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13. 02. 13

往復1000キロ・京都へ(7)

はなかんのところまで戻ってきました。
「ご飯、はなかんで食べる? 」と聞くと、
「尾張○さんはやってへんやろか? 」とオフクロが言います。
花園駅の東にちょっと商店の集まった一角があって
その中にある食堂です。「そうしたら行ってみよ。」ということで
丸太町まで出ました。ちょっと覗いてみると灯りがついています。
「やってはるみたい。入る? 」
「そうしよ。」
このお店、特別な名物というものもないし、
はっきり言ってここだからおいしい! というものもないのです。
京の名店でもありません。
(それを言ったら怒られそうですが。)
でもね、近所の人からは、ごく普通に愛され、
永年のなじみになっています。
入ると調理場のおじさんが顔を出して、、、
「いらっしゃい!あららら。○○さんや。」
「お久しぶりです。両親と来ました。」

「謙ちゃんはいつもの? 」
「はぁ。」ということで、こちらは何にも言っていないのに
天丼になって、両親もそれぞれ「いつもの」に
なってしまいました。今日は違うのを食べたい、
って思って入っても、おばちゃんの「あんたはいつものやな。」
と言われたら、いや、今日は、牡蠣フライ定食とか言い難く、、
自動的に決まってしまうのです。
その後はおばちゃんも出てきて大世間話大会です。
その間もひっきりなしにお客さんが来たり
出前の注文の電話も入ります。
「えらいすいませんな。今日はもうご飯がはけて
しまって、、。麺類やったらできますんですけど。はぁ
わかりました。鍋焼きうどん、きざみきつねうどん。はいはい。」

とおっちゃんが復唱していました。
その間にもお客さんが入ってきて、なんとなんとお店満席に
なってしまいました。
いつもは接客担当だけのおばちゃんも手を洗うと
奥の厨房に入ってしまいました。
折角久しぶりに話をしようと思っていたのですが
お店が大繁盛で、それどころではありません。
ただでさえお店が混んでいる上に、出前もじゃんじゃん入ります。
しかし、さすがというのか、これだけお店が混んでいても
あんまり時間がかかることなく、注文したものが
来ました。お店のものを全部出してしまうと
おっちゃん岡持ちに料理を入れて外に出て行きました。
「ゆっくりしてってな。」とおばちゃんが言ってくれます。
その間にも電話があって、
それはどうも明日の節分用の恵方巻の注文のようでした。

ようやっと手のあいたおばちゃんとちょっと話をしました。
が、お客さんがまた入ってこられたので席をたつことにしました。
「ごちそうさんでした。 おいしかったわ。」
「また息子さんに連れてきてもろたらええねん。なぁ。」
「そうしますわ。おおきに。」
「おおきに。」
そう言って尾張○さんを後にはなかんに戻ってきました。

はなかんの1階に売店が二つあります。
一つは八つ橋とか五色豆といった
京都の普通のお土産を売る店。
もう一つは妙心寺関係の本とかを売ってるお店です。
例えば妙心寺の歴史とか、臨済宗の高僧の伝記というような
かたい本から、妙心寺の精進料理の本とか。
後、お香、お線香とか、それから座禅の時の
警策(バシッとしばく棒)までありました。

たまたま普通の京都土産のお店のほうに
妙心寺のTシャツがあったのでそれを買ったのです。
そのおばちゃんに「以前、常盤に住んでいまして、
久しぶりですねん。」と話してしまったが最後、、
大世間話大会になってしまいました。

「この辺、本当に寂れてしまったような気がします。」
と俺が言ったら、「そうでしょ。○○も閉めてしまいはったし、
××ももうあらへんようになってしもうたし、、。」と
あれこれと教えてくれました。 
「前に安井の商店街通りましたら、ホンマ、
ようけ店がのうなってしまいました。清水ママセンターも
消えたし、、。」と俺が言いました。
「安井の京都銀○の横にあったお菓子屋さん。」
「あ、ケーキ屋さんありましたよね。」
「あそこももうあらへんのです。」
「え? あそこようはやってはったのに。」
「2、3年前にお店たたまはりまして、。」
「象○のクリーニングさんはどうですか? 」
「ああ、あそこはがんばってはりますなぁ、でも
後、あそこと数軒だけですわ。」
「そうですか。」
なんと、おばちゃんのおかげで、妙心寺周辺2キロ圏内の
お店の状況が全部分かってしまったのでした。

実はこの日、謙介だけちょっと近くのコンビニまで
出たのですが、その途中でびっくりしてしまったことが
ありました。
数年前まで花園公設市場といって
小さな商店がかたまって一つの
市場を形成していたところがあったのですが、
そこが忽然と姿を消してしまって、
その後にデイケアの5階建てくらいの
施設が建っていたのです。

