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12. 10. 30

ふらふら旅(2)

うちのブログ、ずっと読んでくださっている方は
オマエ、前にもここ来て見なかった?
ってツッコミを入れられそうなのですが、
ええ。二度目です。

もう一度、ちょっと見ておきたかった資料とかも
ありまして、、前の時は時間が足らなくて、、
もう一度見てみたい、ということで
お願いをしたのでした。

待合のベンチです。
さすがお役所です。
Bihin
確認はしなかったですが、きっと
備品番号が記入されたシールくらい
どこかに貼ってあったかもしれません。

以前は六本木にあった防衛庁が市ヶ谷に
やってきて、、しかし、まぁ大きい役所です。

ここだけで1万人の人が勤務しているそうです。
実は中央省庁の職員数の中で、防衛省って
全職員数、ってわかんないんです。
それから自衛官が災害で殉職した、とか
けがをした、という記事も新聞には一切報道
されません。
そういうの、公表しないんですよね。

中央省庁の再編で、文科省なんて、国立大学とか
研究所とか博物館を全部独法化して国から分離
させた(だから国立大学というものは無くなった、んですけどね。)
ために文科省の職員数、かつては98000人くらいいたのが
一気に2000人ちょっとにまで減ってしまいました。
でも防衛省は、、????

それからツアー開始時に、やっぱりなぁ、と
思ったことがありました。
ツアーの総勢は20人ちょっとだったわけですが、
「必ず団体行動をよろしくお願いします。
まとまって移動をしてください。」というご注意が
あったわけです。 (笑)

前のときは女性自衛官(きっと広報担当)みたいな
人が案内をしてくれたんですが、今度はたぶん
派遣の人じゃないですかね、自衛官、というふうな
感じの女性ではありませんでした。
その女性が3人ついて要所要所で説明をしてくれます。
それにプラス男性の自衛官(いかにも屈強そうなおっちゃん)
の人がさらに要所要所でものすごい大声で説明をしてくれました。

最初、庁舎案内図の前で全体の庁舎の配置に
ついて説明がありまひた。

Map1_1


これではよくわかんないですよね。
模型だとこういう感じです。
Mokei

で、真ん中のひときわ大きい庁舎が庁舎A棟で、
じっさいがこんなの、なわけです。

Achosha
すいません写真の構図が斜めで。
というのが正面からの撮影は禁止なんです。
なのでこのアングルから何とか全体を
入れようと思うと、こんな斜めのアングルで
撮影するしかないのです。

このA棟前の広場で外国の賓客が来たりすると
歓迎行事が行われたりするそうです。
で、この南側端に国旗掲揚台があって
旗の立てられるポールが3本立っているのですが、
その旗の立てかたも決まりがあって、
お客さんの来ない日は真ん中の高いポールに日の丸が
掲揚されるのだとか。その日の丸も晴天用の日の丸は大きくて
雨天用の日の丸は小型なのだそうです。
で、外国の賓客が来た場合は、左のほうにその国の旗、
右端のほうに日の丸で、真ん中の高いポールには
何も掲げない、んだそうで。その日は真ん中に日の丸の日
でしたからお客さんはなしよ、というしるしになっていたそうです。
一々、おっさん、ふーん、と納得してしまいます。

それから他の庁舎を見て、端にある市ヶ谷記念館に
行きました。
Kinenkan1

ここにあった旧陸軍省の建物の主要部分をつなぎ合わせて
移設した建物です。


入り口に旧防衛庁のときの門標が置いてありました。
Kanban1_1


この人、まだ生きてる、っていうのが、すごいです。
え? 字の感想ですか?
そんなぁ、大勲位のお方に、こんな人間が感想なんて言うの、
畏れおおくて、、、。 あははははははは、はーあ。
Kanban2


看板の日付から見て、三島事件のころですかね。

ちなみに記念館の2階にはこの門標がありました。

Kanban1_3

こっちは「看板屋」さんというのか、表札専門の職人さんが
書いた文字だと思います。
たとえば、「営」とか「陸」とか、横画が右上がりのまんまで
終わっていないでしょ。半分くらいまで右に上がっていますが
再び湾曲して最初の高さ(よりはややそれでも右上がり気味ですが)
戻っています。単に右上がりの字を書くと、
字全体のバランスが乱れます。
かと言って、右下がりの字を書くと、貧乏臭くて
貧相です。
この横画、極端に右上がりには見せないけれども
右下がりにはしていない。 
ちょっとしたことですが、その計算もしてあります。

それから表札全体と字のバランスが等間隔で
それぞれ配置されている。 その配置もよく考えられています。
そういうところでプロの表札屋さんか看板屋さんが書いた文字だと
思います。ただ書家の字じゃないですね。
文字の線はべたっとして表面的です。
書家の人間が書く線ではないです。

そんな感想を持ちました。


このバルコニーで三島事件のときに三島さんが演説して、その後、
割腹自殺したわけですね。
この中の講堂が極東軍事裁判の法廷になった
のは前に話しましたよね。

Kinenkan2_1

この地図はその軍事裁判のときに3部作られて、
1部は裁判のときに使われたそうです。
Map


で、その使われた地図は行方不明になった
そうですが、同時に造られた残りの2部が
地図製造会社の倉庫から発見されたので
1部を寄贈してもらってここにかけてあります、との説明でした。
ちなみにこの地図を製作した会社があの住宅地図で有名な
ゼンリ○だそうです。

Butai

舞台中央に天皇行幸の際の玉座の位置表示が
ありました。

舞台は箱根細工の寄木細工です。

Yosegi

裁判のときは記者の記録席だったそうです。
(今はまた元の形に戻した)

2階にあがります。
ここが三島の乱入した部屋。
ドアに残る彼が刀を振るったときにできた刀傷。
Mishima2
真ん中下に斜めにあるのわかります?

演説したバルコニー
Mishima1_1


玄関に旧防衛庁時代に
この建物に掲げてあった
桜の紋章と(戦前の陸軍時代はいうまでもなく菊の紋章)
その上の時計です。

Sakura


Tokei


この時計、陸軍時代は東・南・西の3方向に
建物の棟屋上にあったのですが
戦後は南の1面だけの設置に
変わっていたそうです。

記念館で1時間ほど見学して、自衛隊広報室、という
厚生棟にある資料室に行きました。
ここで東日本大震災の時の自衛隊の活動を紹介した
DVDを見て(7分間)下のお店のあるエリアで
15分ほど休憩。 スタバの兄ちゃんは普通の大学生の
バイト、っていう感じの人でした。ハロウィンが近いので
会社の方針なのでしょう、なんか小さい紙のかぼちゃのイラストの
入った帽子を被ってましたけど。

それで最後に東側の庁舎を見て(もちろん外から)
再び正門のところに戻り見学は終了しました。

終わったのが3時40分だったので2時間少々の見学
でした。

再び市ヶ谷の駅に戻り、ロッカーの荷物を取って
今度は地下鉄で新宿です。
ホテルにチェックインして部屋に荷物を置いて、
芝居のチケットを持ったら、出発です。
今日はここまでにします。


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