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12. 07. 31

感情と身体と

今日は書道のお話です。

実は字を書いているときに、
ひょっこっと「自分の気持ちが」出てきて しまうことがあります。

出てきてしまうことがある、というより起こる、という感じなのですが。

「なんでこんな字を書いているのだろう。」とか。
急に思いはじめてしまうのです。

どこかで最初ひっかかりができてしまうのです。
そうしたらひとつひっかかってしまったら、
そのひっかかりが次へ次へと伝播していって
どうしようもなくなってしまうんです。

そうなると字が急に字に見えなくなってきてしまって
単なる図形にしか見えなくなってしまうのです。 

自分の身体がその感情に影響を受けて、
字を書きながら、頭で別のことを考えはじめてしまいます。

そうなると身体の動きと気持ちがちぐはぐになって
しまうのです。 
それは、本当に予測不可能で、何かの加減で出て
きてしまいます。 
しかし、それは勢いに乗って字を書いているときって、
そんな感情は出てきません。
調子がいいときなんて、そういう感情は起こりようが
ないのです。なぜならば、勢いですべてをねじ伏せてしまいますから。 

どうなってそうなるのか、それが分かったら苦労しないのですが、、。
しかし何かの加減で、その気持ちがひょっこり、顔を出すことがあるのです。

そうなると本当に厄介なことに なります。

字を書こうとしたら、一々気持ちに引っ張られるものですから、
身体の動きがお留守になって しまうのです。

身体の動きと感情がちぐはぐでばらばらになってしまいます。

ですからそうなるとまともな字はもう 書けません。
気持ちは気持ち、身体は身体、
全然協調した動きにならないのです。

以前はそれでも書こうとして、がんばったことがありましたが、
結局気持ちだけ焦ってしまって、、、。
そりゃそうでしょう。頭と身体がばらばらな動きをしていて、
字なんて書けませんもん。

不思議なんですよ。そんなこと爪のさきほど考えないときも
あるのですが、逆にそんなことが気になって仕方がないときも
あるんです。 
いやはや人間の感情と身体って、本当に不思議です。

え? そんなときはどうするのか? 

いくらがんばってもそういうときは、より一層ひどくなるだけなので、
最近はそういうふうに なったら、スパッと字を書くのをやめて
片付けてしまうことにしています。
だらだらやっても仕方ないです。はっきり言って時間の無駄です。
それなら気分転換に別のことをしたほうがよっぽどいいです。


ただ、字を書く作業は個人のことなので、そこで
スパッとやめられるのですが、
それがたとえば運動選手の大切な本番中に来たりしたら、、。
もっとはっきり言ってしまうと
オリンピックの本番に来たりすると本当に困ったことになりますね。
 
試合の中で、競技中にふっとそんな状況が
何の前触れもなく起きた、と。

そうした時の意識の切り替えって、選手それぞれ
どうしているのでしょう。

北島の泳ぎの録画を見ながら
ふっとそんなことを思いました。


これから彼はどうやって
そのちぐはぐになってしまった身体と気持ちを
立て直して試合に臨むのでしょう。

そんなことを考えながら、彼の泳ぎを
見ているところです。

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