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13. 01. 29

ドラマの話なんかじゃなくて

26日の土曜日の朝、NHKの朝の『純と○』を見ていたら
主人公のおっかさんに認知症のテストをしていたので
あらまあ、と思いながら見ていた。

だって、こちらはその1時間後にオフクロを連れて
病院のものわすれ外来に行くことになっていて、
ドラマでやってたのとおんなじことを
することになっていたから。

ああ、やってるやってる、とか。

あのドラマを見ていた人、どれくらいいるんだろう。
見ててどんなふうに感じただろうか。

ドラマとか、いろいろなニュースとか報道で
認知症とか、もの忘れ、っていう問題が取り上げられていて
そういうのを見るのと、すでに自分の家族がそういう状況だ、
家族にそういう心配がある、っていうのでは
やはり見方に違いが出てくるんじゃないかなぁ、って思う。

ニュースとかドラマだったら、どこか距離があって
そりゃ大変ですねぇ、で済むんだけど、

身近なところだと、やはり将来にわたっての不安とか、
自分はどういうふうに対処していけばいいのか、というふうな
こともあるから、やっぱり将来のことを考えて、
本当に夜も寝られないくらいの不安な部分も出てくるし、、
その認知症の対応のために実際に疲れ果てている
という人もいるし、、。
やっぱり感じ方が違ってくるのは仕方がないか、とも思う。
最近やはり友達と話していて感じるのは
親とか家族の介護の問題とか、こういうときには
どうしたらいいの? っていう情報交換、っていうのが
本当に多い。(実はほとんどがそれだったり、、)


ただ、あのドラマは実際とちょっと違うところがあってさ。

あのね、物忘れのテスト、って実際行うのは
一種類だけじゃないんだよ。
普通は4種類のテストを一度にやってみて
総合的に見て、大体の傾向を判断する、というふうにするの。

だってさ、人間って、その日のコンディションだって
あるし、例えば謙介なんかでも言語的なジャンルのことは
比較的答えやすいけれども、数的な推定とかになったら、、
危ないかも、、だしさ。
そもそも個人によって得意不得意な方面があるから
いろいろとやってみて、大体の傾向を見る、というのが
実際のテストのやり方なんだけどね。
まぁドラマだったから、テストをやってみた、っていうのを
象徴的に扱ってああいうふうになったのだとは思うけど。

うちのオフクロの場合、
脳外科の先生と相談をして、定期的にそのテストを
受けて、推移を見てもらうようにしている。
CTの断層写真は昨年の11月に撮ったので、
テストを大体2~3ヶ月ごとにして、
状況を見ていきましょう、と。

でもね、あの認知症のテストって、結構難しい。
俺、どういうテストか知ってるけどさ。

最初に先生が数字とか任意のものをを3つ言う。そうしておいて
途中いろいろと作業をした末に
もう一度、さっきの数字とか、さっき言ったものは何でしたか?
とか言われたら、 うーん。覚えていられるかしらん、とか。

それから野菜を10種類、ささっと言え、って言われて、
みなさん、すぐに10種類よどみなく言える?

8種類くらいまではささっと出るけどさ、
後の2つくらいがなかなか言えなかったりするんだよ。

うちのオフクロのテストの点なんて決してどうのこうの、って
言えない。謙介だって非常に怪しい。前に姉とこのテストの
ことを話しあったときに、思わず、ちゃんとできる?
ってやってみて、非常に危うかったことがある。

それになんだか体調に波があって、
今日は快調、っていう日と
今日は全然ダメ、っていう日があるし、、。
ましてや歳をとった人間の体調なんて
その日の開きもあるし、、それから案外
試験する人と、受ける側の相性だってあるしさ。

みなさんだってそうでしょ。
合いそうな感じの人と、ちょっとこの人は、、
っていう人だっているもの。
だから、そういう不確定的な要素も結構あるもの。

9時半の予約で、ものわすれ外来に行く。
テストは大体1時間、って言われているんだけど
うちのオフクロ、なんだかいつも早くに終わって出てくるの。
前の時も、1時間のはずが、40分くらいで出てきたし、、
で、今日も行ったら、30分くらいで出てきた。