これに一番驚きました。
そのこともおばちゃんに言ったら、
なんと公設市場の閉鎖は突然だったそうです。
なくなるすぐ前まで通常営業していて
ある日、突然に営業中止になって
しまったのだとか。近所の人でさえ「突然でびっくりしたのよ」
ということでした。 前に時々コロッケを買いに行っていたお肉屋さんも
花屋さんもお豆腐屋さんもなくなってしまって、、
だってグーグルのストリートビューで見たら
まだ公設市場の画像がちゃんとあるほど、なんですよ。


そういうふうに本当にあちこちにあったなじみだったお店が
ちょっと来ない間に、止めてしまった、という話を聞くのは
本当に寂しいです。小さいお店は、決して
京都のガイドブックに出るような有名な名物こそ
ありませんでしたが、それでも結構あのお店の
あれを食べたい、というものがあったのです。
前にも言ったように、蜜蜂のカレーが、、とか。
でも、もうそれもかなわないことになってしまいました。

そうやって懐かしい食べ物は、もう記憶の中にしか
存在しないようなものになっていくのです。
それが本当に寂しいことです。

今日はここまでにします。


    ×    ×    ×


宇治川電軌、もとい、山陽電車ですね今は。
事故すごかったですね。 山陽電車と言えば
俺の先輩で、ずっと椎名麟三の研究をしている人がいて、、。
最終論文も「椎名麟三 美しい女論」だったと思いますが、
それを思い出します。 


(今日聴いた音楽 時間よ止まれ 歌矢沢永吉
 1978年 音源はシングルレコード 謙介だって
 えーちゃんくらい聴きますがな。)

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Comments

地域に根ざした食堂って味わいがありますよね。
何というのでしょう、食べていても安心というか和むというか。
けっして綺麗な店ばかりではありませんが、なぜか落ち着いてしまったり。
大きなスーパーやショッピングセンターが建ち、中にはオシャレないレストランやカフェができ、何も考えないとそこに行ってしまいます。
学生の頃は値段と量との相談ですから、安くて大盛りの店に自然と足が向いていました。
たいていの場合、おばちゃん(おじちゃんの場合もありますが?苦笑)も個性的だったり、おっかさん的だったりと、そういう所も良かったのでしょうね。
少しずつ減ってきているのが残念です。
それにしても、謙介さんファミリーが訪れた食堂で、半径2kmも情報収集できるなんて、面白すぎ、地域密着過ぎです(笑)。

こちらの大衆食堂に行きますと、メニューに「味噌汁」というものがあります。
日本本土からの友達を連れて行くと、定食には味噌汁ぐらい付けてくれたらいいのに、と言っていました。
あるときゴーヤーチャンプルーを食べたくて行ったそうですで、ゴーヤーチャンプルーと味噌汁、ご飯を注文したそうです。
出てきたのは、もちろん「ゴーヤーチャンプルー」と「味噌汁」、「ご飯」。
「ゴーヤーチャンプルー」にはご飯と普通の味噌汁、唐揚げのような小鉢、漬け物が付いています。
「味噌汁」はどんぶりいっぱいの味噌汁(豚汁に近い)とご飯、サラダ、漬け物などが付いています。
「ご飯」はもちろんどんぶりいっぱいの白米と漬け物が出てきます。
「ゴーヤーチャンプルー」「味噌汁」「ご飯」と別々に頼むと、ご飯が合計で3杯出てきてしまう恐れがあるのです。
まぁ、普通でしたら店のおばちゃんに「そんなオーダーやめなさい」と注意されますが(笑)。

Posted by: タウリ | 13. 02. 14 at 오후 8:31

---タウリさん
なるほど。具だくさんの量も多くて、それ一杯で十分おかずになってしまうような味噌汁、ということなのですね。定食の添え物としての味噌汁ではなくて、立派な副菜としての位置を占めたものだ、ということなのですね。謙介の行った花園の尾張○さん、食べログにも出てこないようなお店です。でも、ここに書きましたように、地元のよく知ってる人が夕食時になると次から次へと来ますし、出前だってどんどん電話がかかってきます。この不景気のご時世に、こんなに流行っている、というのは、やはり地元密着でがんばって来られた証拠だ、と思いました。味は、そうですね。京都のガイドブックに出てくるような名店の味のようなことは決して(笑)ありません。でも、さりとて、この味を家庭で、というのはやはり無理です。タウリさんのおっしゃるように「安心できる味」というのだと思います。食べ慣れた味、というのでしょうか。 洗練された京料理、というのではまったく違って、普通の人が、今日はそうしたら尾張○さんから出前取ろか、というような親しみのある味、というのだと思います。妙心寺の界隈にも以前はこういうご飯屋さんとか大力餅食堂、といううえおんとかお餅、おはぎを食べさせるような大衆食堂が4,5軒あったのですが、やはり時代の流れでしょうかね。何軒かは廃業してなくなっていました。本当にさびしいことでした。

Posted by: 謙介 | 13. 02. 14 at 오후 10:49

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