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12. 11. 29

白黒はっきり、ってできるの?

えー、来年の春からフランス人に
日本語及び日本語の文字を教えなくてはならなくなって
久しぶりに日本語学・言語学のテキストをながめている
謙介です。


最近外国の学校のセンセイのディペートの授業が
おもしろい、って言って話題になっている、というのを
聞きます。
ディペートを日本の学校でも導入すべきだ、
ということも聞こえてきたりするのですが、、。

そう言われると、謙介、どうしても違和感を
持ってしまうんですよねぇ。

アメリカっていう国を見ていると、
小さい時から自分の意見を持って
黒白をはっきりつけるように、
いやつけなければいけない、と
親兄弟家族から言われて大きくなります。
ですからどんなときにも自己主張をまずします。
自己を主張しないと、あんたは人間的にダメ、
って言われるくらいの文化です。

ですが日本ってどうなんでしょう?
小さい時から、そういう文化の中で
そういう方法で育っているのか?
死んでも自分の意見意志を主張するように
教えられてきているのか?
ディペートが授業として成り立つ前提条件として
まず、そういう文化があって、家庭での過程
(しゃれにもなりませんが)があるからこそ、
ディペートというものが成立し得るのではないですかね。

ディペートを成り立たせるためには
まず強固な自分の意見を持った人間同士でなければ
お互いに意見を戦わせる、なんて無理でしょ?
 
謙介としては、あれは西洋の議論の方法であって
果たしてこの日本で、いやアジアにそれが向いているのか、と
ものすごく疑問に思っています。

うちの上司は永年タイとかかわってきて
向こうにも知り合いが多いのですが、、。
タイの人と言うのは表立って反対は
しないのだそうです。 
タイの人は表面はニコニコしている、と。
なんてたって「微笑みの国」ですから。

でも、微笑んでいるから、そのことに賛成しているか、
と言えば、全然そんなことなくて、怒っていたりすることも
あるそうです。表ではニコニコしているけれども、
裏では、はらわたが煮えくり返っている、なんていうことも
あるんだそうで。 だからタイの場合は、裏に回って
1対1で話をしないとどうにもならない、ということでした。

日本だって、韓国だって中国だって本音と建前は別です。
うーん。ひょっとしたらアジアの人間と言うのは
ダブルスタンダードどころか、
「何でもありでオッケー」という
共通性があるかもしれません。
そういう人間に、自分の意見をしっかり持ちなさい、
ディペートしましょう、たって、はなから無理。(爆)

今、選挙をやってますけれども
あの各党の公約を見てたって
わかりそうなものではないですか。
公約なんて、選挙が終わったら
あんなもの、存在しません、って。
臨機応変に他党の考えを入れて
もうぐちゃぐちゃ。


ヨーロッパとかアメリカだと一つ決まりができたら
それはどういう場合にでも同じように適用されます。
でも、日本は臨機応変にしろ、とか
どんな場合も同じようにしていたら
ちょっとは対応を考えろ、バカ、って
言われたりします。
そういう時、西洋の人は、どこまでも
考えを変えませんねぇ、、。

でもね、なぜ西洋人がディペートできるか、って
言ったら、やっぱりそこにキリスト教の教えが
あるから、じゃないか、って思っています。

西洋っていうのは自分の信仰している
神さまと自分の間に嘘偽りがなければ
それでいいわけでしょ? 
神さまと自分の間の契約において
それを間違ってない、と思えば、それは自分にとって正しい。

ものすごく大雑把に言ってしまえば
神さまっていう後ろ盾がきちんと存在して
いるから自己主張ができて
西洋人はディペートできるのでしょう。

対してアジアは全く別の宗教観です。
国によったら白黒はっきり決着をつけないのがいい、
というところだってある。
この国だって「臨機応変」「融通無碍」という
言葉さえあるではありませんか。

なんでもかんでもはっきりとしてしまわない、
なんでも取り込んでしまって全部含む。
本音と建前は別。

そんな文化の国がディペート、
って言ったって、、、
だから謙介はそんなもの定着しない
って思ってるわけです。

大体が宣長さんだって、やまとだましひ、っていうのは
ぼんやりーとしてて、おぼろげなものでねぇ、、
(日本の太平洋戦争中の大和魂というのは、
曲解されています。あれが大和魂と思って
もらっては困ります。 )