また知能検査させられた、とか言いながら。
20分ほどして結果を聞きに行く。
まぁ予想していたような結果で、、。

謙介もいろいろとそういう専門の雑誌を
読んでいるみている。

Journal


で、そういう忘れるような
ことが出てきた人の心理と言うのはどういうものなのか
っていう知識もいろいろと調べてみたり、、。

同じことを繰り返し言っても、同じように
対応しながら、なるべくたくさんいろいろと話をしてもらうように
している。

それから、古い記憶はしっかりしているので
以前にあったいろいろなことの思い出をどんどん
聞いて、、。まるっきりインタビューみたいなんだけど、、。
一応心理学で言う「回想法」っていうので
記憶をいろいろと活性化してもらうように、、。
それから朝、チョコレートを渡して
(明治の個包装のチョコレート)
食べてね、と渡したり、、。

しかし大学の時に民俗学の調査で、
鳥取県の山の中に入って民話の聞き取り調査を
ずーっとしてたんだけどさ。
その手法がこんなところで役に立つとは、、
人生何がどこで役に立つやらわかんない。


本当に一番いいのは、その人がどんな状況になったとしても
その人らしくいられる、ということなんだけど、、。
いまのところは、古い記憶を大切にしてもらって
とにもかくにもなるべくたくさん話してもらうように
している。

まぁその甲斐があったのか
お医者さまに、おかあさん、何でもどんどん
話をして、活発でいいですね、と言ってもらって、、
こちらも方針は間違っていなかったのかな、と
ちょっとうれしく思ったり。

一番よくないのはだまーって、じーっとしてしまうことなので
なるべく外に連れ出すとか、新しいところへ連れていって
あれこれと話をしていこうと思う。


            ×           ×

昨夜は韓国人の知り合いと久しぶりにいろいろな
話をした。個人レベルだと、全然問題なく
お互い意思疎通もできるのにねぇ、、。


毎日新聞に俺の朝鮮語の恩師の記事が出ていて、、
見出しが

「北も南もわけわからん 竹島でぎゃーぎゃー言うし、いつまでも謝れ謝れやし。」

とあった。 せんせい、ほんまにどない考えたらええのんでしょうね。

と(ずいぶん歳とらはった。)写真の先生に向かって
ぽつん、と言ってみたりしたのだった。

(今日聴いた音楽 愛は風まかせ  歌五十嵐浩晃
 1980年 この年は、謙介にとっては本当にいろいろな
 ことがありすぎて、、もう疾風怒濤の年でした。
 年前半は日本にいなくて、帰国してから、生活が激変して
 しまって、友達のいざこざには巻き込まれるし、、。
 それがいろいろな意味で自分を結構鍛えてくれたように
 思えるようになったのはずいぶん後のことでした。
 今では懐かしいです。)

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いなかのせいかつ」カテゴリの記事

Comments

認知症、両親にはもちろん、自分自信にも起こり得ることなんですよね。
でも、あまり身近にそういう人がいないし、いまいちピンときません。
というか、正直、見て見ぬふりをしているところもあるかもしれません…。
実際、自分のことで精一杯で両親や自分の将来だとか考えなくちゃいけないんでしょうけど、そこまでの余裕も無く…。
って、これもまた言い訳で、やっぱり逃げてしまってますね…。
家族や自分自身がそうなったとき、どうすべきか、どうしたらいいのか正直怖いです。

毎日新聞の恩師の記事、ネットで見た気がします。
凄い先生なのですね。
というか、朝鮮語教育が日本に皆無だったということがビックリです。
ずっと第一線でやっていらっしゃるようで、情熱のある方なんですね。

Posted by: まさぜっと | 13. 01. 30 at 오후 3:30

僕のテストしてみたことがあります。
かなり危なかったです。
謙介さんの仰るように、人には得手不得手がありますし、その日の気分や体調によってもかなり変化します。
認知症の状態になりつつある方ですと、気分の変調は普通に起こりえますから、質問者をまったく無視している(苦笑)方もいらっしゃいます。
協力が得られてはじめて成立する検査というわけです。
僕は加算減算が苦手なので、暗算しろとか言われると苦痛ですよ。

