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12. 08. 01

意冨加牟豆美命

昨日は桃をいただきました。

桃は、皮が薄くて、ちょっとした傷で傷みやすいので
長距離輸送には向かないくだものですね。
でも、冷やした桃を食べるのは、この時期の
楽しみです。

香川の丸亀は桃の産地です。


Momo
写真を撮っておいて言うのもなんですが、
このアングルで撮影した桃、って
なんだかちょっといやらしい感じがしません?

あ、どうも失礼しましたぁ。
品性が、あんまし上品な人間ではないので、、
はぁ、、、つい変な想像をしちまったわけですが。

で、ですね。桃ですよ。もも。

桃は悪霊払いのくだものとして 
古くから特にくだものの中では別格とされてきました。

古事記に伊耶那岐命が黄泉の国に伊耶那美命を
たずねて、まだ二人での国づくりが終わっていないから
一緒に帰ろう、と言う場面があります。

そうしたら、伊耶那美さんが、「私、あなたを待ってたのに
あなたが来るのが遅いからさ、黄泉の国のかまどで
作ったものを食べちゃったじゃないの。でも、折角
来てくれたんだから、一緒に帰るわ。 黄泉の国の神さん
と相談してくるからちょっと待ってて。」とまぁ彼女は
そう答えたわけです。


その前段として、伊耶那美さんは、神さんを35人産んで
最後に火之夜芸速男神さんを産んだんですけど、
この神さん、火の神さんだったもので、産むときに
伊耶那美さん、おまたをやけどして死んでしまっていたのです。
で、黄泉の国に彼女はいたわけです。

それで伊耶那岐さんが、まだ国づくりは終わってないから
戻ろう、と、言ったら、ちょっと待ってね、黄泉の国の神さんに
言ってから帰るから。 でも見ちゃいやーよ、って言って
御殿の中に行ってしまったんだけど、、

待てど暮らせど彼女が戻ってこなーい。
で、待ちあぐねた伊耶那岐さん、とうとうその御殿の中に
行ったんだけど、暗くてよくわかんないから、自分の髪に
挿していた櫛の歯を折って、それに火をつけたら、、

 蛆たかれこころきて、頭には大雷居り、
 胸には火雷居り、 腹には黒雷居り、
 陰には析雷居り、 左の手には若雷居り、
 右の手には土雷居り、 左の足には鳴雷居り、
 右の足には伏雷居り

とあります。身体中に蛆がたかっていて
頭、両手、両足、おまたの八ヶ所に雷がいた、と
まぁ、要するに「びっくりするようなすごい姿に成り果てていた。」
のですよね。で、彼女は、「見たな~~~」と言って怒りだしたわけです。

昔話によくあるパターンです。
するな、と、言われていた禁忌を犯してしまう。

「ごらぁぁぁぁぁl」と怒って追いかけてきます。
にいちゃん、こりゃ やばい、って逃げ出します。
それで最初に予母都志許売(よもつしこめ)に後を
追わせました。 しこめは、当然「醜女」ですから
すんごいぶっさいくなおねいさんだったのでしょう。

で、まてぇぇぇぇぇと、そのぶっさいくなおんなの人が
追っかけてきた。伊耶那岐さん、まずい、って思ったのでしょうね。
黒い蔓を投げたら、それが山ぶどうになりました。
そのぶっさいくな女の人が、お、ぶどうじゃぶどうじゃ
って言って、ぶどうの実を食べている間に
さらに逃げました。 でも、そのおんなの人ますます追って
きます。今度は髪の櫛の歯を折って投げたら
たけのこが生えました。またそのぶっさいくなおねいさんは
たけのこを食べます。すごいね。生のたけのこをむしゃむしゃ
食べるって、、掘りたてだったから柔らかかったのかしら。

伊耶那美さん、このぶっさいくなおんなは
食い意地がはっていて食べ物に目が無い、
追跡攻撃をさせるには不適当、って思ったのでしょう。

でもさぁ、こんな女の人いません?
なんか食べることだけはものすごく意地がはっていて
何をおいてでも食べる、っていうやたら太った女の人、って。
 
ふふふ。そんな女の人、大昔から居たっんだって。

こんなこと考えながら古事記読んでたら
とっても大昔のことなんて思えなぁい。

こんどはぶっさいくなおねいさんにかえて
さっき自分の身体にいた8つの雷さんと
黄泉の国の軍隊をセットにして、追わせる
ことにしました。
まてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。

伊耶那岐さん、刀を抜いて、後ろ手で振って
(おそらくこれは邪気を払う呪術でしょうね。)
逃げたんですが、そんなもの、何の効き目もない。

で、よもつひらさかの下に来たときに
そこに生えていた桃の実を3つ、
追ってきた軍隊に投げつけたら、
みんな逃げ帰ってしまった、、。

で、伊耶那岐さんは
はぁはぁ言いながらも
桃の実に向かって
「葦原の中国(なかつくに)に住む、すべての生ある人が
苦しい目にあって、苦しみ悩むときは助けてやってくれ。」って
言って、桃の実に「意冨加牟豆美命」(おほかむずみのみこと)
と名前をつけました、と。

くだものの実に神様の名がつく、というのは
そうそうあることではありません。
それくらい桃は特別な霊威のあるくだもの、
とされたわけです。

で、このお話、まだもうちょっとあります。
軍隊&雷のセットが「桃攻撃」で逃げかえってしまったので
とうとう、伊耶那美さん、私がおいかける、
ということになりました。

それでも
くそおおおおおおおお、まてぇぇぇぇぇぇと言って
おっかけてきたので、伊耶那岐さん
1000人がかりでやっとうごくような岩で
その坂を封鎖してしまったの。

