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12. 11. 26

庭を見に行く (2)

やがて襖が開け放され、その向こう側の
座敷の戸もあけられ、庭が姿を現しました。
この庭を造るために重森さんは半年、この家に
仮寓して、人夫さんたちとああでもない、こうでもない、と
考えをめぐらしたのだそうです。

前日に作った石組みを次の日には全部崩してしまった日も
あったとか。

この庭にはいくつかのその後の重森さんの作庭の
基礎となった技法があるそうです。

そのひとつがこの部分。

Niwa2_1


この家から西に1.5キロほど行くと川があります。
川といっても、もうその辺りは最下流で河口に近い
ところです。なので、川の石も上流のように大きくて
角ばった石は少なくて、丸くなって、そう大きくない石ばかりです。
その川の河原で拾ってきた石をこうして敷いています。
この庭の作庭以降の重森さんの庭にこうした
河原の丸みを帯びた長めの石を敷き詰める、という技法が
出てくるのですが、この庭でそれを考え出したのだそうです。

それから、この部分。
Niwa4_1

 
石と石の間の目地に紅殻(べんがら)を入れてあるので
ちょっと赤いです。

この庭は、中の島のように見えるのが亀なんですね。
亀が蓬莱に行くさまを庭にして表していると、
いうことなのだそうです。

Niwa3

この砂であらわした部分が海で、石を敷き詰めた部分が
州浜です。
ちなみにこの砂は5年に一度洗って白さを保たせるのだとか。
庭って本当にメンテナンスが大変です。
夏に京都の相国寺、秋のはじめに
奈良の法隆寺に行きましたけれども、
二つのお寺とも大きなお寺ですから、
もう通年で植木職人さんが入って、どこかの
木の剪定とか、刈り込みをしている、という
ことでした。それくらい大変なんですよね。
お寺はそういうお金もあるでしょうが、
この家は個人の家ですから、そうした維持管理が
本当に大変だと思います。よしんば文化庁から
何がしかの補助が出るにせよ、あくまで補助で
あって、大半はこの家の持ち出し、ということに
なるでしょう。文化を後世に伝える、ということは
口では簡単なことですが、本当にその実
実際のことになるとお金が非常にかかります。
そうしたことを黙って今までされてきたご苦労
「私の使命はこの庭を後世に伝えることだけです。」
と言い切ったご当主の言葉、本当に心が
動かされました。


庭の向こうには、ちょっとしたついたてを作って
庭を分割して、その向こうが茶室になっています。
茶室の空間と庭の空間を分けることで
茶室の空間の独自性を高めているわけです。

Niwa1
これはお茶席の待合です。
茶会に招かれた人は、ここで亭主がどうぞ、という案内のあるまで
暫時待ちます。
この暫くの間の時間に、招かれた客は心を整え、
茶室に入るための準備をするのです。

土地があれば、道行というのか通路があって、そこを渡り石で
ぽんぽんと歩いていって、離れた場所に茶室をつくる、
ということが理想なのですが、いかんせん街の真ん中の
この限られた空間ではそういうことをするわけにもいかず、
こうして庭の空間を断ち切ることで、庭の空間、茶室の空間
と独自性を持たせた、ということのようです。

さて、茶室に入ってみましょう。
茶室は三畳ほどの空間で炉がきってありました。

Chashitu
壁が汚れたようなしみがついているのは
わざとです。壁土の中に鉄の粉を混ぜてあるそうです。
その鉄分がさびて、壁に独自の風合いを生み出しています。
茶室と言うのは「粗末な田舎の家」のような風情が好まれますから
こうした感じを出すのが特に好まれるようです。

この茶室なんて、わざとそうした芸をしていますが
うちの家なんて、そんなわざとらしいことをしなくっても
自然にそうなってますけれども。(笑)


あ、それから脱線ついでに。
最近「ゑばんげりおん」がどうのこうのとあちこちで話題に
なっているようですが、
大体が謙介の仕事場の家の住所なんて
町名からして「ゑばんげりおん」ですもん。
えっへんです。(何を自慢するやら、、。笑)

それにしても、、ゑばんげりおんって、まさか
アニメのタイトルだろ? 
とか言うんじゃ、、ないです、、よね?


