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12. 06. 20

テレビが壊れてもオレは知らんぞツアー(その2)

前回の石垣なのですが、
違うところから見るとこんな石垣です。

Ishigaki3


もうちょっと寄ってみましょうか
フェンスがあるのでねぇ、、。
Ishigaki4
じつはこの石垣が大昔の坂出の海の岸だった
そうです。たって、今では住宅街のまんなか
なのですが。江戸時代はこの石垣から南側が陸地で
北は遠浅の海だった、と。その遠浅の海を埋め立てて
塩田を作った、ということだったそうです。
こんな石垣、こういうふうによく知っている人に
教えていただいて、はじめてどういう
由来のものなのか、ということがわかります。

路地を歩いているとお昼が近いので
あっちこっちの家からおいしい匂いがしきました。
なんだかたまねぎを炒めているような匂いとか、
おしょうゆを使って何かを甘辛く煮付けるような匂いとか。

この道が、もともとの国道だった
この街のメインストリートだった、と
聞いてびっくりしました。

Kokudo


この道は四国八十八か所巡礼の遍路道でもありました。
Henromichi

だんだん商店街のほうに近づいてきました。
水○の醤油屋の前に来ました。
Mizuo


渡ったら、鮮魚の行商をするいただきさんに会いました。
坂出にもいるんだ、と、ちょっと新鮮な驚きでした。
Itadakisan


醤油屋の前にこれは戦前の建物でしょうね。
元歯医者さんだった建物がありました。

Haisha
できたときはきっとハイカラな先進の建築だったに
違いありません。

これから、試食編のほうに移ります。
と、言ってもやはり食べ物屋さんは街中にあるので、
商店街のほうに戻ります。

途中、変な電柱はけーん!!!
Denchu1
家が建っていた。
でもそこに電柱を設置しなくてはならない。
たかが電柱程度で家の改造はできない。

わかりました、
というので、電力会社が電柱をうにょらーと
捻じ曲げてしまったのです。


一本だけではありません。
Denshu2

で、その家は古くなってとっくに壊されてしまって
今は駐車場になってしまいました。
そしてうにょらー電柱が2本、そこに在るのです。


商店街に入って行ったのは駄菓子屋さんでした。
Masuda

こんな店を見ると、最近では「昭和の匂いがする」とかいうらしいのですが
謙介、あんなふうになんでもかんでも古けりゃ昭和、
って言ってしまう言い方、というのか、言ってしまうセンスが大嫌いです。

平成になったから、と言って劇的にすべてのものが
変わったのですか?
すべての仕組みが急変したのですか?
10年、20年とかけて、少しずつ変化していったわけでしょ。
変わるものばかりではありません。
時を経ても変わらないものだってあります。
じゃあ、


歴史学の立場で言えば、
大体改元があって20年くらい経ってようやっと
次の時代になった、というふうに考える、というのが
基本的な考え方ですし。

大体が、昭和のにおい、なんて言ってる人間が
昭和生まれだったりします。
そうしたら、あなたの今は、もう人生たそがれていて
ノスタルジィの彼方の人なのですか?

そうじゃないでしょう?
あなたは今を生きている。
過去の懐かしい映像の中に
生きていた人ではないはずです。

俺ね、なんでもかんでも昭和の懐かしさ、
って言われると、なんだかなぁ、って思って
しまうんですよ。
なんでもかんでも懐かしいものだったら
昭和、って言われてしまうと
マーケティングの会社の思惑がぷんぷん匂って
しまうんです。

以前はこの辺に映画館が4館あって
それはそれは人通りが多かったそうです。
坂出の商店街中でも一番人通りの多かった
目抜きの場所だった。けれども映画館が
どんどんなくなってしまって、人通りもすっかり減って
しまって、、ということでした。

いつごろ、人が多かったのですか?
と聞いたら、やはり1970年代初めから、1980年に
かけて、というお話でした。

「ここはげんこつ飴が人気でねぇ、、」という
坂出の人の話でした。


それから横にはピーナッツ屋さんが


Nankinmame

ありました。考えたらすごいですよね。
都会ならいざ知らず、田舎の街で
ピーナツだけで商売が成り立っていたのですから、、。

あ、そうそう。この辺って、ピーナッツはどうやって食べるか
知ってます? 