って言ってるし、谷崎さんだって陰翳礼讃の中で
似たようなこと言ってるし、、
だからまぁ、中心部分くらいははっきりしているんだけど
周辺部はぼかして、、はっきりとしない、させない、
っていうのが日本の古典的な文化だったわけです。

余白とか余韻というものの美しさ。
それからはっきりさせるんじゃ
なくて、完璧ではなくて、
どこかに未完成の要素の残ったもの。
そうしたものに美意識を見出してきたのが
日本の文化だと思います。
そうした文化を背骨に持つ、日本語も
あいまいでぼかした表現方法を
得意としてきた、という特徴があります。


ところが日本って、ないものねだりが好きな国で、、、
西洋のえらい大学の先生がじゅぎょうしているのを
見ては、これから世界進出する日本は外国人のように
「せいようじんとああいう「でぺーと」ができるような
にんげんにならんといけん! 」ととつぜんおもったり、、、。

それでいてせいようのように何でもかんでも
契約・規則・情報開示、コンプライアンスが必要って
言われ続けると、しんどいわ、人間関係に疲れるわ、
もっと「りんきおうへんにきをきかせて
ほしいわ。」って言ったり、、。

だもんで、近代の日本って
その両極端の間でずーっとあれがいい、
いやこっちがいい、 って思って振り子のように
あっちに振ったり、またその反動で逆方向に、、
ということを繰り返してきた
っていう歴史があります。

そういう経緯をもとにしてみたならば、
「うすらぼんやり」に疲れた人が、
「きっぱりとしたでぺーと」を見て、
まぁ、なんてはっきりすっきりとしているのでせう、
ってないものねだりのあこがれを抱いた状態か、
という気がしています。

なのでやがてそういう明快にきっぱりしたのが続くと
また疲れてくる時期がやってきて
適当がいいわ、という方向に流れるのは
簡単に想像がつきそうなことではあります。(笑)

歴史もそうですね。きっぱりとした後には、その反動が
必ず来ます。

謙介はにほんじんなので、せいようじんっていうのは
まぁああいうふうにでぺーとするから
せいようじんにいうときは、はっきりと、ことこまかに
詳細まで詰めて約束をして、きっぱりとしたたいどでのぞむし、

にほんじんの信用できる人と何かするときは
要点だけ詰めて、後は任すわ、と言って頼みます。

相手を見て方法を変える、それだけなんですけど、、。
相手によって「りんきおうへん」に対処を変える、なんて
なんと日本的な対応の仕方なんでせう。

というようなことでこの国ででぺーとが定着するとは、
日本語の構造とか、日本文化から見て
あんまり思えないんですけどねーぇ、、。

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Comments

アメリカはいまでこそ大国で、ほとんどの人が共通する英語を話していますが、その歴史はせいぜい230年で、最初の頃は違う言葉を話す人たちが多かったはずです。
欧州に至っては、数十~数百キロ移動しただけで全く異なる言語を話し、違う文化圏に変わってしまうところがほとんどです。
生活圏、言語、風習がまったく異なる人たちがたくさんいて、もちろん商売に対する考え方、金銭感覚、謙虚さも異なるわけですから、要求したことを確実に受け取るには一から十まできちんと話をしないと成り立たないことは容易に想像できます。
日本もタイも、おそらくは多くのアジア圏がそうだと思いますが、“袖下文化”です。
「お代官様“これ”をお納め下さい」という世界では、あれしてこれして、それもしてもらって……、なんてことは言えません。
そんなこというと「良きに計らって」もらえなくなりますからね(笑)。
相手を言い負かしたり、打ちのめして得た勝利よりも、皆がなんとなく良い形で収まることで引き分けとしたやりかたのほうが、日本的(アジア的?)だと思います。
日本でディベートをしようとすると、まかり間違うと自己主張だけで相手を聞き入れず、義務を果たさず権利ばかり主張するような人が増えかねない気がします(共産党政権の影響もあるとおもいますが、近隣の某国はそんな印象です)。
世界と対等に渡り歩くことを西洋文化の迎合と考えているところは、明治初期とまったく変わっていないのかもしれませんね。