それから実家からそう遠くない場所に
コメ○珈琲店ができかかっていました。
話を元に。

この日は見学者が8人だったので、さすがに三畳の茶室では
お茶を、、というわけにもいかず、別室の座敷で
お茶(抹茶)をいただきました。
Akikodachi


お菓子の銘は「秋木立」だそうです。
どこのお菓子ですか、と、聞いたら、
この街で一番格式のある和菓子屋さんのものでした。
さすがに意匠も本当にきれいでしたし、
食べてみてもおいしかったです。

このお庭、登録記念物に答申されたそうです。

すっかり庭を堪能して
ありがとうございました、と
お礼を言ってこのお宅を
後にしたのでした。

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いなかのせいかつ」カテゴリの記事

Comments

イサムノグチさんとこのお庭、そのような関係があったのですね…。素晴らしい庭ですね。
勉強になりました。
お庭の維持もほんとうに大変な努力が必要になりますね…。 僕は庭がない家に住んでますので、お庭の豊かなお屋敷を見ると羨ましくなります。小さな箱庭作りでもをすると、お庭がなくても豊かさはふやせるでしょうかね…汗笑。

素敵なお庭の日記、楽しみました。

Posted by: ホーリー | 12. 11. 27 at 오전 12:02

和菓子ばかりに目が行ってしまいました(^_^;)。
美味しそうですね。
中が漉し餡のような透けかたですね。
もう1個下さい、は茶の席ではNGなのでしょうか。

お庭の管理は大変だと思います。
片付けのできない自分はきっと雑然とさせてしまうでしょうし、greeのハコニワすらまともに管理できないので、きっと箱庭造りも無理でしょう。
侘び寂・風情とは程遠い自分ですが、そういう世界に憧れる歳になってきました。

Posted by: タウリ | 12. 11. 27 at 오전 9:58

---ホーリーさん
確かに庭があるとこころの潤いとか、四季の移ろいも感じられていいのですが、問題はそのメンテナンスです。京都の有名なお寺はもう1年365日毎日のように植木屋さんが来て、松の剪定をするとか、苔の水遣りとか、本当に管理を細かくなさっています。そういう丹精があってはじめて、庭はすばらしい、ということになるのですが、、庭はなくても、小さな盆栽を買ってくるとか、窓辺にポトスのような観葉植物を置くとかでも緑のある生活はできそうです。やはりカリカリとするだけの生活より、そういう緑の力で少しでもささくれだった心を回復するようなものがあればいいですよね。 

Posted by: 謙介 | 12. 11. 27 at 오후 2:02

---タウリさん
奈良の西大寺で春秋に大茶盛というお茶会があります。このお茶会、お茶のお茶碗、茶せん、その他お茶道具が全部通常より何倍も大きく作られていて、それが呼び物になっているのですが、、謙介も何度かそのお茶会に行ったことがあります。あるとき、隣に座ったおばさんのツィートに「あら、お菓子の大きさだけ普通やん。」そのボソッと言った声を謙介は聞き逃していませんで、思わず笑ってしまったのですが、、。お菓子は、その後のお茶をいただくためのいわばおまけなので、おそらくお菓子はひとつだけ、だろうと思います。 
 ただ、大きなお茶会になると、2席ある場合があります。最初のお席でお菓子とお茶をいただき、そこからちょっと離れた別の場所のお席でまた別のお菓子とお茶をいただく、と。こういう場合はお菓子を2ついただくことができます。
 京都に住んでいるときは、歩いたり自転車で行ける距離に庭で有名なお寺がいくつもあって、確かに庭を見る機会も多かったのですが、タウリさんのおっしゃるように、歳を経て、改めて庭を見てみると、感慨もあって、若いときの見方と全然違うことに気づかされるようになりました。でも世話が大変なので、観るだけにしている謙介です。

Posted by: 謙介 | 12. 11. 27 at 오후 2:13

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