ここが天王山 ! (2)
この美術館の入り口には小さな句碑が建っています。
その句碑の大きさ、自己主張するでなく
それでいて目に入ってくる品のいい大きさで
いいなぁ、と思いました。
加えて句碑の字も素晴らしい。
「宝寺のとな里(り)爾(に)すんで桜可(か)那(な)」と
あります。
漱石・鏡子夫妻がこの建物に招待されて
来た時に漱石が詠んだ句だそうです。
筆跡はおそらく漱石のものだと思います。
さて10時になりました。
門番の方が、「いらっしゃいませ」といいながら
門を開けてくださいます。
ただ、この門をくぐったらすぐに美術館がある、というのではありません。
しばらく木々のトンネルを歩きます。
でも、本当に緑がきれいで、しかも風が適当に吹いていたので
暑くて、しんどくて嫌、という感じにはなりませんでした。
ゆるやかな坂を上ったら、やがて正門が見えてきます。
これがアサヒビールの美術館
大山崎山荘です。
大山崎山荘は、大正時代から昭和にかけて、
大阪の実業家だった加賀さんという人が築いた
英国風の広大な邸宅でした。
この加賀さんという方がアサヒビールの会社設立に
かかわった方だったのです。
その方の没後は、加賀家を離れ、会員制のレストランや
企業の保養施設として用いられていたのだとか。
ところがメンテナンスをしないまま長年放置された
時期があって、建物が傷んで、一時この建物を
壊して、マンションを建てる、という計画が持ち上がりました。
それはいけない、という地域の人の活動があって、
その後アサヒビール株式会社 、京都府、大山崎町が
山荘を購入し、安藤忠雄さんの
監修による修復作業を経て、1996年に
山荘美術館として文字通りのリニューアルオープンに
なった、ということだそうです。
イギリスの邸宅建築の本館にはバーナード・リーチとか
浜田庄司とか河合寛次郎、といった民芸運動の作家の
ものとか、李朝時代の陶器、食器の展示がありました。
新館のほうは同じく安藤さんが、設計された建物で
「地中の宝石箱」という名前だそうで、行ったときは
モネの睡蓮とかルノアールが展示されていました。
新館その1がこれ。
新館その2がこっち。
おそらくこの設計が伏線となって
謙介の実家の近くにある直島の
地中美術館の設計へと発展していったのでしょう。
聞いたらここの美術館、モネの睡蓮のコレクションでは
フランスのオラン ジュリー美術館に次ぐほどのものを
持っているのだとか。びっくりしました。
本館のほうは建物自体がもう美術館、というようなもので、
新館から戻って、もう一度部屋から部屋へ、何度も
移動してはあっちこっち見てまわりました。
ちょうど地元の中学生が野外学習でここに来て
外の庭でデッサンをしていました。
(学校がお休みのはずの土曜なのに、集団で、、一体なんだろう? )
美術館で絵葉書と、新館の設計者である
安藤さんの本が売っていたので、
買いましたら、
その本、安藤さんのサイン入りでした。
見学を終えて、今度は隣の宝積寺に行きます。
が、この坂がものすごく急で、
おじさんには堪える急角度でした。
登っていくと、標識がありまして、、。
ここから、左に行くと宝積寺(ほうしゃくじ)です。
別名を「宝寺」というそうです。
右に上ると、天王山。
そう、ここがよく天下分け目の「天王山」で使われるその
天王山の場所です。
前にお話した、阪急の大山崎駅からもうちょっと東のあたりで
本能寺の変で織田信長を殺した明智光秀と
備中高松から引き返してきた豊臣秀吉がここで
合戦を行ったのです。山崎の合戦ですよね。
このときに秀吉側の陣地が置かれたのが
この宝積寺であった、といわれています。
なるほど、ここなら合戦の場所が一望できます。
その解説を書いた案内板が美術館の入り口
漱石の句碑の反対側にありました。
今は宝積寺は静かな境内です。
山号が文字通り「天王山」です。
お寺から美術館に戻り、再びバスに乗って
JR山崎駅まで戻りました。
しかし、この坂、上るときものすごくきつかったですが、下るときも
膝ががくがくしました。
実はこのすぐ西側にサント○ーの山崎醸造所
があります。ウィスキーで「山崎」というのが
ありますが、要するにあのウィスキー
ここでできたものです。 この大山崎の場所は
水がとてもいいのです。
今回は時間が
なかったので、パスしました。
それにあそこは見学の後で、お酒の試飲が
できるそうですが、肝臓病で、酒は禁止されて
いる人が行っても、、ねぇ、、、(笑)
と、いうことで
JRの山崎駅から、普通電車に乗りました。
ですが、この電車、高槻から変更になりました。
それまで各停だったのに、高槻以西は
快速網干行きになるのです。
帰りは早く大阪に着きたい、と思っていて、
高槻で新快速か、快速に乗り換えようと
思っていたので、好都合でした。
JR大阪駅から今度は地下鉄で心斎橋に出たのでした。
今日はここまでとします。
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