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13. 04. 05

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同  

Hantaji

近所のお寺の門前に1本だけある桜の木です。
昨日の夕方、寄り道して撮ってきました。

今年の春は、仕事場で長年一緒に仕事をしてきた方が
定年で辞められたり、他の仕事場だけど、
とても懇意にしていた方が辞められたり、と
結構身近なところで、親しい人の異動がありましたし、、
いつも聞いていて割と好きだったNHKのラジオの
女性キャスターが交代して、番組を去られてしまったので
(有江さーん)いつもの年より余計に「区切り」というものを
意識せざるを得ませんでした。

でも、そんな中でも自然は変わらずに
こうして春になって花が咲いて、、
と動いていきます。

この写真の桜の木は四国霊場の札所の
お寺の前に植わっているのですが
一体どれくらいのお遍路さんを見てきたのでしょうか。

       ×     ×     ×


やっぱり春、という季節だから、ということもあって
就職したての頃のことを思い出します。
あれからあっという間に、ウン十年が過ぎて
本当に振り返ったら、あっという間でした。

でも毎年春になったら1回転して元に戻ってきて
しみじみとして、、ってこの繰り返しなのかなぁ。

芭蕉さんも
「さまざまのことを思い出す桜かな」と句をよんでいるし、、
やはり年度とか区切り、というのではなくて、
自然の営みとして、この時期になると
そういう自分の越し方を想う時期になるのかなぁ、と
思ったりします。

でも、芭蕉さん、「さまざまな」とは言わずに
「さまざまの」とよんだのは、さすがは芭蕉さんだ、と
思います。 
「の」だと、発音が立って、「さまざま」
と先に言っている言葉の持つイメージが拡がるんだけど、
「さまざまな」になると、「な」の発音が「さまざま」の影に
隠れてしまって、言葉が立ってきませんし、
発音だって、「な」ではぐしゃっとつぶれた感じがしますし、、。
ここを「な」にしないで、「の」にしたのは、本当にすごいなぁ、と
思います。


(今日聴いた音楽 You light up my life
歌 デビー・ブーン 邦題は『恋するデビー』でしたね。
 たまにものすごく聞きたくなるんです。この曲。)

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Comments

 おそらく芭蕉先生,その「の」に決まるまでに,ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返したのでしょうね・・・。
 これが「な」だったら,ほんとにそこら辺の教養講座の生徒さんが作った駄句にしかなりませんもん。

 俳句は,言葉によほど敏感でないと,いいものは作りにくいですね・・・(稀にビギナーズラックもありますが 笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 13. 04. 06 at 오전 1:07

---Ikuno Hiroshiさん
場所柄、俳句はもう日常的に接しなければならないようなところに住んでいるのですが、、(笑)(スタバの店内まで俳句の額がかけてありますのでね)。いろいろな俳諧・俳句を鑑賞するのですが、やはり芭蕉は言葉への感覚が絶品だと思います。もちろんその背後には、言葉に対する感覚を研ぎ澄ませてきた日々の鍛錬があるのだと思うのですが。一語で、凡庸になりさがりそうな句を、びしっと、背筋のしゃんとした句にしましたね。やはりIkunoさんもおっしゃっているように芭蕉さんはすごい、と思います。

Posted by: 謙介 | 13. 04. 06 at 오전 11:28

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