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13. 07. 30

岡山 アントニン・レイモンド(2)

そろそろ7月も終わりですが、
と、書いて、まだ8月にもなっていないし、
甲子園の高校野球も始まっていないことに
愕然としています。

で、来週は四国地方また猛暑になるんだって。
ええ、今でも日中35、6度で十分猛暑だと思うんですけど、、。

世間では夏休みがどうしたこうした、と言っていますが、
謙介にはそんなもの、どこの話、というようなものです。

8月の23日にまたあるフォーラムでプレゼンテーションがあります。
これは丸一日ずーっとぶっ通しでやるの。

明日はその打ち合わせに出かけます。
それが終わったら、今度は9月に広島の研究会でプレゼンをいたします。
その打ち合わせとかもあるし、それまでに資料を作りこんで
送付しないといけません。

今日、8月の仕事のシフトを作っていたのですが、
そういう仕事の打ち合わせを入れていったり、
会議を入れていったりしたら、休みが取れない、
ということが分かりました。

無理やり1日くらい取れたらいいなぁ、という感じです。
秋になって世間が働きはじめたら、ちょっと休むかなぁ、
というところですかね。
今年は、もうそういうことなので、仕方がないなぁ、と
思っています。  やれやれ。

おきゃーまの話の続きにもどりませう。


でも、実際に会議をしたのは
前回言った古い建物ではなくて
敷地の中央にぬぼ、と立っているこの建物で、
行われたのでした。 
この建物、高さが53メートルだそうですよ。

Ndsu8

この建物の最上階に
樋のような半円形の構造物が見えますが
あれのことで非常に質問が多い、という話でした。
「貯水タンクですか? 」とか聞く人もいるとか。
さてあれはなんでせう?

この建物の8階が会場でした。

会場から逆にアントニン・レイモンドの設計した
建物を見ると、こういうふうに見えます。
Ndsu10

もう一枚。
Ndsu11


このレイモンドの建物建築は昭和5年です。
今、ここにこうして残っている、ということは
太平洋戦争の空襲には遭わなかった、ということですね。

もちろん岡山も太平洋戦争中に空襲があって
市街地の7割は焼けたそうです。


中国地方だと、今もそうですが、広島が最大の都市です。

岡山の人の頭の中には、
まず広島が空襲に遭ってから、それから岡山だろう、
という意識があったようです。

なので岡山が空襲に遭った時、岡山の市民はあわてたと言います。


ところが広島はご存じのように原爆投下候補地でしたから、
意図的に外されて、
その次、ということで繰り上げで岡山になりました。
よく京都は文化財があったから、米軍が空襲都市から外した
ということを言う人がいますが、そんなもの、まるっきりのでたらめです。

京都にも空襲がありましたし、
原爆の落下予定都市にさえ入っていました。

おきゃーまの空襲時に
当時国宝だった岡山城も、そのときに焼け落ちてしまいました。
(後から鉄筋コンクリート造りで再建されましたけれども。)

このとき空襲に遭ったのは、岡山駅の東・南の
繁華街のほうで、駅裏にあったこちらのほうは
空襲を免れたのでした。
(まぁだからこの建物が今もこうしてあるわけですが。)

さて、会議ですが

午前中は総会がありまして
それは別の人が司会をしたのですが、

午後の研究会の座長を謙介がすることに
なっていました。

総会は、まあ、どこでもそうですが、
前年度の決算報告とか今年の予算の説明とか
活動内容の報告、計画の承認とか、まぁどこの会でも
するようなことがあったわけです。

お弁当をいただいて、
午後からの会に向けて
最終の打ち合わせをしました。


最初は、わ○あきこ先生の講演だったので、先生と
一緒に打ち合わせをしました。

わ○先生は児童文学の先生で翻訳家でもあるので
いろいろな本を出しておいでです。

でも、そんな本より謙介的にはこれが一番好きです。

Wakisan1

ちなみにこの本は
俳優の加瀬亮さんのおすすめの絵本
でもあります。


お昼休み、会議の他の参加者は
構内の見学ツアーに出かけていたのですが
謙介は、それどころではなくて、そのあいだ、ずーっと
会議の進行の最終確認とか、担当の方との打ち合わせを
で会場に詰めていました。

わ○先生との講演の
打ち合わせが終わってから、前々から聞きたかったことを
先生に直接いくつか質問しました。

ひとつはこの絵本は謙介の実家のある街の絵本なのです。
ここに出てくる「あたごの浦」の「あたご」なのですが、どこの
ことなのでしょう、という質問です。

実際に愛宕神社、というのが謙介の実家の街にあります。

Atago


今は埋め立てられて海辺からちょっと中に入った場所に
なりましたが、江戸時代は、海辺だったので、
その愛宕神社の北側の海、という解釈でいいのかどうか、ということを
伺いしました。
せんせい、即座に「ええ、そこですよ。」とお答えくださいました。

