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12. 12. 17

揺れている自分(1)

昨日はまた温泉に行ってきました。
選挙のせいですかね。昨日はお客さんも少なくて、、
というのか、たぶん謙介が地元の人間なので
午後7時前後という
微妙な時間に行くので空いているのかもしれません。
旅館とかホテルだったら夕食の時間でしょ。
たぶんその時間に行くと少ないんです。

さて選挙が終わりました。
今日は朝から新聞6紙を読んだのですが、
(謙介さん、あんた相当にヒマなんやね。と言わないでね。
この新聞を読んで自分の仕事場関係の記事が出てないか
どうかチェックするのも謙介のお仕事なんです。ええ。)
まぁそれぞれの人がそれぞれのコメントを書いていました。
政治ネタは、やはりみなさま主義主張がいろいろあって
そんなことから感情的な食い違いが生じて、友達でなくなったり
せっかく知り合いになれたのに、あんなヤツ、サイテー、なんて
いうことになったら、悲しいので、政治ネタはいたしません。


でもまぁ棄権はいけないので
先週の日曜日、期日前投票に行きました。
今回は3種類の投票があって、ややこしかったのですが
国民審査の投票用紙を間違った投票箱に入れかかったら
立ち合い人の人が、「あっ! 」と言ってくれた(笑)ので
間違わずに投票用紙を該当する投票箱に入れることが
できました。

はてさて。


今年は音楽ホールとオーケストラのスケジュールの
関係で、10月のはじめ、まだ世間の服装が半そでで
暑いのクールビズだのと言っていたときに
いつもの第九の音楽会をしてしまったものですから
なんとなく拍子抜けしたような、秋から冬になってしまいました。
(まぁでもその分東京に行くことができてよかったのですが。)

ここ何年か、指揮者は飯守泰次○先生か
藤岡幸○先生です。

で、謙介、いつも「ふーん」と思いながら
リハーサルのときの
マエストロの指示を聞くわけです。

コンサート当日のスケジュールは

ステージ集合の後、
柔軟体操・ストレッチ
発声練習
合唱だけ一度最後のダメ出し、
オケ・ソリスト合わせ(ゲネプロ)
で、本番、
というのが大体の流れです。


オケ・ソリストと合唱団の三者が合わせるときに
マエストロからは、ほとんど指示がありませんでした。
今年は飯森先生だったのですが、、ゲネプロが終わってから
2、3ヶ所、口頭で、あのところ、もうすこし、~いうふうにしてくださいね。
そうしたらもっと良くなります、とだけでした。

おもわず、え、それだけ? 
と思いました。

帰ってこのことを姉に電話しましたら、
「そりゃ、飯守先生、もう言ってもムダや、って思ってはるからよ。」
という謙介と同じ感想でした。


というのが、うちの姉は某オーケストラのチェロ奏者をしていた時期が
あって、そのときに飯森先生が何度か指揮をしたことがあったそうですが
そのときは本当に先生、何度も何度も細部にわたってご注意、
ご指摘があった、んだとか。


それを姉は経験していましたから、
その2、3の指摘だけでおしまい、っていうのはねぇ、、
あまりに簡単すぎ、
とやはり思わざるを得ないのです。

よほど合唱団が上手だったから、余計な指導は不要だったのか?
まぁ、、これは絶対付きで考えられないことです。

と、なると、別の理由です。
姉ともたぶんこれやろ、と話したのは下の理由です。

つまりは、最終段階になって
こう直します、といったときに、指揮者の要求に
即座に対応できるような実力の合唱団だったらいざしらず
おそらくそういう即応力のない合唱団だろうとマエストロは踏んだのだろう、と。
だから、敢えて事を荒立てようとせずに適当に褒めておいた、と。
褒めておいたら、まぁあいつら調子に乗って、
張り切って歌うだろうよ、と。

ここで、ここはああだ、ここはこうだ、と難しいことを言っても
実力的に無理だから、にこにこして放っておいた、というのが
本音と違うかなぁ、、、ということでした。

謙介もそう思います。

自分以外の人に対する要求水準について、
というのか自分の主義主張をどこまで通そうと
がんばるか、ということについて。

20代とか30代のころは、何事も厳密に「こうでないといけないぃぃ。」
と思って、自分も含めてどんな人にも厳格に言っていたのですが、、
歳を取ったら、相手を見て、話をするようになるのです。
あ、この人は言っても理解してくれないだろうな
言っても無理な相手だな、ということがわかったら
こちらも厳格に言っても仕方がない
なぁ、と思うようになりました。

