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13. 05. 20

巡礼旅(1)

今回はタウリさんのブログではありませんが
3文字熟語です。


実は謙介、先週の金・土・日と三日間
両親と一緒に、京都・滋賀に行っていました。

というのが、両親は以前、西国三十三か所観音霊場参りを
していたのですが、ちょっとお休みしていたのです。
(四国八十八か所の巡礼は、うちの両親、4回回っています。)

西国三十三か所霊場めぐりは、別名 観音霊場めぐりという言い方も
ありますが、本尊はすべて観音さまです。
四国八十八か所の霊場のように
お寺によって違う、ということはありません。

観音信仰は非常に古くからある信仰です。
枕草子の中に「すべて六観音」ということばが
出てくるくらいですからね。

法隆寺にも飛鳥・奈良時代の観音さま
大陸から請来の伝承のある観音さまがおいでます。

それで。
前々から言っているように日本の仏教というのは
二重構造なのです。
お寺で学ばれている仏教と、民間の仏教は
まったく別のものです。 というのも
朝鮮半島経由で伝わった仏教はやはり
この国にとっては異国の考え方でした。

それを日本の中に根付かせるにあたって
僧侶は普通の人に受け入れやすいように
なんでも取り入れました。
日本の土着の宗教の考え方もすべて入れて行きました。

加えて仏教を信仰したらこういうふうな功徳が得られて
いいことがあるよ、ということを宣伝しました。
その辺から本来の仏教と民間の仏教の乖離がはじまってしまって、、

前々から言っているように、本来の仏教には
お盆もお彼岸もありません。
人は死んだら極楽に行ってそれっきりです。

謙介を含めて人間なんて弱い存在です。
ちょっとした快楽とか我欲につられてしまいます。
悪いことだってします。
地獄におちるしかないような我欲に満ちた衆生です。

そういうときに、「それでも罪障を消して、衆生を救ってくださる」という存在の
あることは我々にとって大いなる救いだった、はずです。
そこにあらわれた存在が観音さまでした。


法隆寺に「救世観音」さまがおいでですが
観音経の中に「観音妙智力 能救世間苦」
(観音さまの偉大な力は よく世間の苦を救いたもう)
とありますね。その大いなる力をお持ちの観音さまのお寺を
巡礼することで、観音さまのお力をいただいて、、
更生することができる、ということだと思います。


巷ではちょっと前に「今でしょ。」という例のコマーシャルが
あれこれ言われていましたけれども、あの「今」「今」
とテレビの画面からやたら言われるのを聞いて、
うちの両親もまだちゃんと歩ける「今」、ということを
考えたのでしょう。

やはり両親にとっては
あのCM、ものすごく切迫感を持って見ていた、
ということなんだと思います。

ということでいろいろと日程調整をしたのと
気候的に今の時期であれば、と思って
5月の17日から19日という日程で旅行の計画を立てました。

今回はまた前回と違った宿泊施設がいいかな、
と思って、旅館にしました。
お庭の美しく食事のおいしいというところにしました。


今回も四国から全行程、謙介が車を運転していきました。

そのときのことを何回かに分けて書いていこうと思います。


出発は5月17日金曜の朝の6時でした。
幸いにいいお天気でした。
ただ四国から京都方面は東に走ります。
ちょうど朝日をまともに受ける格好になるので
まぶしくて運転しづらい場面もありました。

(何せ自分が運転していたので、行くときの写真は
ないのです。)

コースとしては前回1月末のときと同じです。
四国の鳴門から淡路島に入って
明石海峡大橋を渡ります。

本四高速の布施畑西から阪神高速に入って
さらに西宮山口から中国道に入って、吹田ジャンクションから
名神、というルートで大山崎まで行きます。
ここから京都縦貫道に入ってすぐ次の長岡京インターチェンジで
降りるのですが、、。


それが大山崎からの京都縦貫道、実は前月開通したばかりで、
グーグルマップに載っていないのです。

あれこれと道路のサイトを見てみたら
なんとかありましたので、(ユーチューブに画像まであった)
何とかなりました。

長岡京インターは構造が単純でいいのですが、、。
問題はその分岐の大山崎ジャンクションです。
もう複雑怪奇を絵にしたようなジャンクションで、、、。
こんなの。
Jct01

ちなみにこの写真はちょっと前の写真です。
今はこの写真で言えば右斜め上にもう一本新しい道ができているのです。


何せ、「大山崎ジャンクション・複雑」で
検索したら出てくる出てくる。(笑)

名神からちゃんと京都縦貫道に迷わず路線変更して行けるかなぁ、
と心配していたのですが、
何とか無事に行けました。

無事に京都縦貫道に入って、ふう、とため息をつこうとしたら
すぐに長岡京インターで、(500メートルちょっと)
ため息をつく暇もありませんでした。(笑)

長岡京で降りてたけのこ山を西に見ながら車を北上させます。
長岡京市というより、この辺は乙訓(おとくに)郡でしたから、、、。
京都で乙訓と言えば、もう反射的に「たけのこ」です。

