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13. 01. 17

やはり自分はそう思っている。

このあいだから大阪市立高校のバスケ部の
顧問の先生の体罰の問題が
連日ニュースになっていますね。

謙介、体罰問題にも驚いたのですが、
その顧問の先生がどうして18年も
同じ高校に勤務できたのか。
まずはそのことに驚きました。

普通、公立の学校であれば
大抵どこでも最短だと3年とか、
どんなに長くても10年で異動、
というのが当たり前のはずです。
いくらその学校で重要なたとえば
学科主任とか教務主任の先生でもです。

ただ例外もあります。
例えば、窯業科とか造園科とか水産加工の
担当教科の先生みたいに
教える科目が高度に専門的で、他の高校に
異動させたくても、1県にその高校1つだけしかなければ
それは仕方がありません。
でも件の先生は体育だったとか。
なら、別にどこの高校だってある教科ですよね。

後、謙介がこっちの理由かなぁと思ったのは、
大抵どの都道府県でも各運動競技によって
強化指導拠点校、というのを作っているわけです。 
バスケなら○○高校
バレーなら△△高校、野球なら××高校、
そこに指導者とか有能な生徒を集めて指導を行う。

どうしてそんなことをしているのか、といえば
各県、インターハイとか、国体の選手を出してそれなりの
成績をあげなければなりませんから、そういう種目の
強化指定校、というのを作ってそこに集中させているわけです。
で、特にあの学校は体育に力を入れていたし、そういう学科が
あったわけですから、力の入れようも相当なものだった、
と思いました。

謙介、18年も異動がなかった
と聞いて、あ、そうしたら何種類かの競技の拠点校に大阪市だか
大阪府がしていて、それで18年も居られたんだろうな、
と解釈しました。

で、次第にその高校生が自殺した状況が明らかに
なっていくにつれて、いろいろな先生に習ったときの
その教え方をあれこれと思い出したのです。

謙介、字を習ったときに、6人の
先生に師事しました。
楷書の先生、
行書・草書の先生
篆書・隷書の先生
調和体(漢字かな混じり文)の先生
漢字作品の先生
かなの先生

と、それぞれその専門の6人の先生です。
一番謙介の性格と合った先生はかなの先生でした。

謙介、高校の時にろくすっぽかな書道なんてやったことが
なくて全然基礎基本ができていなかったのですが
その先生はそんな謙介を優しく的確に指導してくださいました。

しかも持っていったら、褒める褒める。
(後から自分で冷静に見ると間違った字を書いていたのを
提出していて、どきっとしたのですが、もうその先生
ろくに見もしてないのか、うまいうまい、と言ってくれたのです。

それに対して行書・草書の先生は「しんねり・むっつり」で
線が死んでいる、とか、下手やな、とおっしゃるばかりでした。

ただ、ひとつ習った先生全員に共通していたことがありました。

お手本は一切書いてくださいませんでした。
なぜならお手本を書くというのは、その先生の
書き方を押し付けることになるから。そうではなくて
自分で筆の使い方とか線の書き方とか
考えろ、というのです。

漢字の先生はそれすらなくて、
謙介が持っていったら「うーーーーーん」と
唸って、そのあとで必ず「お前、下手やなぁ、、」と
おっしゃるばかりだったのです。
その先生には仕方ないから1年間お付き合いで
習いましたけれども、でも、本当に合わない
先生だったなぁ、と今でもそう思います。

それに対して、かなの先生のように
はったりでも、うまいうまい、って言ってくれたほうが
褒められたらやはりうれしいですし、何よりもっと上手になろう、と
思って下手は下手なりに努力し始めますから、最終的に振り返ると
長足の進歩を遂げていたりします。

やはり恐喝されたり体罰を振るわれたりすると
委縮して何も覚えられません。嫌な思い出だけが残ります。
それだったら、どんどん褒めまくって、教えられるほうも
気持ちがリラックスしたところで習ったほうが身体だって
スムーズに動くし、いい気分で習っていますから、
ちゃんと身についていくのではないか、と
謙介の体験からもそう思うのです。

