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12. 10. 19

われ、茶しばきに行けへんけ(その7)

Hojyo3

東福寺の方丈の前庭です。前にも言いましたが
東福寺、一度焼けていますから、この建物も、そう古いものでは
ありません。 明治の初くらいのもの。100年ちょっと、というところですかね。
左側に見えている唐門にしても明治天皇の奥さんだった昭憲皇太后の寄進
ですし、、。

方丈の正面に架かっている、扁額です。

Chosokushi

字は、南宋の書家、張即之の字と言われています。
謙介、張即之の書法ももちろん習ったのですが、うーん、
あんまり好きな書家ではなかったです。

下の写真を見ていただくと分かるのですが
字の骨格はきちんと整っているんですよ。
ただ、線の太さ、細さを強調しすぎるところが、
なんだか、奇をてらいすぎ、という感じがして、、。
あまり好きではありませんでした。

Syosyorimg1060

あ、でも、この扁額の字は、素晴らしいと思います。
形も格調高いですし、線が素晴らしい。
ほれぼれするような線だ、と思います。

方丈の西に行きますと、さっきの通天橋が見えます。
Tuten5

こちらが北庭。 東福寺の写真集に必ず出てきます、よね。
重森さんの作庭の代表作、とでもいっていい庭かもしれません。
昭和のはじめの作庭です。
Kitaniwa1


さらにもう一枚。
Kitaniwa2

こっちが東庭です。ね、午後から台風が来ることになっていたのですが
見たところ、台風が来そうな、という感じがあんまり、というか
全然しないでしょ。(笑)
Higashiniwa3

方丈を出て、今度は東福寺をさらに歩きます。
これが本堂。 仏堂ともいいますが、、。

実は禅宗の場合、本堂には何の仏像も
置かないのです。 でもまぁそれでは格好がつかない、
という消極的な理由で、後になてから薬師如来を安置するように
なりました。それもまぁ薬師如来だったら、お参りの人にも
ええんと違うかな、というような理由です。

Hondo

山門ですが、ここの山門は建物全体に対して屋根の比重が
大きいのだそうで、、その分雄大には見えるのですが
逆に、地震があったら、崩壊する度合いも高い、ということで
庇のところにつっかい棒をしてあります。

Sanmon

↓これが禅堂です。雲水が寝起きをしたり
座禅を組んだりする場なんですが、、
今は何か使っていなさそうに見えました。 
ひょっとして昼間で、雲水さん、それぞれの
分担の仕事をしているので、ここに居らず
それで人気がなさそうに見えたのかもしれません。
Zendo1

軒に鳴らしものの雲板が吊られています。
これが学校で言えばチャイム代わり。
時間が来たら何回叩くのか、ということが
厳密に決まっていて、その音で禅堂の雲水が
一斉に行動をします。
Zendo2

禅堂、と書いた扁額です。
前の東福寺の管長の福島(慶道)さんの字ですね。
福島老師、去年の3月にご遷化(逝去)されましたから、
まだ最近の方といえば最近の方です。
だからこの字の額もまだ新しい感じがします。
Zendo3

禅堂の南側には「東司」があります。
ここ以前は国宝だったんですよー。
今は法令が変わって重要文化財に
なりましたけど。

え? 東司って何なの?
ふふふふ。
Tosu1

中はこんな感じです。
Tosu2

その丸いところにしゃがむわけです。
え? しゃがんで何をするのか?
決まっているではありませんか。
うんこです。 


今は重要文化財ですが、以前はこの建物国宝でしたから
国宝の便所、ということだったわけです。
国宝の便所♪

ここは別名100人雪隠とも言われました。
一度にすごい人数がしゃがんでできるわけです。
なんか中国の田舎の便所みたいですよね。
謙介が以前行った、河南省の田舎の便所なんて、
周囲を隠す塀があって、中に入ったら、
4箇所穴があいているだけ。

雨の日に行ったら、おっちゃんが傘さしてしゃがんでいる
わけですよ。お尻出して。
そういうのが普通だったりします。
だもんで、ここも同じような構造、といえば構造ですね。


で、出したうんこはそのすり鉢状のところから
別の桶に移されて、農家の人が持って帰っていたわけです。
そうして、お野菜の肥料にしていた、と。
いやいや、馬鹿にしてはいけません。
この東福寺のトイレの大きさを見ていただいたらわかるように
結構な規模があったわけです。

ですから排出されるうんこの量だって、馬鹿にならなかったのです。
まとまった量が、それも一定にわたって出る、って
これはすごいことでした。
そのうんこを売って、東福寺は収入にしたり、雲水たちの食事用の
野菜の供給を受けていたのです。これとて立派な経済活動だった
ということです。(うんこうんこ、ってうるさい。)

で、ハングル版の案内が横にあったんですが、、
東司のことを「ファジャンシル」って書いていました。
Tosu3

うーん。いくらトイレはファジャンシルの意味よ、
っていうことになっていたって、、。
ファジャンシル(化粧室)というようなものではないですよね。
ピョンソ(便所)でいいじゃないか、って思いましたのですが、
だっていかにもピョンソ、っていう感じではないですか。