シーズン的にはもう過ぎはじめていますが、、。
それでもかろうじて、今なら、というところでしょうかね。

この辺、別の言い方では西山といいます。
まぁ平安京の西の山ですから、、
枕草子の中の

「秋は夕暮れ 夕日のさして山の端いと近うなりたるに」

の山の端はこの西山のほうだ、という説もあります。
紫式部や清少納言が見たはずの山です。

途中までは長岡京市のメインストリートの太い道を
走るのですが、お寺へ行く道に入ると突然道が細くなってしまいます。
事前にグーグルで道を見ていたので間違いはないはずなのですが
それでも狭いです。普通車の離合は、、ちょっと難しいような
道幅の道が続きます。

そんな竹藪の中の道を走ったり、急に開けた住宅街の中の道を走ったり
また今度は山道を走って、、ようやっと 二十番札所の善峰寺に到着です。


さてさて。
お寺と階段はセットですね。(笑) でも本当にお年寄りにこの
階段は難渋します。一歩一歩踏みしめるように上がって本堂に
到着し、お参りの後、ご朱印をいただきます。

Yoshimine


善峰寺はちょうど参道の工事中でお堂の写真をきれいにおさめられなかったので
こんな感じです。


お寺は大きく、いろいろと諸堂あるのですが、
時間がないのと、やはりもうこれ以上階段を、、
というのがしんどいので、次の札所に向かいます。

次は山城の国から、丹波に入ります。
丹波といっても、もうまだ丹波の入り口なので
口丹(くちたん=口丹波)とふつう言います。
一度西京区の大原野に行って、そこの沓掛インターから
また京都縦貫道に乗ります。そうして亀岡に。
大学時代、この口丹の町の町史編纂室でバイトをしていた
おかげで、丹波は謙介にとってはとても懐かしい場所です。
久しぶりの丹波は、明るく春の風情に満ちていました。
亀岡インターで降りて、次は穴太寺(あのうじ)です。


Anou


このお寺は写真のようにさっきの善峰寺と違って平野の中にあるので
階段も数段です。 しかも山門より本堂のほうが低いので
山門から階段を数段降りて、本堂です。

ゆっくりとお参りをして、今度はまた高速道路で戻ります。
今度はさっきと逆コースです。
沓掛から大山崎までのピカピカの高速道路を走って
さっきの大山崎ジャンクションをまた通ります。が
今回は単に直進するだけなので、さっきのように
あれこれと悩まずに済みました。


京都盆地の南を今度は東に突っ切ったのです。
今日はここまでにします。

(今日聴いた音楽 京都慕情 渚ゆう子歌
 1999年盤 CD ベンチャーズの曲ですが
 京都の恋と違ってまったりとした風情のお歌で
 好きです。 )


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Comments

観音信仰と現在の仏教とは別の概念なのですね。
初めて知りました。
仏教にはなかなか縁がなく、また、沖縄には偶像崇拝(観音像も形があるので)がないので、観音様やその他の菩薩、如来様など、みな一括りに捉えてしまっています。
仏教とて元々は異教ですから、日本本来(古来)の信仰というものがあったわけですよね。
謙介さんのご説明から、観音信仰という言葉の「信仰」という部分が重要なのだと思いました。
組織としての仏教ではなく、個人の祈りの対象として観音様が存在していたということなら、それが人の形をしていようが、岩や木であろうが同じ事なのですね。
観音様の真言には強い力があります。
祝詞もそうですが、古来からの言葉には何かしらのパワーがあるように思います。
年とともに、「言霊」というのは満更ウソではないと思うようになってきました。
あっ、かなり話が逸れてしまいました。スミマセンm(_ _)m

写真を拝見しますと、青空が綺麗ですね。
心地よい天気のもとでのご旅行だったようで、リフレッシュされたことでしょう。
高齢のご両親には寺院の階段、段差はかなりご苦労されたと思います。
お寺や神社のバリアフリー化は当面難しそうですね(^_^;)。

Posted by: タウリ | 13. 05. 21 at 오후 5:37

---タウリさん
もともとの仏教というのか、お寺でお坊さんが学ぶ仏教とか、大学の仏教学科で学ばれる仏教には、「こういう信仰をしたら、こういう効き目がある」なんていうようなことはないのです。 観音信仰は、六観音をすべて信仰すると現生でのこういうふうな功徳とかご利益がある、という言われ方をしますよね。ですから、こういう信仰のかたちは民間仏教なわけです。 仏教の受容の仕方は、「異国の神さま」という形で入ってきました。ですから、最初は神さまだったわけです。八百万の神さまのおひとり、という感覚でしょうか。
 お経の意味は分からなくてもいいのです。その尊いお経の章句を毎日唱えることが大切です。 大学の仏教学の授業であれば、お経を毎日唱えることは「自己と向きあうことだ。自己の行いを読経の中でかんがみて反省することだ。」という説明をするでしょうし、お寺のお坊さんがするお盆のお説教であれば「毎日お経を唱えたら、極楽に行けまっせ。」ということになるかもしれません。
 今回の旅行、おっしゃってくださったように本当に天候に恵まれて、いい旅になりました。帰りの車の中でオフクロが何度も「とてもいい旅行だった。また行こうな。」と言っていたくらいです。これから梅雨とか暑くなりますから、今度は秋かなぁ、と思っています。

Posted by: 謙介 | 13. 05. 21 at 오후 11:12

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