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12. 12. 19

無常 (1)

さて、質問です。
画面中央のこの 「ワインレッドの大きな長方形」 ってなんだと思いますか?


Youtei1

今年の夏のはじめに、元青函連絡船の羊蹄丸が曳航されて
新居浜で一般公開された、ということを書きました。


その後あの船は香川県までさらに曳航されて、スクラップ業者に
引き渡されて、そこで解体作業に入りました。

10月から解体する、ということだったので
どれくらい解体されたのか見に行ったわけですが、、

先週の土曜日、12月15日に見に行ったのがこの状態です。

Youtei2

クレーンの左側のワインレッドの長方形が、元羊蹄丸の
下半分です。
これがかつての青函連絡船だった、なんて、
いったい誰が分かりましょう。

念のために。 これがかつての船だったときの写真。

Youteikoukai

かろうじて船体の下半分の色が残っていましたから
それでようやっと判断がつく程度です。

こうしてそれぞれ船から出る金属を
鉄なら鉄、非鉄金属なら非鉄金属、と分類して
資源の再利用をはかる、ということでした。
また溶かして素材に戻し、それを別の何かに
再利用する、という社会実験をするのだ、そうです。

船を見に行ったのが今年の6月でした。
あの時は、まだかろうじて船でしたが、、


これがかつての青函連絡船の一隻の船だった、たって、
上のワインレッドの長方形のものだけ見せてもらっても
ちょっと船で走っていたときの想像がつきません。

見ていただいたら、わかりますように、
もう単なる鉄の構造物、という感じになっていました。
あまりの変わりように、呆然としてしまいました。

諸行無常でございます。


この辺は、たまにしか来ないので、
思い立って、この近くにある四国霊場のお寺を
4ヶ所ほどまわってお参りをしました。


最初に行ったのは、大興寺
何せ寒風ふきすざぶ天候が10分おきくらいに
晴れたり曇ったり雨が降ったり、という天気
だったので、参拝の人もまばらで、、。

Komatuo1
これが山門
ひなびた里山の中にあります。

入ってすぐの参道右に、巨木がそびえています。
Komatuo2
弘法大師が植えた、という伝承のある栢(かや)の木です。
県の天然記念物にも指定されています。


Komatuo3
これが本堂なのですが、、。

Komatuo4
この本堂の北側に小さいお堂がありまして。
ここにおまつりされているのは、隋の時代の高僧で
智顗(ちぎ)という方です。天台宗の開祖です。
ここのお寺今は真言宗なのですが
昔は真言・天台の両宗兼学の寺院で、、
そういう伝統があるために、こうした天台の
お堂もあるんです。

Komatuo5
境内の道しるべです。六十八番 「く王(わ)んおんし道 二里」とあります。
六十八番札所の観音寺まで八キロですよ、ということですね。

Komatuo6
山門前のお地蔵さまも風で寒そうに佇んでおいででした。


観音寺もその次の神恵院も、、ずっと一度行っているので
今回は行っていないところ、ということで、
次に金蔵寺にお参りしました。
この辺は、札所の間隔が、数キロごとにあります。
それが土佐(高知)は本当に大変で、次の札所まで
30キロとか40キロ、というところもあるんです。

これが本堂
Konzoji1


ここには、乃木希典将軍の妻返しの松、
というのがあります。

Nogi1


乃木さんが、善通寺の師団長だったときに
このお寺を宿舎に使っていたのですが、、、。

奥さんの静子さんが思い立って、東京から突然に
訪れたのですが、乃木さんは勤務第一、ということで奥さんが
待っているにもかかわらず、会わない、と言ったそうな。

で、奥さん、しばらくこの松の木のところで待っていたのだそうです。
でも乃木さんは会わない、と、言うので、やがて
仕方なく東京に帰ることになって
しまった、とか。
だから妻返しの松、というのだそうです。

これだけ聞くと乃木さんの勤務精励の美談で済むのですが、、
乃木さん、こちらにお妾さんというのか現地妻というのか
そういう存在の人がいて、、、ばれたらまずい、
ということだったようです。