それともうひとつ思い出したことがあります。
体育系の部活と文化系の部活ということです。

何せ謙介の学校時代は、文化系の部活と
体育系というのか運動部の部活は
非常に仲が悪かったのです。
中学・高校ともに悪かったですね。

体育系の部活なんてあのころは、根性・気合がすべてでした。

夏の炎天下、今なら「熱中症」になるから
部活はちょっと見合わせる、というような
コンディションでも、根性根性で練習をしていました。

へたばるのは根性や気合が足りないからだ!
というような部活だったと思います。

加えて謙介の行っていた中学なんて、
各運動部なんて市の総体で優勝するのは当然
県大会地方大会まで出場、というのが
普通でした。
(中には陸上で日本記録を持っていたのまで
いましたから。)
 
そういう連中から見ると、文化系部活は
本当にぬるま湯で、軟弱で、あんなものは部活じゃねぇ
とまでしょっちゅう言われていました。

それでも顧問の先生は、自分のペースを見ながら
機嫌ように書いたらええ、という方針の先生でした。
書き始めて、うまく書けなかったら、
さっさと止めて帰ったらええ。 書ける時に
書いたら、という先生でした。

そういう全員そろって何かをする、という
統一感のなさが当時の運動部の連中には
たえられないほど、部活の意義がない、と
映ったのでしょう。 ホラみろ、軟弱な文化部の
連中が帰ってるで、と言われたこともありました。

当時は根性・気合が運動部の合言葉のようでしたから
そんなことの全くない文化部は「女の腐ったヤツがちゃらちゃら
やってるおけいこごと」と言われたこともあります。

今、携帯電話のCMで使っている「巨人の☆」がリアルタイムで
放送されて終わってからまだそう時間が経っていないころでしたからね。


運動部の連中からは「俺たちは命がけで部活をやっているんだ。
ちんたらやっているおまえらとは違う。」ということを
陰に陽に言われました。

あの頃は男は運動をするもの。
体力がない一人前でないものが
仕方なくやるのが文化系の部活
という考えでした。

だから男のくせに、女と一緒にちゃらちゃら字を書いて
今日は調子が悪い、とか言ってさっさと帰ったり
男のくせに楽器を演奏するとか、合唱をやっている
音楽をやっている、というのは
女の腐ったヤツ、というカテゴリー分けを
されていたわけです。

今回の大阪市立高校のあんな部活による拷問を見るにつけて
(あんなの指導じゃないですよね。拷問でしょう。)
謙介はやはり自分にかつて投げつけられた言葉
や仕打ちを思い出しました。
それはその時からもう何十年とたっているのに
鮮明な記憶となって思い出されたのです。

学校は人を育てる場のはずです。
バスケの全国大会で優勝するための
駒としか生徒を見ていないのであれば
それはおかしい。

勝ち負けにこだわって優勝を前提とするような部活はおかしい。
部活ってそういうためにやるもんやないやろ。

と、こういうことを高校のときに運動部の奴らに言ったら
バカか、甘いわ。と言われてしまいました。
でも、バカだろうが、甘い軟弱な文化部の人間の戯言と
言われようが、俺は今もそうだと思っています。

文化部のちゃらちゃらしていて甘かった人間としては
顧問からの暴力によって絶望感を持って
命を絶たざるを得なかったキャプテンだった彼の気持ちを
思わずにはいられません。 

まだほんの16か17で絶望感を抱いて
自分の人生はこの先もう希望はないんだ、と
思って命を絶った気持ちを思うと
本当に不憫でなりません。
どんな気持ちで殴られていたのか、
毎日殴られながらどんな気持ちで日々を送っていたのか。

この体罰の先生、市長さんのあの姿勢からは
懲戒免職になるようには思いますが、
きっとしばらくしたら、どこかの私立高校が
やはりああいうスパルタ教育ではないといけない、
とか言って、こっそりと雇用するに違いありません。
そんな想像ができます。