それからこの絵本を読むときの速度はどれくらいか
適当なのか。作者の前で実際に絵本を朗読したのを聞いていただいて
速度を確認してもらいました。

やはり、ちゃんとお聞きしないとこういうことはわかりません。

後、せっかく絵本を持って行っていたので
サインをお願いしました。(役得役得)


Wakisan2


講演は1時間半ほどでしたが、
先生の長年の実践や統計データーの結果をもとにしたお話でしたので
説得力もありましたし、お話の上手な先生で、こちらもどんどん
講演に引き込まれてしまっていて。それではこれで終わりです、
と先生がおっしゃるまで、本当にあっという間だった、です。

まぁ講演も無事に終了して、休憩をはさんで
研究会本来の会合がはじまりました。
討議のテーマが6つあって、それを3時間ほどの間に
片付けないといけません。
会場に来て、初めて資料を見た、ということにならないように

検討のための資料は2週間前に送付してあったので
補足説明・追加質問を受け付け、
ほかの人の意見を聞いていきました。
(まぁ、挙手でいろいろと意見が出たので、こちらは
その「交通整理」だけでよかったのですが。)
何とか6つのテーマをこなして、予定通り会を終了することが
できました。
あれくらい3時間があっという間に感じられたことは
最近ではちょっとなかったかも。

会議の終わった後で、会場をホテルに移して懇親会が
ありました。 もう脱力感で何も欲しくなかったのですが
それでも全国から来た人と話をしていると
各地のことがことがわかっていろいろと面白かったです。
同じテーブルには札幌の人と、鹿児島の人と、名古屋の人がいて
それぞれに面白い話を聞かせてくださいました。

パーティも2時間ほどで終了し、朝のようにおきゃーまえきから
またマリンライナーに乗って、うどんえきまで戻ってきました。

駅を出たら駅前の広場で、ギターを抱えたにいちゃんが
ゆずの栄光への架け橋をうたっていました。


Yoru


うどん駅の周辺も、夜の10時すぎなのに
ムッとするような湿気と暑さで、、
謙介はうまい具合に来たバスに乗って家に戻ったのでした。

あ、そうそう、あの建物の樋のような部分は礼拝堂だそうですよ。


(今日聴いた音楽 おきゃーま関連で、ということで。
 葛城ユキ ボヘミアン この方もおきゃーまです。
 でも、還暦過ぎても突っ走る、なんてすごいですぅ。)

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Comments

岡山には私も一度行ったことがあります。
JTAの直行便がまだあった時代です(相当以前)。
何もないところだなぁというのが第一印象でした。
吉備団子が想像していたのと違っていて、ビックリしたのを覚えています。

研究会、お疲れさまでした。
時間通りにきっちりと終了できるなんて素晴らしいです。
私なんか、座長のときに演者の講演を断ち切る勇気がなくて伸ばしてしまい、質疑応答で調整するなんてことが多々あります。
想定外のところでフロアからの質問が多かったりすると困ってしまいます(苦笑)。
逆に質問が全くないのも困ったもので、何か考えておかないといけないのも面倒です。
大役を無事にやり遂げられたとのこと、兎にも角にもお疲れさまでした。

うどん県駅に戻ってきたときの安堵感が伝わってきました(^^)。

Posted by: タウリ | 13. 07. 31 at 오후 3:55

---タウリさん
きびだんご、そうですよね。
だんご、って普通串にさしてあるのを
想像しますが、
岡山のきびだんごはただ単に丸くて
黄色いちいさなおもちが箱の中に
入っているので、ちょっと普通のだんごの
イメージとは違いますね。
岡山の観光地、というと、岡山市内だと
後楽園とか岡山城ですかね。
お隣の倉敷に行くと、美観地区の家並み
とか大原美術館とか
アイビースクエアがありますね。
質問がないときの、、。タウリさん
よくぞ言ってくださいました。
事前に打ち合わせをしたときに、質問が
もしなかったら、こちらのほうで質問を
3つくらい考えていて、この質問を
します、というようなところまで
打ち合わせの話でしていました。
司会をした研究会のほうは、もう出たとこ
勝負だったのですが、まぁ時計を見ながら
何とか調整しつつ、予定時間で終了する
ことができたので、ホッとしました。