別の時に奥さんが来たときは、ちゃんと会って、多度津の旅館にも
ご一緒に宿泊しているんですよ。

このお寺は、智証大師円珍の生まれた寺でもあります。

Konzoji3

当山者、、の「者」は、「は」と読んでくださいね。

なので大師堂の扁額もこんなふうになっているのです。
智証大師が真ん中に来ていますよね、
他の札所の大師堂は当然弘法大師をおまつりする
お堂ですが、ここは、そういうことで、ちょっと違った
扁額がかかっているわけです。

Konzoji2

金蔵寺の次は、善通寺へ車を走らせました。
ここは何度も来ていますけれども、、
やはり総本山におまいりしなくては、と思ったのです。
さすがに12月半ばになりますと、お坊さんも除夜の鐘とか
初詣の準備に忙しそうに動いている感じでした。

実のことを言えば、この12月の今頃が本当は
一番落ち着いておまいりできる時期じゃないか
と思います。
特に京都の社寺はそうですね。
割に日程的に中途半端な時期ですし、
それに寒いので、参詣の人も少なくなります。
でも、だからこそ落ち着いておまいりできる、ということだって
あります。

ちょっと長くなりましたので今日はここまでにします。

次期韓国の大統領、むくげおばさんになったのですね。
「槿」はむくげ。韓国の国花ですね。

(今日聴いた音楽 海を見ていた午後 ハイファイセット
 1975年 )

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いなかのせいかつ」カテゴリの記事

Comments

沖縄の寺は宗派にかかわらず葬式の時にしか縁がないので、街を見廻しても寺の面影はほとんどありません。
ひっそりとポツンとあるぐらいで、広大な敷地を有しているものはほとんどありません。
日本本土に行ったときに寺や神社の多さにビックリします。
札所の寺が数キロ置きということは、敷地の広さや規模を考えると“目と鼻の先”という感じなのでしょうか。
せっかくお参りするのですから、ゆっくりと手を合わせたいですね(^^)。

もうン十年前に京都に一人旅をしたとき、嵐山に行ったことがあります。
天龍寺前の竹林を抜けてトボトボフラフラ歩きながら、常寂光寺に行ったのを思い出しました。
紅葉の前ぐらいで観光客がほとんどなく、境内には自分と白人観光客だけ。
しばらく縁側に座り、まだ青い紅葉を眺めてまどろんで過ごしました。
今思えば贅沢な時間だったと思います。

Posted by: タウリ | 12. 12. 20 at 오전 9:51

---タウリさん
 あれまぁ常寂光寺にいらっしゃったのですか。
 あそこ、謙介の大学の時の青年心理学の先生の家なんですよ。レポートの提出がギリギリになって、先生の家まで(常寂光寺)自転車を走らせて、レポートを持っていったことも2度3度。(笑)観光客の人たちは、のんびり紅葉がきれいねぇ、、なんて言ってたのですが、こちらはレポートの提出がぁぁぁぁ、、、と結構必死の形相であのお寺の石段を登ったのでした。
 もうすぐお正月ですが、百人一首というものがありますが、あれを藤原定家が選定したのも、その常寂光寺の一角なんですよ。で、その同じ境内に、中世文学の先生のご自宅もありまして、、。その先生には、徒然草とか新古今和歌集を習いました。
 四国はやはり空海生誕の地でもありますし、四国八十八箇所の巡礼の地でもありますから、お寺の信仰が生活の中に自然に在る、という感じです。前にも言ったように、京都とか奈良のお寺ともまた違うのです。取り澄ましたような部分とか、緊張感、というのもなくて、、、。毎日散歩の行きかえりに、ちょっとついでにおまいりにきた、とか、朝はお寺の境内でラジオ体操をする、とか、お寺と日常生活が自然に共存しています。お寺も善通寺のように広大な面積を持ったお寺もあれば、ホンのちょっとの猫のひたいのような面積のお寺もあって、四国のお寺もさまざまです。
 

Posted by: 謙介 | 12. 12. 20 at 오후 4:09

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