こっちは平成の東司ですね。
Tosu4

門を出て西のほうを見たら、今の任天○の本社が見えました。
Nintendo

東福寺から、JRの東福寺駅に戻ろうとしたときに
雨が降ってきました。最初は細い雨でしたが
駅に着く直前には、結構な降りになってきていました。
振ってくるのが遅かったので、おかげさまで東福寺を
拝観することができました。
一旦京都駅に戻って、次、どうしようかと思いました。

京都駅に着くと、電光掲示板にどんどん運休のお知らせが
出ていました。南紀方面、関空方面と軒並み近畿の南に
向かう列車はすべて運休になっていました。
しかしそれ以外の路線の電車も50パーセントの間引き運転だ、
と掲示にありました。みどりの窓口のほうを見たら、
急いで新幹線で帰ろうとするお客さんが来たのでしょう。
100メートルくらい行列ができていて、びっくりしました。

パーティは午後2時からだったのですが、
今、台風はどこにいるのか、わかりませんでした。
どこに行けば、その位置が分かるのか、、
京都駅には少なくとも分かる表示は一切ありませんでした。

京都駅に戻ってきたのが11時前だったのですが、
雨が降ってきました。
それでも、この段階ではまだ台風の雨という感じの
雨ではなくて、ごく普段の普通の降り方の雨でした。

その程度の雨にもかかわらず、
新しい京都駅舎は開放的な構造の建物なので
屋根のある駅舎内の中のほうに居たのですが
雨がじゃんじゃん降り込んできて服が濡れてしまいました。

京都駅を作るとき、たぶん建物のデザインコンペをして
いろいろな案の中から優秀作品を選んだのでしょうが、
そもそも建物内に居て、雨に濡れてしまうような
構造の駅舎ってどうよ、って思います。

しかも床は滑りやすい石です。
だから吹き込む雨のせいで床が濡れてしまって
滑りやすくなって、掃除の人がしょっちゅう床を
拭いていました。滑って転倒事故が起きる可能性
だってあり得ます。


京都駅、って、建て直す前の旧駅にはあった
駅の待合室、とか、座る場所、っていうのが
皆無なんですよね。

最近できた駅、って、待合所、というものが、
存在しない駅が多いですよね。
理由は分かります。
椅子があったら、そこでホームレスの人が
寝るからでしょう。

とはいえ、片方で椅子がなくて座れなくて
困っているお年寄りをその日も
何人も見ました。
そんな座りたかったら、駅の中のカフェに
でも行って座れ、ということなんでしょうかね。
そのほうがお商売にだってなるから、ということなのでしょうか。
ただで座りたければ、あの大階段に行ってでも座れ、
ということなのでしょうか。
ですが足もとのおぼつかないお年寄りはあんなところまで
行けません。障碍を持った人はあそこまで
わざわざ行かなければ座れない、ということなのでしょうか。
そんなところまで往復したら、どれほどの労力と時間が
かかるか。


最近の鉄道とか交通関係のCMなんて
やたら優しさだのハートフルだのとか言ってるくせに
実態は不便になるばかりですもんね。

やれやれ。
京都駅に居ても仕方がないので、まだ宴会の
開始までには2時間もあったのですが、早めに
市バスに乗って、会場のホテルに行くことにしました。

台風がさらに近づいて、雨風がひどくなって
行くのに難渋してもいけませんし、、、。
ホテルのロビーだと、ふかふかのソファもありますし、、。
バスに乗って、会場に行くことにしました。
しかし開式まで2時間も、、
それでも、ここよりはまし、と思って
とりあえず会場に行くことにしたのでした。

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Comments

便所のことを“東司”というのですね。
仏教用語にはほとんど縁がないので分からない単語が多いです。
とても勉強になります(^^)。
沖縄の“フールー”のように、立派なサイクルが以前は存在していたのですね。
現在は一方通行というか、戻ってくるときには悲惨なことが多々あるような気がします。
自然回帰が叫ばれて久しいですが、大都会を見ていると無理だと諦めてしまいますね。
国宝の便所、あの広さでは出るモノも出なくなってしまいます(^_^;)。
狭いところが落ち着きますね。

先日お知らせしていました件を、本日実行しました。
少し寂しく(正直なところかなり・・・・・)もありますが、一つの区切りとさせていただきたく思います。
しばらくは読者に専念いたします(*^_^*)。

Posted by: タウリ | 12. 10. 19 at 오후 10:20

---タウリさん
普通だったら、何かしらのお知らせがあれば、ありがとうございました、というのですが、タウリさんからお知らせをいただいて、やはりびっくりしたのと複雑な気持ちになりました。お知らせいただいてありがとうなんて、とてもそんなことは言えません。でも、小休止、と謙介は思っています。やがてまた立ち上がって、、という時期があるように思います。それまで、ちょっと足を止めて休まれたらいいと思います。東司はおそらく禅宗だけの言い方だろうと思います。同じ仏教でも真言宗とか浄土宗でそういう呼称は聞いたことがあまりないのです。便所に行くにも作法がいろいろとありまして、簡単なわけではありません。すべてが修行なので、そういうことになっているのですが、、でも、大のほうはやはり個室に限りますよね。あ、でも、アメリカに行ったとき、ワシントンのダレス空港のトイレに入ったら、大のほうの個室、顔の部分だけのドアしかありませんでした。後はむき出しでした。あれもちょっとなぁ、と思いました。

Posted by: 謙介 | 12. 10. 19 at 오후 11:57

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