Posted by: 謙介 | 13. 07. 31 at 오후 8:27

著者御本人にサインとは貴重ですね。
絢爛たる影絵無事読み終わりました。小津監督といえば黒澤明監督が「本当は小津監督のように映画を撮りたい」と言ったとか?名監督として有名ですよね。私はリアルタイムを知りませんが…映画黄金期は凄かったみたいですね。浅丘ルリ子さんの事を書いた小説なんかでも当時の過酷な撮影状況が分かります。
>歌舞伎のファンの人と話、やはり先のことを思う人は、その観覧料金の価格設定のことを言います。昨日出ていたのは、上演時間です。
あの時間に劇場に行ける人は限られてますよね。
歌舞伎ファンの意見はこけら落としとはいえ松竹は調子に乗り過ぎ.勘三郎もいないからもう歌舞伎会はこけら落とし終わったら辞める…もう必至にチケット確保する事はない.都合上土日しか行けないけど今の制度(沢山回数観ないとチケットを速く確保出来ない)では時間+お金に余裕がある世代でないと無理.発売日は平日だしチケット高過ぎもう歌舞伎会辞めた当分行かない.
ファンもかなり不満を持ってますよね。
>團十郎丈なんて、こき使われすぎたのですよ。勘三郎丈もっと考えてフォロー、亡くなった後、丈の意思をさらにどうにかして生かしていく方向にしていたら、肝心の松竹が全然動く気配がありません。で、あんなドラマです。
ファンの間でもこけら落とし前に本来指導者となる方々がお亡くなりになり、3部なんてまた役者が犠牲になるんじゃなんて意見が…今吉右衛門が心配etc
松竹はどうする気もないんじゃないかと本を読んで思いました。
>何の対策も打てない会社だろうと思います。
本を読む限り対策をする気すら感じられないというか酷いですね。よくあれだけの監督が育ったと思います、まあ松竹を去った監督が多いみたいですが!!
>ある人のブログに「久しぶりにいい舞台だった」長らくご覧になってきた人は、そういうことを感じておいでだろうと思います
このままだとファンに見限られる日も遠くはないような
猿之助襲名巡業は劇場の集客数が全体で96%だそうで過去にない大入り、でもそれも猿三郎さんがブログで地道に歌舞伎の解説をしたり、猿之助さんが昼夜舞台、TV、ラジオと身を削っっての結果です。このままだと本当役者が疲弊するだけでなく犠牲になりますよ。最低限週1日のお休みと少し舞台を減らすべきでしょうに、値上+舞台数を増やして利益だなんて!!観る気がだんだん失てきますよ。謙介さんの予想通り大相撲化しますね。

Posted by: ゆき | 13. 07. 31 at 오후 9:21

---ゆきさん
お読みいただいて、歌舞伎部門と映画部門の差はあれ、あ、まるっきり歌舞伎も同じじゃないか、しかも50年くらい前と今とまったく変わってない、といういう感想をお持ちにならなかったでしょうか。
高橋さんは監督として松竹に在籍していましたから、いわば内部からあの会社を見てきた、ということですね。場当たり的で、で、なんでも前年踏襲で、まったく新味がないそれでいて、おっしゃるように監督は育った、というのは、給料とか待遇はひどかったけれども、好き勝手にやらせてくれたから、ということなのでしょう。しょっちゅう方針が変わるから、いちいち会社の方針になんてし従っていられない、というのがホントのところかもしれません。
猿之助丈、想像ができます。こんぴら歌舞伎のまだあの方が亀治郎のときの舞台、それはそれは大立ち回り、というにふさわしい舞台でした。1日2回、あんなことをしていたら、、、そりゃ役者さんの中でも比較的若若い人でしたからああいうこともできたのでしょうが、それでも体を酷使しているなぁ、という印象は持ちました。それとあの時の舞台は座頭になるべき格の役者さんがいなかったのです。それで亀治郎丈、余計に奮起して、自分が何とか引っ張っていかなくては、と思われたのかもしれません。
いずれにしても、ああいう役者さんの奮起があるから今のところ舞台が舞台として成立していますが、ああいうふんばりが無くなったら、、もう急坂を転げ落ちるようにダメになっていくでしょう。でもそれは松竹のせいです。次の世代への手立てをまったくしていなかったのですから。本当に腹立たしさで一杯です。

