわけです。
で、記念館の館長が宮本信○さんであると。


先日、その伊丹十三記念館に行ったときに、
伊丹万作の亡くなった家の番地を知りました。

それで今回行ってみようと思って来たわけでしたが、、。
来てみたら何のことはない、
友達の家から北大路通りを渡って
200メートル北西の場所でした。
何度も通ったことがある場所です。
なーんだ、ここかぁ、でした。

 
写真を撮ってとって返し、会議の会場のほうに向かいます。

会場の中の食堂、開いているかな、と
思ってのぞいたら、開いていたので、
ここでお昼にしました。
日替わりランチです。


Teishoku


鶏の吉野仕立て(鶏のから揚げに葛のたれをかけたもの)
キャベツの千切り、もやし炒め、ほうれん草のお浸し
お味噌汁、ごはん です。これで370円でした。

会議は1時にはじまって、3時半に終わりました。

Kitaooji

終わって地下鉄に乗り、
烏丸御池で乗換えて市役所前に。


Shiyakusho


地上に出て、寺町を上がります。

Teramachi


二条御幸町の柳桜○でお茶を買い、再び寺町を今度は
下がります。 途中、鳩居○で便箋とかはがきを買って
さらに寺町を下がって、錦まで。

錦で両親のためにニシンの甘露煮を買って、
四条に出て淳久○の本屋に寄りました。

Daimaru


西日の暑い四条通を歩いて、大○のところまで来ました。
大○の前から地下に入って地下鉄に乗り、
Shijyoukarasuma

京都駅に着いたら5時半でした。
帰りのバスは6時50分なので、晩御飯を食べて
おこうと思いました。 

ちょっと時間があったので、
東本願寺のほうへ。 本願寺の拝観受付は
午後4時までなので、もうとっくに終わっているのは
知っていましたが、、。門前の噴水です。
この噴水、地下鉄工事の時はずーっと水が枯れたままになっていました。

Hunsui


ここまで来たので、近くの餃子の王○に行きました。
近くにすき○とかもありますし、京都駅近くですから
ちょっと行けばおしゃれな食べる店もありますが、
後から後からお客さんでいっぱいでした。
謙介もたまたま1つだけ空いていた
カウンター席に何とか座れました。 
5分後に来た人は、満席なので、後ろの椅子に座って
待つことになっていましたから。

ここはご近所さんの利用も多い感じです。
入ってくる人の半分くらいは
持ち帰りのお客さんでした。

誰も裸になっているのはいませんでしたが。

ご飯を食べて、ゆっくりと京都駅に戻りました。

Kyotosuta5_2

ちょっとお茶を買おうと思ってキオスクに行って、
ついでに京都駅の展望スペースに。
Kyotosuta5_1

ここに来ると駅に出入りする列車が望めます。
のんびりとお茶を飲みながら気がつくと
6時40分。

階段を下りて、伊勢○から高速バスの停留所に向かいます。

Ninnchisho

この日は、アルツハイマーの介護について
もっと関心を持っていただきたい、ということで
京都タワーがオレンジ色にライトアップされていました。


バス停に行って5分ほどすると
バスが入ってきました。

帰りも京都市内の道路が混んで
20分ほどバスが遅れていましたが
途中のバス停で降りる人がいなくて
通過通過が続いたので、結局帰ってきたのは
定刻でした。 ということで、10時過ぎに帰ってきました。

京都日帰りでしたが、親戚の人たちの無事な顔も
見ることができましたし、あちこち行けたので
良かったです。


(今日聴いた音楽 竹田の子守唄 歌赤い鳥
 近鉄の東寺から南に3つ目の駅が竹田 です。
 困窮した生活の中のやり場のなさが歌の歌詞に
 よく出ています。)

