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12. 12. 07

心境の変化

さっきまた東日本で大きな地震があった、とのこと
これを読んでくださっている中にも、そちらの方面に
お住まいの方もいて、、
とても心配しています。
大丈夫だったでしょうか。


今年ももう12月。
そろそろ1年のまとめ、というような季節かなあ、と
思う。
今年は自分の考えがものすごく大きく変化をした年だった
と今、この時期になってそう思う。

ここ数年、この時期になると、喪中欠礼のはがきが来る。
以前は多くても2、3通だったのが、ここ最近
10通を超えて届く。
今年も今の段階で11枚。
文面を見ると、お付き合いをさせていただいている方の
ご両親、というのが圧倒的に多い。

実はうちの家もオフクロが先日転倒をした。
骨折はなくて脳も打っていないかしらん、と
MRI検査をしてもらったけれども、心配していた
出血とか委縮はなかったので、安心した。
しかし、もう85歳なので、そろそろ先のことなども
考えないといけない、と改めて思った。

何年か前の正月に以前の職場の同僚に会う機会が
あった。
ご家族はお元気? と、伺ったら
実は離婚したんだ、という返事。
え? どうして?
それが、ばあちゃんの認知症がひどくなって
晩に包丁を振り回したりするようになって、、
嫁さんに離婚しよう、って言うたんや、
ということだった。
「もう、俺のことや、どこのだれかわからんので。
にいさん、にいさん、言うん。」

一番最初にそうした認知症の話を読んだのは
もちろん有吉さんの『恍惚の人』だったけれども、、
それからしばらくして高峰秀子さんの自伝
『わたしの渡世日記』を読んだ。
その中に高峰さんの育ての親が後年、やはり認知症になって
しまったときのことが描かれていたのを覚えている。
お歳は? と聞かれて、5万歳と答えるようになって
しまった、、。とその部分はいまだに俺自身の記憶に
鮮明に残っている。


確か、『恍惚の人』が映画化されたときに認知症の症状が出た
舅を介護する嫁の役だった昭子を演じたのが、その高峰さんだったと思う。
(舅の役は森繁さん)

そんなことがあって、俺は自分の周囲で親しい知り合い、友達に
それとなく伺ってみると、もうすでに親がすでに認知症のいろいろな
症状が出てきていて、家族では対応しきれずに、施設に入れた、
グループホームに移ってもらった、
という話をたくさん聴くことになったのだった。


友達がぽつりと言った。
自分が昔算数を習ったり、字を習った人が、
あんた誰? とか、 昼やら夜やら分からないとか
言い出してごらんよ。 本当にショックが大きくて
その事実を自分の中に受け入れるだけでも
本当に大変だったのだから、、。
この言葉は本当に自分にも重たく響いた。

人の親なら、それは大変だ、と話を聞く程度で済むけれども
自分の親がそうなったら、もう全然違うからね。
本当にそんなことを受け入れるのに、ものすごく時間がかかるの、、。

親の問題とともに、自分自身の気持ちも問われる問題
ということになる。

そうなのだ。
自分もそろそろ親がそういう時期になった、
ということを考えなくてはいけない、ということを
以前とは違って、遠くの他人の話、というのではなくて
今年は自分の家庭の問題として考えるようになった。

これをお読みの方の年齢層、って、はっきり分からないのだけれども、
今、40代だったら、ご両親は70代、という方が多いかなぁ、、。


自分の仕事のこととか、勤務先のこと、っていうような
自分のことだけ、考えていればよかったのが
だんだんと、自分の家族のこれから、とか、
介護はどうするのか、その先のことはどうするのか、
というような、自分ひとりだけではどうしようもないような
問題がこの先起こる。

そうなんですよ。自分のことだけだったら、まだ「自分のことだから」って
対処のしようもあるし、自分が決断すれば、それでいいのだけど、
親のこと、となったら、自分以外の人間の人生だからねぇ、、
簡単に割り切って、こうする、っていう回答が出ないの。
しかも、それは1日とか1週間、1ヶ月くらいで片付くような
問題でもないしね。

たとえば。
介護の問題で、自分の周囲の人に話すと、全然反応が
違うんだよ。
家族にそういう問題がない人に話しても、たぶん自身に
全然そういう経験とか考えたことがないから、なんだろうね。
そうなんですか、という反応しかないの。
ところがやっぱり親がそういう年齢になっている、とか
実際に介護をしている、した経験がある、となったら
本当にいろいろな話が出てきたり、 そういう気持ち分かるわ、
と共感しあえたりもする。

そういうことをこのごろ実はずっと思っていて、、


それとともに実感させられているのが
自分の中の身体能力が本当に落ちてきたなぁ、ということ。
例えば固有名詞が出てこない。
こないだだって、ラジオで映画のシャレードのテーマ音楽が
かかっていて、、主演女優さんの名前が出てこなくて、、
顔は浮かんでいるわけ。
ほら、ローマの休日の、、ティファニーで朝食をの、、
で、相当に時間が経って、あ、オードリーヘップバーンだったわ
と思い出す、というのかようやっと線がつながった。

それからあっちこっちでよく転びそうになる。
若いときに比べて、足が上がっていないから、
足を上げたつもりで、十分にあがっていなくて
物に当たって転びそうになる。

周囲のお年寄りを見ていると、60代と80代では
意識に全くと言っていい差が出てくる。
60代だったら、結構面倒なことも
仕方ないなぁ、でできていたやっていたことが
80代になったら、簡単にできなくなる。
例えば、ATMでのお金の出し入れさえ
80代になったら、それまで何千回とやって
普通にできていたことができなくなったりする。
手先だって細かい作業ができなくなる、、。