ゲイの独居だと、ずっと黙ったまま過ごしてしまいそうで、認知症でなくても言葉を忘れてしまいそうになります。
話すことは脳の回転を良くする効果があるのは知られていますので、「おい!」「はい!」ではなくて、きちんと会話できる環境が望ましいですね。
親の将来もそうですが、自分のことを考えるとどうしたものかと考え込んでしまいます。
今はいろいろとネガティブになってしまうので、考える時期はポジティブになれる時までお預けしておきます(^_^;)。

Posted by: タウリ | 13. 01. 30 at 오후 5:14

お久しぶりです。

お母さん、幸せそうですね。

私も母の娘時代や結婚当初のことを毎日話題にして、おしゃべりしています。ドライブは娘時代に住んでいた隣町に、一日おきくらいで出かけますが、毎回よろこんでいます。

仕事が休みの日は『純と…』を母と観ています。症状が進んできたからか、最近はテレビで「認知症」という言葉が出ても嫌がらなくなりました。テストの回も、自分が受けたことは忘れているのでしょう、いつもと変わらず観ていました。

一昨年介護認定も受け、今はデイサービスを利用しています。楽しそうにしているので助かります。ありがたいことです。

Posted by: エト | 13. 01. 30 at 오후 8:04

---まさぜっとさん
ちょっと極端に書きすぎたかもしれない、と思っています。すいません。謙介が伝えたかったのは、やはり子どもが成長して自立していくのと違って、親の場合は、次第次第に身体が衰えていきます。ですから、良くなっていくことはちょっと考えられにくいですよね。親の衰えが目に見える形でやってきたとき、ってやはり結構ショックなんです。かつて自分が字を習ったり計算を習った人が、老いとともにできないことが出てくる、って。ですから、子のほうもいつか親がそうなるかもしれない、という覚悟というのか、予想を持っていたほうがいい、ということです。まさぜっとさんは、何事も誠実に真摯に取りくもうとする方なので、こちらの言葉が重くなりすぎたかもしれません。申し訳ないです。 ただ心の準備があれば、いざ、となったときも、そう落ち込まずに対応できるように思います。 それとこういう「老い」の形って、本当に人それぞれで違ってきます。なので、そういう気持ちの準備だけはしておいて、いざそういう状況が来ても、慌てないで済むようにするために備えておいたらいいんじゃないか、と思うのです。
 

Posted by: 謙介 | 13. 01. 30 at 오후 10:12

---タウリさん
タウリさんもやはりちょっと危なかったですか。謙介もやってて、相当にあわわわ、というようなことがありました。あれって、絵を書く、っていうのもあるじゃないですか。あんなの絵心のある人なら、そうためらいなくささっと鉛筆も動くでしょうが、絵を描くことが苦手な人だと難しいですよね。それにおっしゃるように「その日の気分」とかテストをする相手との相性、っていうのもありますし、、。
俺もこういう親を「ものわすれ外来」に連れていくこと自体、結構落ち込んだんですが、まだ「そうなっていない将来のこと」を今から不安だけてんこもりにして、落ち込みさらに増加させてもいけません。「今」だけ見て、先のことは、思考停止! ということにしています。(笑)

Posted by: 謙介 | 13. 01. 30 at 오후 10:18

---エトさん
こんにちは。本当にお久しぶりです。いかがされていたか、と思っておりました。
樹木希林さんのあのCMではありませんが、本人が本人らしく生きられたら、それでいいよね、と思っています。繰りかえし同じことを話ますが、それも同じように返しています。 やはり事前にいろいろな本とか、もうそういう状況にいる友人に対応の仕方とかいろいろとアドバイスを受けていたことが役にたっているように思います。過去の記憶はしっかりしていますから、今聞けることをなるべく聞き出しておきたい、とも思っています。付き合いのなくなった親戚のこととか、あまり消息を聞かなくなってしまった人のこととか、改めて分かったりして、そういう意味では最近、以前よりなんだか濃密な親子関係になったような気もしています。
エトさん、いろいろなことが毎日おありだろうと思いますが、どうぞお体は気をつけてくださいね。やはり家族の心と身体の健康が何より大切ですから。

Posted by: 謙介 | 13. 01. 30 at 오후 10:25

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