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13. 03. 26

大島へ (2)

Annaizu
上の図が大島青松園の平面図です。
映画会の会場は、この図の真ん中辺にやや大きい青い長方形が
見えていると思うのですが、そこ(大島会館)で
あります。
これ以外に右のほうに、以前は小学校があったのです。

主にここの病院の職員さんの子どもが通学していた学校ですが
人口減少のために数年前に休校になっていたはずです。

Annai
病院の診療科としては上の写真のようなものがあります。
ただここの病院で治療できないような重篤な患者さんが
出た場合は、この島にヘリポートがありますから、
ドクターヘリの来島を要請して、四国なり本州の大病院に
運ぶことになっています。


園内に入って左へ左へと歩いて行きます。
この辺は、療養所の管理部門がある一帯です。
やがてしばらく行くと、集会場になっている
大島会館が見えてきました。ここが鑑賞会の会場です。
Seisyoenohshimakaikan

入り口にはこんな看板もありましたよ。
Kanban

中は3人掛けのいすが並んでいましたが
いすを動かすと体育館としても使えそうな構造でした。
舞台にはスクリーンが設置されて、
準備オッケーです。

Naibu


映画が始まりました。
映画そのものは
(ごめんなさい。せっかくご招待で行っておいて
言うのもなんですが、、

役者さんは良かった。
監督の演出も良かった。
カメラワークも良かった。
ただあまりに悪すぎたのが、映画のストーリーでした。
もう最悪です。なぜかと言えば、
全然リアリティがありません。
このストーリー、大体が島の生活というものを
知らなさすぎの人間が作ったのでしょう。
作者の頭の中で島ってこんなもんよ、って
思って書かれたんじゃないですかね。
そんな気がしました。

もうひとつは映画の設定です。
島の分校の小学校が出てくるんですが
一体いつの話? っていう感じの装置です。

設定は今、30代にかかった人の小学生の
時の話ですし、映画の中でクリスマスの音楽会に
山下達郎のクリスマス・イブが歌われていました。
あの歌が出たのが1983年ですから、
どんなに遡っても1983年以降の話、ということは
動かないですね。

なのにです。
島に赴任してきた女先生(吉永小百合さん)が
合唱の指導をするのですが
その時の伴奏が、なんと足踏みオルガン。

思わずアホか、と思いました。

昭和40年代のはじめならいざ知らず、昭和50年代後半、
どんな辺地の 島の学校でも音楽の授業で
足踏みオルガンで音楽の授業なんかしませんよ。
最低でもアップライトピアノのはずです。 

謙介のいた島にも小学校がありましたが
児童数20人くらいで、音楽室と体育館の両方に
2台、グランドピアノがありましたもん。

まぁ、最果ての田舎で教えている感を
演出したかったのかどうかは
知りませんけれども、、、やれやれ。

あれこれ話すとネタバレになってしまっても
いけませんから、もうこれ以上の言及は
避けますが、映画のストーリーを見ていて、島の社会とか
島の噂の伝わり方、ということが分かってないなぁ、と思った
部分が多々ありました。 

島の社会の描き方がこの映画のストーリーの
中核の大切な部分だったりするので困るのです。
思わず「うそつけこら。」と思いました。
なのでちっとも映画の中に入っていけませんでした。


最後のほうで、女先生を交えて再会した
分校の生徒がかつて小学生だった時のように
一緒に歌を歌うシーンがあります。
Outa_2


あの分校の小学生たちは、いまや大人になって、
それぞれが「叩けば埃だって出るような」人生を歩んでいます。
会社が倒産してしまったり、他所の旦那を寝取ったり、
やむにやまれぬ事情で殺人をおかしてしまった人がいたり。

それでも、あの日あの教室でみんなで一緒に歌った思い出は、
人生の中でのホンの一瞬の晴れ間のように
今も、みんなの鮮明に記憶の中にあります。

それぞれの人生を背負ったあの日の子どもたちが
再び声を揃えてあの懐かしい分校の教室で、
あの時のように先生のタクトで歌を歌うのです。

そこで観ている人間はふと我にかえるんですよね。

自分自身の背負っている人生のしんどさを
それぞれ荷物を抱えてスクリーンの向こうに立っている
かつての小学生にかさね合わせて、、、
周囲から鼻をすすっている音があちこちから
聞こえてきました。

でもねぇ、それってねぇ、、
監督さんが「どうだ感動するストーリーだろ?
ほら泣け、やれ泣け。」と見ている側に
要求してきているみたいでさぁ、、、。

ひねくれたオッサンは、そのみえみえの強要が、
ものすごく嫌だったのです。

あ、でも、いい映画でしたよ。
え? 今まで縷縷文句を言ってきておきながら、
最後にそんなこと言っても嘘っぽい?

まぁね。
みなさん、それぞれの人生、、。
なかなかうまくいかないこととか、全然片付かない問題とか
生活のしんどさが山ほどあって、、本当に人生途中で
投げ出したい、って、毎日のように思う自分の人生ですが、、。

でもね、いや、だからこそ。

自分の人生の中であったホンのちょっとした晴れ間は
しっかり覚えているのだと思います。

このあいだ「800年」のところで書いたように
ろくでもなかった謙介の学校生活の中で
唯一中2の時の担任の先生のクラスだけが
本当に宝物だったように。


そんな人生の宝物のようなことを思い出して
その記憶を懐かしむことが、
毎日毎日ルーティンで、うまくいかない自分の人生の中で
それでも何とか前に進もう、というちょっとした推進力に
なってくれているのかなぁ、と思います。

そういうことで、
自分にとっての人生での宝物とはなんだろう、ということを
改めて問うことになった、という意味では、
いい映画だったなぁ、と。(笑) 


さて。映画が終わりました。
鑑賞会の司会のおねいさんから
それでは今からお話会ですよ、という
言葉があって、その女の人が
体育館のようなステージに登場しました。

藤色というのか、ピンクというのか
その中間の淡い色でしたが、スポーティな
ジップアップの上着を着て、
下はクリーム色のスカート、というとても春らしい
いでたちです。
長くなったので、その部分は、これをごらんくださいまし。

大島の話、今日でおしまいにしようと思ったのですが
もう1回だけ続けることにします。

(今日聴いた音楽 ということで季節はずれですが
 山下達郎歌 クリスマス・イブ 1983年
 音源はLPレコード )

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