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Comments

高速バスがご自宅近くとは羨ましい限りです。超のつくど田舎なので…最寄り電車は確か奈良電のお下がりとか?台風凄かったですね。京都は水が豊かですがあれは…連休ですが切符が難しいですがギリギリまで頑張ってみようかな。染○郎さん譲ってもらった席が3Aの1.2列でしたが、3Bとかだと少し厳しいかもしれません。御本人も気にされているようですが…私としては松○さんの方が気になりました、口跡がよくないという噂は知ってましたが…○録さん昼・夜とてもいい役をされていたので余計に気になってしまって。以前から気になっていた片岡亀蔵さんを生で観れて嬉しかったです。松竹「春興鏡獅子」まで勘三郎さんをまだ酷使するつもりですよ。呆れてものがいえません。

Posted by: ゆき | 13. 09. 27 at 오후 7:48

---ゆきさん
たまたま国道の近くだったのですが、、、。最初はそこにはバス停なかったんです。それが、新設されたおかげで、急激に便利になりました。
実は今回の大水で忘れていた歴史地理を改めて思いだすことになりました。
平安京が作られて、一応整備されてしまった後、急速にさびれて行ったのは右京区でした。というのが右京区は低湿地だったからなのです。今回の大水でも、右京区に浸水避難命令が出た、という報道があった時に思い出したのが、そのことでした。それから伏見の南には巨椋池(おぐらいけ)という大きな池がありまして、そうしたことでやはり土地が低いんです。そういう歴史的な問題が、今回の大水で、そのまま表出してきた、という気がしました。 
さっきNHKのニュースで、勘三郎丈を偲ぶ会会、というのを築地本願寺で行う、ということと、今ゆきさんがおっしゃった。春興鏡獅子を上映するニュースをやっていましたが、、。
まったく役者さんが亡くなってからも使うんですからねぇ。
まったく小津さんのお葬式の会場に監督の生前、監督がこしらえていた借金を分捕りにきたあの会社のしそうなことですね。
役の研究とか、舞踊のおけいことか、役者さんのゆとりを奪って、ろくなことはないのに、と思います。松竹は決して学習して学ばない会社なんですよ。あきれてものが言えませんよね。

Posted by: 謙介 | 13. 09. 27 at 오후 11:01

京都の水害はひどかったですね。
日本全国各地で様々な被害がありますが、行ったことがある場所が様変わりするような映像を見ると、遠地にいながら恐さを感じました。
あっという間、という言葉をニュースの中で何度も耳にしました。
そこが水害(洪水)の恐ろしさなのでしょうね。
ご親戚の皆様、被害なく過ごされていらっしゃるようで安心でしたね。
電話していても、会うと安心感が違います。

東寺にはまだ行ったことがありません。
京都といえば、清水寺周辺ぐらいしか覚えていません。
遠い記憶で鹿苑寺に行ったことぐらいでしょうか。
行きたい行きたいと思いつつ、実現していません。
一人旅ができたら行けるのですが、仕事以外で行くときは同伴者がいたほうが楽しいです。
チャンスをうかがっているところです(^_^;)。

かなり以前に、直傳靈氣の講習のために京都に行きましたときに、大文字の見える場所で講習を受けたのを思い出しました。
二条あたりだったと思うのですが、もう記憶の彼方です(苦笑)。

Posted by: タウリ | 13. 09. 28 at 오후 8:31

---タウリさん
そうなんですよね。今の世の中ですから電話で安否を確認する、ということはできるのですが、やはりそんなことよりもやはり実際に会って、「大変でしたね。無事でよかったです。」と言葉をかわしたほうが、やはりずっと良かった、と思います。両親に、おばと一緒に写した写真を見せたら、やはりとても喜んでいました。
東寺、って京都駅からもそう遠くないし、ドラマでも東寺の五重塔と新幹線の走行シーンがよく「京都」を代表する風景で出る割に、行ったことがある人が少ない、というところがありますね。
そういうことでしたら、ぜひ機会があったらいらっしゃってみてください。静かで落ち着いたいつもの東寺もいいですし、こういう市の日の東寺もまたいろいろな買い物ができて楽しいです。結構怪しげな古道具とかも売っていて、蚤の市、っていう感じです。
そういうふうなお店にカメラを向けるのはためらわれたので、今回の写真にはありませんが、、。

Posted by: 謙介 | 13. 09. 28 at 오후 9:25

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