Posted by: 謙介 | 13. 07. 31 at 오후 11:05

>歌舞伎部門と映画部門の差はあれ、まるっきり歌舞伎も同じ、50年くらい前と今とまったく変わってない。余計酷いというか…巡業で新派の公演チラシ「東京物語」映画も木下恵介さんを主人公「はじまりのみち」厚かましいというより呆れますよ…
>場当たり的で、前年踏襲で、まったく新味がない、監督は育った、給料とか待遇はひどかったけれども、しょっちゅう方針が変わるから、会社の方針になんてし従っていられない
ズバリそうかもしれないですね
>猿之助丈、想像ができます。こんぴら歌舞伎、亀治郎のときの舞台、それはそれは大立ち回り、というにふさわしい舞台でした。1日2回、あんなことをしていたら、、、役者さんの中でも比較的若若い人でしたから、それでも体を酷使しているなぁ、という印象。それとあの時の舞台は座頭になるべき格の役者さんがいなかったのです。
歌舞伎ファンで又五郎・歌昇さんの巡業に後半に行った方は、毛振が乱れていた、何故夏場に「連獅子」巡業は大道具etcも最低限で1日でまた次の舞台、下手すると1日2回ですから!!「ぴんとこな」も猿之助さんがナレーションみたいなことをしてますよ。どんだけ役者酷使したら気がすむねん!!猿之助さんはお友達を歌舞伎に誘っても「高いから、サラリーマンなんかはあの時間じゃ難しい」明治座も交渉して少し安くしてもらったみたいですし…
チケット価格とかもっと考えてもらえるなら僕も頑張りますよ。って充分頑張っているような?
犠牲になったのは團十郎さんだけじゃないでしょう。勘三郎さんなんて1年の10ヶ月舞台、納涼だってあの方の提案じゃなかったですか?
ファンの方も少し値段を下げるとか、実力があるなら家柄に関係無く役をつけるとかしたらどうかetcファンは分かっていてもね…松竹がどうなろうが正直知ったことじゃないですが!さらに犠牲者が出るんじゃないかと心配です。もう観るの辞めた方がいいののか?「文七元結」で上手いなと思って「刺青奇遇」でもう生で観られないのかと不覚にも涙がでましたよ。「野田版 研辰の討たれ」は行きますが、松竹はシネマ歌舞伎も他の映画と違ってサービス的な割引も当然しません。「連獅子/らくだ」は好評で上映期間が延びたようです…亡くなってまで勘三郎さんを酷使した映画で儲けている!!最悪ですよ

Posted by: ゆき | 13. 08. 02 at 오후 11:18

---ゆきさん
松竹、ってホームドラマの松竹と言われますが、逆に言えば、ちまちまとしたものを作るしかできなかったのかもしれません。 どうせそれしか作れないのであれば、と、突き抜けたのが、木下恵介監督だったり、山田監督だったりしたのでしょう。その意味で、山田監督がこないだ小津さんの「
東京物語」の本歌取り、で一作作ったのは、本当に「松竹的」という作品だった、ということですね。
で、当然ながら、もうみなさん、それぞれに極められました。 で、さて次は? と言われても、次の一手が全く見えてきません。
毛振りが乱れていた、前にこんぴら歌舞伎の大道具で、几帳の薄絹がしわだらけだった、という話をしたかと思いますが、そのことと底が全く同じですよね。そういう細かいところ、どうして気が付かないかなぁ、と思います。ちょっとしたところですが、そういうところに「松竹」の会社の今の状況がはっきり出ているように思えて仕方ありません。
まぁこういうふうに歌舞伎もどうだか、、 映画も???ですよね。この先、どういう方向にもっていきたいのでしょうか。
ゆきさんともう少し楽しい歌舞伎の話をしたい、と自分も思うのですが、あの会社を見ていたら見ているほど、やれやれ、という気になっていきます。 いちいちうなづけることばかりですね。 おそらく歌舞伎の好きな人で、それなりに意識の高い方は、ゆきさんと同じようなことをずーっと思っていらっしゃると思います。 本当に溜息ばっかりですよね。

Posted by: 謙介 | 13. 08. 02 at 오후 11:32

ファンは何故夏に連獅子?少し考えてあげたら…1等¥18000なんて花形の値段じゃないetcでもどうやら松竹はこのままの価格設定でいくようですよ。今のままだと3等しかチケット完売しないんじゃないかとか…海老蔵さんも自主公演でブログやテレで宣伝したり大変そうです。何だか役者が気の毒です。お稽古も満足にできない、休みもとれない。宣伝etcは役者任せ。猿之助さんの巡業全劇場96%の巡業史上の大入も襲名したら今迄より劇団の役者、チケットの売上を考えなくてはならない→あらゆるメディアにとなり、舞台も昼夜と長生き出来そうにないですね。松竹どころか歌舞伎観るのも嫌になりそうです。

Posted by: ゆき | 13. 08. 03 at 오후 1:53

---ゆきさん
うちに成田屋通信が来るので、見ていましたら、その自主公演の会のことが書かれていました。見てください。「自主公演」なんですよね。松竹は「知りまへん。好きにしなはれ。」の会です。で、そんなふうに言うくせに一度その自主公演が当たって、マスコミに取り上げられたりするようになると、そんなのうちが前々からサポートしてた、とドヤ顔で出てくるわけです。なんもしてないくせに。松竹の価格設定、おそらくそうですよ。前にこの値段であたったから、今回も。という前例踏襲のパターンです。 で、少しずつ潮がひくように客が離れていって、気が付いたらにっちもさっちも立ち行かない、の世界だろうと思います。でも、それはひとえに松竹のせいです。これだけ言ってきたファンの声を聴こうとしなかったのですから。

Posted by: 謙介 | 13. 08. 03 at 오후 2:40

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