この辺、って生の南京豆、スーパーに売っているので
それを買ってきて、レンコンやにんじんと一緒に
五目の煮豆にします。 
これが結構おいしいんですよ。

というような話をしていたら、
最初のお店。しんす○園にきました。

Shinsui1

ここはお茶の店なのですが、
店の半分で「お茶を使った料理」を出していたり
します。ここでは、その自家製の抹茶を使ったソフトクリームを
いただきました。
市販のソフトクリームより濃い味がしました。
Shinsui3


ソフトをいただいて、商店街をさらに南に行きます。
今度はヨシダ○ーカリーです。

Yoshida1

ここでは揚げたてのドーナツを。
ここにはドーナツ製造機という機械があって
それで製造しています。
こんなの。

Yoshida2

左の筒の中から油槽の中にうにょーっとリング状のドーナツの
種が落下します。
Yoshida3


で、その油槽の中は、左から右に流れる流れができていて
その流れの中をドーナツは揚がりながら泳いでいくのです。
何分か経過する距離のところに熊手のような装置があって
それがドーナツを持ち上げ、今度はひっくり返して
右の油槽に移します。
そうして裏側も揚がって、最後にベルトコンベアで油槽から
揚がって、砂糖のお皿の上に落下する、という仕組みです。

Yoshida4


その砂糖をまぶす作業は、手作業のようです。


お店のおばちゃん、大興奮で
われわれを迎えてくれます。

早速揚げたてのドーナツをいただきます。
Yoshida5


ぱくっと、、。
Yoshida6


う、うんまい!

ドーナツができたら、「まぁ、1個言わんと何ぼでも
食べてちょうだい。」

ということでパクパクとドーナツ呼ばれてしまいました。
だっておいしいんだもん。

おばちゃんからこの店の歴史についての説明を
していただきました。 今のこのおばちゃんで
3代目なのだそうです。
初代の方が大正時代にアメリカのフィラデルフィアに
パン修行に行って帰ってきて、パン屋を開いたのだそうです。
(どうしてフィラデルフィアだったのかは聞き漏らした。)

Yoshida7


この賞状は、昭和のはじめにあった
お菓子の博覧会で優秀賞をいただいたときの
ものだそうで、何年か前に、この辺が火事に
なったとき、燃え盛る炎の中から
この褒状額だけ、抱えて避難をしたのよ、
ということでした。

これがパン屋さんのディスプレイなんですけどね。
Yoshida8


何がびっくり、って、このパン、ろう細工の
食品見本じゃなくて、本当の食べられる
パンなんですよ。
Yoshida9


ということで、長くなったので今日はこれにて。

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Comments

海岸というか、塩田の周提だったのですね。
これは説明を受けないと分かりません(笑)。
この地域は塩田の上に住宅地ができた場所のようですが、塩害は大丈夫なのでしょうか。

抹茶のソフトクリーム美味しそうですね。
お茶屋さんが作っているというのがいいです!
お茶の風味を活かしながらクリームと混ぜるのは芸術です。
そしてドーナツも美味しそう。
素朴な見た目で、作り方からすると味も素朴なのでしょう。
男子もドーナツも素朴が一番!!!(*^_^*)

失礼しました(+_+;)

Posted by: タウリ | 12. 06. 21 at 오후 5:22

---タウリさん
塩田から宅地になってからもう百年以上経っているようなので、もうさすがに大丈夫だとは思います。ドーナツ、さすがに揚げたてでおいしかったです。(とってもおいしかったので、調子に乗って4個も食べたアホがおりますが、、笑) 味も素朴なドーナツでした。ミスドよりこっちのほうが好きかも、、。 本当に「男子もドーナツも素朴が一番!」ですよね。

Posted by: 謙介 | 12. 06. 21 at 오후 9:34

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