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13. 02. 06

往復1000キロ・京都へ(3)

お昼を食べて一度おばの家に戻ったのですが、、。
帰ってみると、やはり久しぶりだったのでしょうね。
俺が帰ったのも気がつかないほど、話が盛り上がっていて、、
そりゃそうでしょう。電話なんかでなくて直接
会えたのですから、積もる話もあったのだと思います。
「もうちょっと外出してきてもかまへん? 」
「ええよ。なんぼでも、、。うちら、ここで話してるさかいに。」
ということで、、、。
ちょっと禅文○研究所に電話をしてみます。
平日なので普通に業務はあると思います。
(謙介は年休を取ってきました。)

「あ、ヨシザワさん? 謙介です。ご無沙汰です。」
「どうないしてんの? え? 今、玄琢ぅ? なんやのそれ。
ちょっとおいでぇな。」
ということになって、今度は禅文○研究所に行くことに。

Zenbunka
この建物が禅文○研究所です。
建物の名前は無文記念館、といいます。
無文は、もちろん30年くらい前の臨済宗妙心寺派の
管長だった山田無文老師の名前から。
研究施設は1階で、2階は座禅のできる禅堂になっています。
この座禅のできる部屋は結構広くて、
200人くらいが一度に座禅できる構造です。

ヨシザワさんは、今東京の渋谷bunkamuraでやっている白隠さんの展覧会の黒幕。(笑)
大体あの人、昔から変なもんが好きな人でございまして。
日光写真機とか、。ちょっと人があんまり興味の対象にしないような
ものを見つけてきては、あ、これ、おもしーろーい、とか言っていました。
で、見つけてきた彼のライフワークが白隠さんだった、ということなんでしょう。


久しぶりに会ったヨシザワさんは、やはりそれなりに
風格のある顔になっていました。
しかも最近では白隠研究の第一人者になっていて、
そんなことで著書も立て続けに出したり、いろんな
ところで発表もしたりしています。
「忙しいのに、ありがとうございます。展覧会の
トークショーもあるんでしょ? 」
「はいな。来週東京に行きまっせ。」
肩書はなんだか偉そうなことになっているのだけど、、
謙介と会って話をするときには、不思議なもので
ずいぶん前の、日光写真機を探してうろうろしていたころの
ヨシザワさんに戻ってしまっている。
「良子さん、お元気ですか? 」
「あははは、相変わらずよ。」

久しぶりに会って、いろいろな話をした、、、んだけど、、
じゃあ、あんまり長居してもお邪魔になるから、、
と言って、それでも1時間半ほど、話をさせていただいた。
研究所も久しぶりで来れたし、、。

駐車場に戻って、エンジンをかけたときに、「あ! 」と
気づいたこと。

白隠さんの話はとうとう最後までひとつもしませんでした。
なんや白隠さんほったらかしにして、最近興味を持ってる
ことの話を延々と。

ただまぁあの展覧会の詳細は別のところ『藝術新○』で見たので
大体わかっていたのだけど、、あの解説から推して、ちょっとうーん、と
思っているところがあります。

あの展覧会だと、どうしても白隠さんの、それも
彼の画僧としての一面にスポットライトが当たる、もしくは
精々後は、白隠さんの書が出るくらいのものでしょうかね。

でも、それでは全然ダメなんですよ。日本の禅宗史、臨済史という中での
白隠さん、という位置づけで考えないと、、。
あの展覧会では、画僧とか、ちょっと変わった禅坊主、という理解で
済んでしまうんじゃないか、と、ちょっと危惧したり、、。
それだけではすんごく浅い、表面的な理解で終わってしまうような
気がするんですけどね、、。 
見る人がどれくらい白隠さんを掘り下げてくれるのか、、。
ひとえにそこにかかっているんですが、、果たしてどうなんでしょう?
このことについては、また明日にでも書こうと思いますです。

そう考えながら、戻ってきたのでした。
今晩の宿泊は、妙心寺の宿坊です。
宿坊っていうと、お寺の離れとか、書院造りの建物で
純和風形式の建物なんかを想像すると思うんですが、、
確かにそういう宿坊もあります。
和歌山の高野山なんかへ行けばそういう宿坊ばかりです。


でも、妙心寺の宿坊なんて、え、これホンマに宿坊なんか?
というふうな近代建築です。

こんなの。
  ↓

Hanakan


花園会○。でも、謙介とか近所の人間は、「はなぞのかいか○」
なんて言いません。 普通は「はなかん」です。
こんなの宿坊になんか見えないでしょ。
はなかんは妙心寺の南門からちょっと東に行った
妙心寺の宗務本所の東側にあります。

妙心寺の前の通り、今ではこんなふうになっています。
Myoushinnji2
この写真の景色を落ち着いた町並み、と取るか、寂れてしまった、と
取るかが難しいのです。

実はこの写真に写っている手前3軒の家は全部
お店屋さんでした。妙心寺に参詣にくる人相手に
飲み物とかお菓子を売っているようなお店だったのですが
飲み物は自販機に取って代わられ、お菓子はコンビニで
になってしまい、こういう昔からの店が廃業してしまった、
ということなのです。まぁ時代の趨勢なんでしょうけれども、、。

金・土と、はなかんで二泊しました。
各部屋にバストイレはついているのですが、
ここは大浴場もあるので、大きなお風呂に入りに
いくことにしました。
え? わざと大浴場に行って
何かべつのことを期待していたんだろう、って?
まさか、そんなこと、、え? 嘘をつくな? ええいやかましい。


