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12. 10. 01

「いじめ」その後

大津のいじめの事件が明るみに出て以降
新聞に有名人の書いた
いじめに対する意見とか
いじめられている子への
語りかけが載った時期がありました。

中で、ちょっとこれは無理だろう、
って思ったのが
いじめられている状況から逃げなさい
って書いてあったものが結構たくさんあって、、。

いじめから逃げなさい、ったって
あのね、いじめられている状況から
逃げられないから、追い込まれてしまって
絶望した気持ちになって
自殺する子が出てくるわけでしょう?

逃げられないから困っている人に
逃げろ、って言ったって、、無理じゃないか、
って思うんですが。

いじめの関係が起こるのは、傍から見て
最初のほうは仲よし、と思われているところから
おこることが多いです。
二人の「程度」が似ているからいじめ、いじめられる
という関係になってしまうので、
最初から二人が水と油みたいに全然かけ離れた関係で
あれば、いじめという関係にはなりにくい、と思います。

それからいじめたヤツに
いじめたことをどう思っているのか、聞いてみたら
という記事もありました。

そもそもいじめた側は、面白がってやっているのでしょうし、
いじめて悪かった、なんて大して思ってないでしょう。
加えて人間、都合の悪いことは
なるべく忘れるか、自分の都合のいいように
思い出を作りかえるものです。

そうして「いじめられたヤツだって、態度がはっきりしないグズで
とろいヤツだった。」とか「鈍くさいヤツで何言われてもヘラヘラしとった。」
とか、いじめられたヤツのほうが悪かったように
合理化してしまうでしょう。
そんないじめたヤツに
話を聞いてみる、たってなぁ、、って思います。


前に高校の時の友達の結婚式で
たまたまですが、小学校の時に俺をいじめたヤツに
会いました。 そいつ、高校の時の友達と
大学が一緒だったのです。
向こうも知っていたでしょう。結婚式の席も
そう遠くなかったですが、一言も向こうは
話しかけてはきませんでしたね。
そんな自分が誰かをいじめてどうだったこうだった
なんて、話すわけないじゃないですか。

自分がやったこと、それもよくないことを
話す、なんて、よほど人間枯れてからでないと
無理でしょう。
こんないじめたヤツが自分の経験を話すのを
待つ、なんて、無理なの決まっているではないですか。
そんなおめでたい話があるわけない。

マスコミももうちょっと聞く人間を考えて聞けよ、
と思うのです。全然ピントのずれたような
アドバイスもらったって、、なぁ、、という気がします。

いじめって、後になってあれこれ聞いたって
調べたって、よく分からないのです。
だから何年も経って、いじめのことを聞いたって
そんなもの、いじめた側は自分の行動を合理化しているか
忘れ去っているでしょうし、、、
いじめられた側の記憶しか残っていないから
判然としないままに終わってしまう可能性が大です。

だからこそ、あった時にすぐに周囲の人間が
すぐに動いて
何かしらの指導をしなくてはならない、という
ことなんだと思います。

週末、台風が日本列島を駆け抜けていきましたが、
みなさんのところは如何だったでしょう?
タウリさんのおうちでは、被害があったようで、、
本当に自然の猛威は恐ろしいです。
やはり人間は自然の力の前にはひとたまりもないんだ
ということを自覚しておかないといけない、と
いつも思います。

29日30日と大阪・京都に行っていました。
普通なら台風が来ているし、もちろん旅行は中止したかったのですが
今回の旅行は恩師の古希の会で、しかも台風でもします、という
ことでしたので、大変なことになるやろな、と思いつつ
出かけたのです。
台風が来そうだったので、日曜日帰りでは朝のバスが
運休すると思って、前日の土曜出発にしたのでした。
(またご報告を書いていきたいと思います。)

帰り、京都から高速バスに乗るときはまだ、雨風がきつかったのですが
途中淡路島でバスが休憩したときは、すっかり晴れ渡った夜空で
中秋の名月を見ることができました。
もう10月ですね。 
その古希の会では先生はもちろん
先輩や同級生に会って、いろいろなことを話すことができました。
と、同時に話の中からいろいろと考えることもありました。
そんなご報告もしていきたいと思います。
なんだか旅行記録ばっかりのブログになりそうで、、(笑)
今日はこれにて。

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Comments

結婚披露宴で会った過去にいじめた側の彼、話しかけてこなかったとのことですが、きっと何か自覚は残っていたのかもしれませんね。
謙介さんが仰る“合理化”はその通りだと思いました。
いじめに限らず、人は行動や心情に不本意なことが起きたとき、まずはぶれるのを防ぐ反応を示すと思います。
僕は“正当化”と表現していましたが、事実に対して評価を与えるだけでなく、謙介さんが仰るような圧縮された記憶に基づいている場合は“合理化”が適切だと思いました。
その合理化に基づいた偏った理論武装を修正するのはかなかな大変です。
最近の新聞記事に出ていた「文房具などの持ち物を3回壊されていた」=「仲良し同士の悪ふざけ」という教師の認識、これは一般的な感覚なのかと疑問でした。

台風17号はものすごい強風でした。
昨年の13号も激しかったのですが、今回は風の方向がまともに窓に当たる向きだったため、かなり怖かったです。
ベランダの仕切り壁も風圧で一瞬のうちに壊れたようです。
破片が窓に当たってガラスを割らなかったことが不幸中の幸い。
割れていたら今頃家中がエラいことになっていたと思います。
台風慣れしている沖縄で80名以上が負傷ですから、やはり猛烈な台風だったようです。
謙介さん、無事に旅行日程を過ごせたようで良かったですね(^^)/

Posted by: タウリ | 12. 10. 02 at 오전 8:48

---タウリさん
タウリさんのおっしゃるように、たぶん彼の気持ちの中にも、そうしたこちらに対してやったことがあったのだと思います。謙介、運動が苦手でとろかったですし、ピアノを弾いたり本を読んだりで、今なら別にそんな男の子、普通にいる、と思うのですが、何せ野球とかバレーボールとか、運動をしない男子は「女の腐ったヤツ」で、加えて謙介は話し方が柔らかかったsですから、いろんなところでいろいろと言われたり、はっきりと暴力をふるわれたりしました。前にも書いたのですが、あの場が友達の結婚式の披露宴でなかったら、俺は詰め寄っていたと思います。責任取れ、と言っていたかもしれません。でも、冷静になって考えたら、おそらく俺がこんなふうに怒ってきたって、たぶん相手は「そんな昔のこと。」とか「ガキだったから仕方ない。」とか言ってごまかすと思います。ですが謙介自身としては、いじめた奴らは絶対に覚えているし、執念深いといわれようが、あの恨みは絶対に一生忘れないと思います。いじめまでのごくごく初期の段階では
「仲よし」と「いじめ」の差が判断つきにくいことはありますが、前にも言ったように、相手がこちらに何かしかけてきた時に、こちらが反撃できれば、それはいじめではありません。ですが一方的にやられる、というのはやはりいじめだと思います。
タウリさん、マンションの隔壁の破損状況、すさまじいものがありましたね。お体が無事で本当に安心しました。 しかしものすごい台風でした。また後、何個かくるようですね。 あ、頭が痛い。

Posted by: 謙介 | 12. 10. 02 at 오전 11:50

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