Posted by: タウリ | 12. 11. 30 at 오전 9:24

---タウリさん
実は、最初書いていて削除したのですが、東京もそういうところがありますよね。日本中の各地から来た人が集まっていますから、やはりまず言葉で説明をしなくてはならなかった。それに比べて、西の方の街は街としてできたのが古い上に、住民の移動があまりなかったですから、物事を決めるのにも、その場の空気で決まってしまうところがあります。(ただ、その空気ばっかりで決まることが度重なると、今度は一気に不満が表面化した結果、瞬間爆発して、振り子が一気に逆方向に振れる、ということになります。)ですから、西のほうは長いこと変わらない時期が続いたかと思うと、突然一気にそれまでの仕組みが変わる、ということが起こります。
もうそろそろ日本人も自分たちの考え方とか思考の方法、っていうものを客観的に眺めて、どうするのがいいのか、ということを考えないといけない時期に来ているのではないでしょうか。西洋の方法は、たって、根本のところがわかっていなかったらどうしようもないじゃないか、って思います。きっとでぃぺーとも東のほう、たとえば東京あたりではもてはやされるかもしれません、が、日本全国で考えた場合、一時の流行みたいなことで済んでしまうような気がして仕方ないんですが、、。

Posted by: 謙介 | 12. 11. 30 at 오후 3:26

なんだか、歯痒い感じですよね。
日本人がディベートって、全然合わないですもん。
これが、外資系の会社だとか、海外との仕事をするために、ってことならわかりますが、日本の普通の社会の中で果たして必要なのかと…。
同じアジアの隣国を見ても、日本の以心伝心的な柔軟な思考って言うのは、はるかに文化的でかなり高い能力だと思うのですが…。
対外的な戦力手段として、考えるならばまだしも、日本の教育に持ち込むのは無理がある気がしますね。
ちなみに、体育の授業にダンスを持ち込むって言う発想も、もう勘弁してくれって言う気持ちです…。

Posted by: まさぜっと | 12. 12. 02 at 오후 7:04

相手の考えを察してっていうのは、同じ物を見て同じように思う人の集団でないと成り立たないところがありますから、人種や宗教の違う人の集まった所では、とことん意見を言い合う必要はありますよね。言わないでいたら相手のいいようにされますもん。お互い察し合ってうまくいってた日本人には厳しい文化です。
ただ、今の若い人(ああおばさん臭い嫌な言い方!)って理路整然と自分の考えをまとめて話すことが苦手な人が多い気がします。「…って感じ?」とか「…みたいな」なんて言い方で言葉の責任から逃げてしまうことが多いからかもしれません。ディベートっていうのはちょっとそぐわないかもしれませんが、相手の話を良く聞いて、それに対してきちんとした意見を相手に解るように述べる訓練としてはいいかもしれません。
謙介さんお久しぶりです。お身体はいかがですか?ご無理をなさらず、ぼちぼちと。

Posted by: アリクイ | 12. 12. 03 at 오전 11:24

---まさぜっとさん
日本人がディペート、についてああだ、こうだという前に、人の話をよく聞いて、ちゃんと要約できる方法と、いろいろな話や情報を聞いた中から、自分の意見を総合的に判断しながらまとめることができる、という前々から国語の授業でやっていたことをもっときちんとしておかないといけないような気がします。 まさぜっとさんのおっしゃるように、違う文化風土のものを移植しても、結局、それこそ木に竹をついだ、ということになってうまくいかない、って思うんですけどね。 で、実際現場を見ると、そういう試行錯誤の失敗の連続だったりするんですよね。小手先をいじってどうするんだよ、って思います。

Posted by: 謙介 | 12. 12. 03 at 오후 12:23

---アリクイさん
こんにちは。 体調は、相変わらずの低空飛行なのですが、、低空でも飛行できているからまぁいいや、と思って何とかやっております。
俺もアリクイさんのご意見に全面的に賛成です。自分自身もいろいろな国の人と一緒に仕事をしてきたのですが、そこから得られた自分なりの考えは、アリクイさんのおっしゃるように人の話をよく聞いて、ちゃんと要約できる方法と、いろいろな話や情報を聞いた中から、自分の意見を総合的に判断しながらまとめることができる、ということだと思います。相手の言葉をよく聞いて、自分の考えをきちんと説明できれば、そこがまず第一の要諦だと謙介も思います。感覚とか、自分たちだけに通じる言葉でなくて、言葉を選んで誤解のないように過不足なく自分の意見を伝える。 これが誰に対しても一番大切だ、と俺も思います。アリクイさんの意見に全く同意です。 

Posted by: 謙介 | 12. 12. 03 at 오후 12:32

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