1日目の晩御飯は、はなかんの中で精進料理のご膳を
いただいたのですが、写真を撮るのを忘れてしまいました。

宿坊と言いながら、確かに入ったら、お香のにおいがして
いたりもするのですが、、なんたってロビーには
パソコンディスクもありまして、、。(笑)
宿坊といいながらほとんどビジネスホテル、ですね。
でも、フロントの係りの方はしっかりお坊さんです。

この時期の京都は実は謙介、お薦めだったりします。

なぜか。
観光客が一番少ない時期だからです。
(まぁ少ない、と言っても、やや少ない、程度なのですが。)
だから、比較的宿泊施設も取りやすいのです。

それに妙心寺の宿坊をビジネスマンが予約して
泊まるともあんまり思えませんし、、。(笑) 
それから観光客が少ないということは
落ち着いてあちこちを見ることができます。
難点は、少々寒い。(笑)
でも、その寒さも京都らしい、と言えばまぁ
そうなんですけどね。

長くなりましたので、今日はここまでにします。


(今日聴いた音楽 甲斐バンド 安奈 1979
 歌全体の詞がきちんと物語になっているのです。
 ここが最近の歌と大きく違うところかもしれません。
 一度この安奈の歌詞を書の作品として書いてみたい
 と思っています、が、さていつのことになりますことやら。)


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Comments

白隠なる方が何者かを分からないまま、分からずともいけるかと思い読み進めましたが、途中で不可思議さの程度が理解できず(苦笑)、ググってみました。
Wikipediaでしたが、謙介さんが懸念されるような、禅画家という取り上げがメインに映り、お坊さんとしての白隠さんは薄かったです。
展覧会、展示会は何かのインパクトが大切ですから、特化して行うのはよくあることですね。
東京の展覧会のことは全く分からないのですが、「ちょっと変わった禅坊主の作品 →面白いでしょ?(^^)」という目的なら大成功になりそうです。
展示物を通して、「白隠さんという“人物”を紹介したい」という趣旨なら、それなりの展示方法が必要なので、少ないスペースや供覧品で達成しようとすると相当に大変そうですね。
見てほしいターゲットに合わせて作り上げないと内容が良くても評価されないものになってしまいますし、かといって世俗的になりすぎると学問的価値が下がってしまいます(>_<)。
発表や展示にはほんとうに難しいと思います。

宿坊というより、東●インやア●ホテルっぽいなと思ってしまいました(^^)。
見た目は普通にビジネスホテルですね。
料理が精進料理というのがお寺さんらしいです。
どんな料理が振る舞われたのでしょう?
そうそう沖縄の行事料理(仏事料理)には豚肉や魚がふんだんに使われます。
お坊さんを呼ぶと「好ましくない」と言われますので読経の間は隠しておいて(苦笑)、帰ったあとにお仏壇にお供えしています。
神様仏様には人間が口にできる最高の食事をお供えするという発想から、古い時代には当時高級だった肉料理が供えられるようになったらしいです。

大浴場で大欲情……って、世俗的過ぎでした(+_+;)

Posted by: タウリ | 13. 02. 07 at 오전 10:19

---タウリさん
すみません。白隠さん、わざわざお調べしてくださったとのこと、どうもありがとうございます。明日、きちんと書こうと思っていたので、もうちょっと待ってくださいね。ただこれは前にも書きましたが、白隠さんという禅僧は、非常に肝の据わった、迫力のある方だったのだろうと思います。というのも、今白隠さんの書とか絵とか残っているのですが、線の引き方が本当にストレートで、大胆なんです。自分がこう思ったら、もう剛速球の直球を投げてくるような。字の線も一切迷いとかなくて、太い線を一気に、という感じです。大胆というのか、剛毅というのか、、。おそらく臨済宗で座禅を習った方はみなさんご存知だったのでしょうが、それ以外の他の宗派、他の宗教の方は、白隠さん、たって、誰?というような方だと思います。だからタウリさんも、お調べいただいた、ということなんでしょうし。 白隠さんの人となりを知るには、あの作品を見ていただいたら一番、で、おもしろい坊さんがいたんだよ、ということを知っていただく上では、いい入り口の展覧会になるのかなぁ、と、それはヨシザワさんとお話したのでした。
 はなかんのお料理、精進料理でした。例えば、生麩をお砂糖としょうゆのたれでつけやきにして表に海苔をつけた「蒲焼風」とか、野菜の煮物、てんぷら、ごま豆腐、
とあれこれと出ました。ひとつひとつの
お料理の量は多くはないのです。せいぜい2口とか3口で食べられるのですが、品数がいろいろあって、全部いただくと、おなか一杯、という感じになります。最後も豆乳から作ったアイスクリームにあんこが添えてあって、さらに抹茶のソースがかかっていました。アイスとあんこが甘いのですが、その甘さを抹茶のソースの苦さでおさえたふうになっていました。
 ここの大浴場なのですが、謙介、変なことを知っていて、、。ここの裏方で大学生のバイトの子が結構いるんですが、仕事が終わった子から順次大浴場に入って帰っていい、ということになっていて、大浴場でまぁ遭遇する、ということもあるんですが、おぢさん、そんな夜遅い時間に風呂に行くような体力も残っておらず、夕食をいただいて、ちょっとしたらすぐ大浴場に行き、後は、もうとっとと寝てしまいました。やれやれ。(笑)

Posted by: 謙介 | 13. 02. 07 at 오후 1:10

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