「ざまーみろっぉぉぉl。これで、こっちには来られねえぞ。」です。
伊耶那美さん、なんたって怨みを抱いて
いますからね。恐いですよぉぉぉ。
娘道成寺の清姫といい勝負ですわ。

「おのれはぁぁぁぁ。そっちの国の人間を1日に1000人殺してやるぅぅぅ。」と
言ったわけです。そうしたら伊耶那岐さんは負けじと
「だったらこっちは1500人の産屋を建ててやーーーる。」と
言い合った、と。 それ以降、人の世では1日に1000人亡くなって
1日に1500人生まれてくるようになった、と。

で、このよもつひらさかは、「今、出雲国、伊賦夜坂と謂ふ。」
と古事記に書かれています。

男、ってねぇ、、するな、見るな、って
言われているのを、つい見たい、って
思っちゃう習性があるんですねぇ、、。


ったく、辛抱が足りないというのか
スケベ心満載というのか、、。
昔から困った部分については、
全然変化がない。
学習していないにもほどがある。

あはははは。

まぁそれはともかく。
桃は悪霊払いの霊威のあるくだものでした。

うーん。桃を食べたし、これで、悪霊も退散したはずなので、
きっと謙介の人生は、飛躍的にいい方向に
むかうであろう、と思われます。

え?

むかうはずねえよ、って?
はいはい。俺の人生なんて
どうせ、そうですよーだっ。
分かってますってば。
言ってみただけ。

あーあ。 どうせ、、どうせ、、。

でも、ひとつ確定していることは
桃はおいしかった、ということ。
それだけは確たる事実、ということですかね。

もちっと哲学的に言えば
なんでもかんでも食べる女性というのは
その「ものを食べる」というときだけ、
現実感を感じる、リアルに生きていると
感じられる、ということもあるのではないですかね。

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Comments

 いやいや,桃よりも,ピン!と張り切ったというか漲った果皮の,テラテラした感じの漂う李やプラムの方が,色といい質感といい,いやらしさ満載でござりますぅ〜♪

 げふんげふん。
 イザナギさん,本音は「国づくり」じゃなく「子づくり」が残ってるから・・・だったのでわ・・・(ま,神様なのでどっちも同じですが 笑)

 げふっげふっ。
 醜女は,醜男と同じ使い方で,「醜い」というよりは,力強くて逞しい筋肉質なアマゾネスタイプの方々だったんじゃないかと想像しております。
 そんな方々に捕まったていたら,イザナギさん,精根尽き果てるまで「子づくり」に励まされていたかも・・・

 げっげっ。
 段々収拾がつかなくなって参りましたので,この辺で退散いたしまする・・・

Posted by: Ikuno Hiroshi | 12. 08. 02 at 오전 1:08

---Ikuno Hiroshiさん
えとですね。この周囲のクッションのようなひもの編んでいる部分がち、、の皮でですね。 まぁ、、ち、に比較したら、すももとか、プラムのほうがよりリアルなんでしょうけど、、。でも、ボク、よくわかりません。子づくり、そうでしょうね。 でも、35で「ほとのやけど」で終了していたわけですが、この「ほとのやけど」がなかったなら、いったい、どこまで、、で、あったのでしょう。 
この黄泉の国も今は地中のどこか、というのではなくて、平面上で、どこか、と、想像されている説もあって、、現に小学館の日本古典文学全集はその立場なのですが、、別に異次元なのですから、そこでリアルを追求しなくて、物語の「飛躍」があってもかまわないんじゃないの、って思うんですけどね、、。

Posted by: 謙介 | 12. 08. 02 at 오전 6:14

沖縄の神様の伝説も、「上」や「下」ではなくて「向こう」です。
海の向こうに神様のいらっしゃる「國」があるという考え方です。
神道の神様方、せっそうがないというか、人間味あふれる方々が多いですね。
男神も女神も、怨みをいだく神ってなんだか怖い気もします。
それが「祟り」や「天罰」という発想に繋がっていったのかもしれませんね。

火之神様を生んでお股に火傷なら、せっかくなら水之神様を双子の弟で妊娠したら良かったのに思います。
神様なのだからそれぐらいの工夫や操作があっても良かったでしょうに(苦笑)。
生のタケノコは堅いでしょうし、灰汁も強そうでガブリといく勇気がありません。

これからは桃を「意冨加牟豆美命」と呼ぶようにします。
「讃岐国丸亀之意冨加牟豆美命を1個ください」とスーパーで聞いたら売ってくれるでしょうか。
僕的にはマンゴーも神様なので、何か御名前を賜りたいところです。

Posted by: タウリ | 12. 08. 02 at 오후 9:08

---タウリさん
水関係の神様、実は結構多人数で、グループを形成したりできるくらいなんですよ。
海の神の大綿津見神にはじまって、水戸(みなとの)神の速秋津日子神、妹速秋津日子神。沫那藝神、沫那美神、、と全部で水に関係する神様、8柱おいでです。やはり、古代の人にとって「水」に関係したそれぞれ大切なものをつかさどる、ということで、特に関心が深く、その場に神の霊威を感じたから、こうした神様の信仰になったのでしょうね。
たけのこ、ですが、京都の南西の乙訓郡のたけのこの掘りたてのものは、生で食べられるんですよ。切っただけで、おしょうゆをつけてたけのこの刺身、といって食べるくらいです、、。でも新鮮さと時間の勝負で、本当にそんなたけのこを食べようと思ったら、大変です。値段も高いし、、。
マンゴー古代の人は、どんな名前をつけていたでしょうね。

Posted by: 謙介 | 12. 08. 02 at 오후 11:46

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