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12. 11. 06

ふらふら旅(7)

建長寺の山門です。ここに来てとうとう雨が降りはじめました。

Kencho2


この山門、関東大震災で倒壊した、と聞いていますが、
そうだろうな、って思いました。 だって
ちょっと重心が上のほうにある感じがしません?
上層にくらべて下のほうが構造が簡単というのか、、。
また倒れるかもしんない。

Kencho3


やっぱりここも禅寺なので、伽藍の配置が一直線になっていますよね。

傘はもちろん持ってきていたのですが、傘をさして
撮影っていうのが面倒なので、とりあえず本坊に
走って行きます。
ここは、本坊のお仏壇の横にちょっとした座禅のスペースが
あって、来た人が自由に座れるようになっていました。
ここの庭も東福寺同様に新しい感じがしました。

Niwa


本坊から山門に戻る途中に門があって
ここから向こうが専門道場ですね。
Senmondojyo_1


雲水が修行をする一角ですから
在家の人間は立入りできません。

門には「嵩山」とあります。
嵩山は中国河南省、少林寺の裏山です。

その少林寺は達磨が修行をした寺です。
そうして裏山の嵩山の山の崖に対座して
達磨さんは座禅を組んで悟りを開いたのです。


30年近く前に謙介、少林寺に行きました。
あの頃は中国旅行というのは団体旅行に
限られていて、謙介も使節団の団員のひとり、
という資格で行きました。


いつだったか、その少林寺の辺が映ったテレビを見ました。
謙介が行ったのは何せ第二次世界大戦後、外国人が
少林寺に来たのはまだ2組目というような時期で、
本当に中国の山水画に出てくるような風景が
点在している場所だったのです。


嵩山が見えて、その手前の畑では
牛を使って畑を耕している風景がありました。
河南省の省都鄭州からバスで一日がかりで
到着したしんどさも忘れてその風景を眺めた記憶が
あります。

それが今ではすっかり俗化してしまっていて、、。
カンフー学校というものすら出来ていて、、
びっくりしました。

少林寺の拳法は、あちょあちょのカンフーとは本来
全く別のもののはずです。お寺でお坊さんの修行として
心身両面を鍛えるという目的で、学問としての仏教と
身体を鍛えるために拳法の練習があったのです。

ですから修行の手段として頭と体と両方を学ぶ、というところに
意味がありました。
だからああいう拳法をする人の格好って、お坊さんのスタイル
でしょ。 元が僧侶の修行のひとつだったわけです。
謙介が少林寺に行った時は
その時は、お寺を守っていた徳善老師と後4人の僧侶が
修行と読経をしながらお寺を守っていました。

文化大革命で宗教というものが一切否定される中、
迫害を受けながらも懸命に法灯を絶やさないできた姿勢はすごい、と
思ったのでしたが、、あれから歳月が経って
少林寺といえば、あちょあちょ、のカンフーしかない、
しかもそれがあの寺に累代伝わってきたものから遠く隔たったものに
成り下がってしまった。
あの状態を見てあまりに情けない、と
思いました。

まぁ宗教のない国で、しかも金儲けが好き、ときたら
あそこまで堕落してしまうしかないのでしょうかねぇ、、、

その少林寺の裏山が嵩山だったわけで、、
要するに、ここは「禅の修行を行うための道場」である、との
意思を示すために、この「嵩山」の額が掲げられているのだと
謙介は理解しました。

その専門道場前に鐘楼があります。

Shoro

これは国宝だそうです。

書家の比田井天来先生の顕彰碑です。
Tenraisensei


先生は一時期この建長寺の中にあった草庵に起居され
芸術としての書を確立されました。現代の書家の
重鎮となった先生方のそのまた先生ということでいえば、大抵
比田井先生に行き着きます。


雨がますますきつくなってきたので
最初は建長寺を見学して近くの円覚寺、東慶寺ももう一度、
と思っていたのですが、予定変更で、鎌倉の市内に戻る
ことにしました。ちょうどバスが来たので、それに乗りました。

が、鎌倉駅に着いたら、あれまぁ。雨がすっかり止んでしまいました。
き、きたかまくらに行きたかったのにぃぃ、と
思ったのですが、まぁいいや。
予定変更で、再び江ノ電に乗ります。


Enodenkamakura


七里ガ浜で降りました。
ここから西にちょっと行って、北の山のほうを目指してあるくと
旧前田邸を改築した文学館があります。
前田というのは、もちろん加賀百万石のあの前田家です。

前田家の別荘だったものが、戦後何人かの
人の手を渡って、、今は文学館になった、のだそうです。

今年の6月に京都大山崎のアサヒビールの記念館に
行ったときもそうだったのですが、今回も門を入ったら
すぐにトンネルがありました。 これって、
こういうトンネルを作るのがひとつの「形式」に
なってたんでしょうかね。

Bungakukan2


入ると緩やかなカーブを描いて自然に建物の
車寄せに行くようになっています。

Bungakukan_3

建物を南側正面から見たところです。

Bungakukan


これが前庭です。

Bunngakukanniwa

きっとここでガーデンパーティも
開かれたことでしょう。


中には戦前から戦後、現在に至るまで鎌倉に住んでいた
小説家・歌人のそれぞれの人物、作品を展示した資料館に
なっていました。 謙介の好きな小説家で高橋たか子さん
という人がいて、彼女も鎌倉在住のはずなのですが、、
言及がなかったのはどうして???


それから特別展示として、実朝さんの展示もありました。
Bunngakukan1

でも、きっとこの展示をした人がおそらく近現代文学の専門の人
だったのだと思いますが、いまひとつ、資料展示全体を
通して実朝さんの像が浮かんでくる、という感じではなくて、、
近現代の批評家の書いた実朝像はなるほどよくわかったのですが
実朝自体を理解できる資料展示だったか、というと
ちょっとその辺が弱い感じがして、、。
物足りなさを感じてしまいました。

思わず見てから、「え? これだけ? 」とか思ったり、、、。

まぁお文学館の中身はともかく、建物は一見の価値が
あるように思いました。

Bungakukan4


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