たぶん、これを読んだ人は
俺はそんなことねえよ、って思うかもしれないけれども、、
誰にもやがてそういう時期が来るんだ。
周囲の人を見ていて、そういう時期が
確実に自分にも来ることを思った。


まぁそうした自分の身体の変化、という
ことに日々無理やり気づかされていたりするし、、
加えて親の老化のこととか考えて、、
そうしたなかで、人の命とか、人生ということに
改めて考えをめぐらしてみると、自分でも驚くくらい
考えが変わっていたことに気づかされた。

今までは人から命のこととか人生のことを聞いても
どこかで、他人事、っていう意識があったけれども、
もう最近は全然違う。 

自分だったら、
自分がそういう立場になったとしたら、
と自分の中でそういうふうに具体的、実際問題として
切迫感を持って考えるふうに変わった。


そういうときに。

このあいだteke-niiさんの猫さんが危篤になった
というお話をブログで拝見した。
おそらく以前だったら、「そうなんだ。」くらいで
終わっていたかもしれないのだけど、
上に書いたようなここ最近の考えの変化があって
その中で、そうした命の話を伺うと、やはり今までには
ないような命の重さ、ということを感じざるを得なかった。

そうして、人生の終わりをどうするのか
残された人間は、どうすればいいのか、ということも含めて
やっぱり深く考えることになった、、。

2012年。みなさんは、何か変化はありましたでしょうか?

謙介にとって2012年というこの年は
命のこと、人生のことを考えるについて
ものすごく大きな考え方に変化があった、
という1年だったなぁ、って思う。


(今日聴いた音楽 真夜中のドア 松原みき 歌
1979年 アルバム ポケット・パークから 
音源はLPレコード 本当に元気な彼女の歌声を
聴いていたら、もうちょっと長生きして欲しかったよ、
って痛切に思います。)

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Comments

おとといの地震には、ほんとびっくりでした。
ビルの9階は、グワングワン揺れて、とても震度4とは思えないほど。
それにまたもや津波とは・・・。
幸い被害がなかったものの、新聞によると今後マグニチュード8クラスも!なんて記事が。
そんなの来たらと思うと、なんか脱力です。
いつになったら解放されるんでしょうね。

謙介さんのお母さんは、オレの母親のちょうど10歳上なんですね。
だんだんと年寄りの顔になっていく母を見ていると、今後どうなるんだろうと心配になりますが、母にはオレがいるとして、じゃあ自分は?というと、そっちのほうが不安だったり。
まあ、なるようにしかならないんでしょうけどね。

Posted by: 悠太 | 12. 12. 09 at 오후 3:55

---悠太さん
ちょうど帰りの車の中でラジオを聞いていたら、いきなり緊急地震速報に変わって、、大きな地震のあることが告げられました。それから本震があって、気象庁から津波警報が出るやいなや、アナウンサーの調子が「東日本大震災を思い出してください。早く、一刻も早く高台に避難してください。高台がないところは、ビルの高層階に避難してください、、」本当に緊迫していて、、決して遠くの話、なんて思えません、聴いているこっちまで、大変だ、これは、と思いました。高層階になったら、やはり揺れ方が違いますよね。 友達(東京都内在住)でビルの10階に住んでいた人が、本当に半端ない揺れだった、って言ってましたけれども、、それでも、お怪我とかなくて安心しました。 
 子どもなら時間が経つにつれて育って、やがて独り立ちするんでしょうが、親はやはり次第に、、衰えて行きますからねぇ、、そういう先のことを考えて、たまに夜寝られないときがあるんですが、少しずつ、そういうのを受け入れていかなければならないのでしょうが、、 本当にいろいろなことを考えます。 

Posted by: 謙介 | 12. 12. 09 at 오후 8:29

お母様のお具合、心配しています。
うちは、74歳の父と73歳の母と同居していますので、介護の問題は切実です。
まだ身の回りのことは両親とも自分でできていますが、庭木の手入れや電球の交換など、私の担当が増えてきました。
選挙でも医療介護問題への取り組みが、候補者選びのポイントです。
あと、自分の行動も「動けるうちにやっておかないと」と思って、旅行や観劇の機会が増えましたね。こちらは、元々の遊び好きなだけかも知れませんが(^-^;

Posted by: mishima | 12. 12. 09 at 오후 9:10

---mishimaさん
ありがとうございます。俺は週末しか帰れないので、やはり平日の生活が、ちょっと心配です。 そろそろ地域包括センターに行って、介護認定をしてもらって、ということも考えなければ、とも思っています。最近食欲が落ちているので、こちらから帰るときも、何かしら以前食べていて、食べ慣れたものを思い出しては、スーパーで買って帰るようにしています。チョコレートでも、デパートに行けば、ゴディ○だって、ロイ○だってあるのですが、そういうのではなくて、昔から食べよく知っている森○とか明○の板チョコなんかを買ったり、、しています。 もうだんだんと食べものも自分の記憶の中にあるものしか受け付けないようになってきているので、こちらもえーっと前にどういうものを食べていたかなぁ、、と思い出しては、そういう知っているものを渡すようにしています。 栄養士の友達に聞いて、なるべく栄養的に偏りのなにようにしたいのですが、、なかなかそういう食べ方で85年やってきていますから、難しい部分があります。 実はさっき期日前投票に行ってきたのですが、俺もやはり福祉のことをポイントに投票しました。 いや、今行ける時に、、ということは大切です。そのうち、って言ってたら、将来はわかりません。思い立ったが吉日で、(ちょっと用例が違いますが、、笑)俺も、すぐにいらっしゃったほうがよいと思います。

Posted by: 謙介 | 12. 12. 09 at 오후 9:35

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