言っても無理、ということはあるのです。
どうしてそれができないの、たって、
お互い顔が違えば、考え方だって
気質だって、そして能力だって違います。


それとともに感じるのは、果たして自分だって他人に
完璧なことを要求するほどの実力があるのかどうか、
ということも考えるように
なるわけです。

以前はそういうことがあまりなかったのですが
20代30代に較べると、いろいろなところで
やれやれ、と 思うことが増えてきました。
一番感じるのが記憶力が落ちた、ことですねぇ、、。

こないだもラジオを聞いていたら映画音楽の
シャレードがかかったのです。あ、この映画に
出てた女優さん、で、顔は浮かんでいるのに
名前が出てこない。 ほら、ティファニーで朝食を
とかローマの休日のあの人だよ、、
って、そういう部分はちゃんと覚えているのに
その女優さんの名前が出てこない。
えーっと、えーっと、って、焦ったんですけど、、
出てこない。

それであきらめて、 数十分後。全然別のことを
していたときに、シナプスさんがつながったというのか
反応してくれた、というのか、あ、
オードリー・ヘップバーンだったわ、と思い出したような
わけで、、。

それを友達に言ったら、「そんなん、しょっちゅやで。
こないだなんか同僚の名前を度忘れしてしもて、
えーっとこの人の名前何やったかいなぁ、、、って
思い出すのしばらくかかったわ。」というお話。

まぁそういうふうに自分がなってくるのです。
買い物に行ったら、メモなんかしていないともうダメです。
3つ必要な用事があって行ったのに、そのうち
1つは必ず忘れてしまって、、帰ってから、
あ、と思い出すありさま。
もう、最近は必ずメモに書いて、ついでに
お店をどう廻ったら効率的か、と、廻る順番、まで
書いたメモを持って行くようにしています。

そういうふうに忘れたりすることが
すこしずつ増えてきます。
ただね、謙介はそれは焦らないんです。
字なんかでも忘れてしまったら、
辞書をひくし、、だって辞書ってそのためにあるんでしょ?
辞書がなかったら別の表現方法を考えます。

それから忘れる、というのは悪いことでもありません。
嫌なこと、覚えておきたくないようなことだったら
忘れるのに限ります。
いつまでも明々白々に覚えていてごらんなさい、
自分がしんどいではありませんか。
忘れる、というのは
脳が、「そんなもの、どうだってええがな。」と命令をして
消去してしまったことなわけです。
そのときに、「ああ、自分の脳は、こういうことを覚えなくても
いいよ。」って判断したんだなぁ、とか
思ったりもします。

でね、そういう物忘れが激しくなっているのに代表されるように
自分のほうの身体能力が落ちてきていて、しょっちゅう失敗を
するこの自分がですよ、
よそさまに対して決して厳格な要求だってできなくなっている
わけです。
すべてはお互いさま、ということだってあります、よね。

なので、そうそう相手にいろいろと言えない、ということで
あるのです、、。

と、今日は、ここまでにします。
次回は、でも、さは、さりながら、という話をしたいと思います。
(次回っていつ? )


(今日聴いた音楽 グレゴリオ聖歌 聖母マリアの祝日のための聖歌集から
 聖母マリアの無原罪のやどりの祝日のための聖歌 
 歌 アレッツォ・フランチェスコ・コラディーニ・スコラ・カントールム
 指揮 フォスコ・コルティ 1975年の録音
 聖母マリアの無原罪のやどりの祝日って12月8日ですから、
 1週間ちょっとずれてますが、、、笑)


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Comments

直前にミスを見つけたらそのままいった方が良い演奏になりますもん。変に指摘したらかえってそこを気にして他もおかしくなったりしますから、自信を持って演奏できるようにして下さったんでしょう。あと、合唱指揮の先生と当日の指揮者と解釈が違ったなんてことがあると、さらにめんどくさいことになったりして、触らない方が良い所もありますよね…
昔祖母が、私の名前が出てこなくて、娘や孫の名前を並べてやっと出てきたりしていました。孫の名前間違えるなんてねぇって思いましたが、だんだん私も名前がでなくなりました。辞書を引くにも老眼鏡ですもの、年ですね。

Posted by: アリクイ | 12. 12. 18 at 오후 5:24

---アリクイさん
 ああ、そうですね。わざと触れないでニコニコとしておく、というのも大人の才覚ですね。それもあるなぁ、、。 なのでニコニコとして触れないでおいた、ということかもしれません。
 そうなんです。身体のいろいろなところで思わない変化が出てきて、、。最近の友人との話は、記憶が悪くなった、とか、ちょっとのことでつまづく、とか、もうそういう話が多くなってしまうようになりました。
 

Posted by: 謙介 | 12. 12. 18 at 오후 11:04

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