それから、市長さんは、その学校の教員全て入れ替えろ
と言っているようですが、それは無茶だと思います。

全員変わったら、それこそ保存書類の置き場所から
いろいろな際にどこにどういうふうに連絡をしていたのか
とか、まったくわからない人が来るわけですから
そうした実務面で必ず支障が出てくるからです。
(引き継ぎはしたって、そんなもの、実際に仕事をして
みてはじめてわからない点が出てくる、って
よくあるじゃないですか。)

みなさんのところだってそうでしょ。
前任者から仕事を引き継いで、それなりに自分が
理解して仕事ができるようになるまでには、やはり
それなりに時間が必要です。 この市長さん、先生なんて、授業で
教えるだけ、って思ってるんじゃないですかね。


学校の事務とかいろいろな多方面の連絡だって
あります。総入れ替えなんてやって
現場がどれくらい混乱するのか、で、結局
しわ寄せが行くのが授業だったり、学校運営だったり
するんだけど、、そういうの、分かっているんですかね。
なるほど総入れ替え、って言ったら、正論ですから
大向こうには受けると思います。

あの市長さんの言葉って、ある意味一面の真理はついて
いる部分があるから、あの市長がああいえば支持する意見の人も
少なからずいるとは思います。 でもそんなの、実際問題として
学校が運営できないと思う。 

あの市長さん、いつも極論を言って、言うだけでおしまい。
実際の後片付けはあの方はしませんからね。 言うだけだったら
楽です。 あれしろ、これしろ、って言っていればいいんだから。
でも、後始末は誰がするんでしょうね。
もうちょっと現実的な案を出すべきだと思う。いつもあの人は
ああいうふうにしか言わないし、言えない。


まぁそれはともかく。
しかし何十年も前の謙介の学校時代ならいざ知らず、
世の中はとっくにもう21世紀になっていて
いろいろな最新の運動指導法だって開発されたり
そうした科学的・心理学を活用したような指導法が
行われている、と思っていたのですが、
いまだ一皮剥いたら、根性気合の世界なのか、
とその進歩のなさを改めて思ったのでした。


(今日聴いた音楽 歌 南沙織 春の予感
 I've been mellow 曲は尾崎亜美さんの、ですね。
 こちらは資生堂の1978年春のCMでした。 尾崎さんは
 この前の年に、マイ・ピュア・レディ で資生堂の
 CM曲を作っていましたね。 このころ、資生堂の
 CM曲、みーんなヒットしたように思います。)

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Comments

学校は社会から隔絶された場所ですからね。
狭い中で御山の大将になれたら、自分が何をしているのかなど考えなくなるものです。
体“罰”とさかんに報道されていますが、罰という表現を使っている場合、生徒さんにも何らかの過失があったという前提が自ずと出てきます。
もしそうでないなら、体“罰”ではなくて、暴行という表現が的確だと思います。
これは“躾”という理由で児童虐待する場合にも言えることです。
言葉に誤魔化されている感じがして、なんだかムズムズします。

僕も大学生の頃に好きな科目がありました。
講義自体は数十時間しかなく、実習のほうが400時間以上あったのでかなりヘビーな科目でした。
こちらの教官は学生のペースをけっこう優先して下さったので、実習も順調に進めることができました。
資料も嫌がらずに豊富に提供して下さいました。
威圧的な教官の講義は大嫌いでしたね(苦笑)。

Posted by: タウリ | 13. 01. 17 at 오후 11:06

---タウリさん
伝え聞くところでは、もうビンタの30発や40発は、日常的だった、とか、ビンタをされていない人はいなかった、とか、いうことですね。 周囲の人もみんな知っていたようですね。でも、今回こういうふうに生徒の自殺が出て、はじめてことが公になった、と思います。 こんなの指導ではなくて、自分の思い通りにならないので、強圧的にさせているだけじゃないか、って思うんですよ。きっとこの監督さんも先輩からこういう指導を受けてきたのだと思います。気合とか根性が足りない、とかなんとか。しかし、もう本当に何度こういう事件があったら済むのでしょうか。将来のある生徒さんが亡くなったこと、自分の経験も含めて、残念でなりません。

Posted by: 謙介 | 13. 01. 17 at 오후 11:22

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