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12. 05. 01

ようやくのおかいもの

先週、友達に送るものを買いに行こうとして
いきなり他の車にぶつけられた話を少し書きました。

以下のようなことです。
事故の起こったのは交差点の近くです。
(交差点から10メートルくらい手前)
俺は真ん中のレーンを走っていました。
そうしたら、いきなりショックがあって見たら
右のレーンにいた軽ワゴン車がぶつかってきていた、
ということです。
俺の目の前で、ではありません。ドアがへこんだのは
俺の座席の後ろの部分から、ずーっとバンバーまでです。


で、相手が今何を言ってきているか、と言うと
いきなり確認もろくにせずにぶつかって
向こうの保険屋から「そちらの過失が3割ありますよね。」
といわれてしまいましたですよ。


で、向こうの言うのには、左へ出ようとするウインカー
を前から出していた、と。それでじわじわ出る意思表示を
しようとしていた、にもかかわらず止らなかった俺に
3割の過失があるのだそうで。

その前に上司に事故のことを報告したときに、上司が
「多分向こうは謙介が3割くらい悪い、って絶対に
言ってくるから、交通法規とか、
どういう状況でぶつかってこられたか
調べておいたほうがええで。」と
アドバイスしてくれていました。
そうしたら、上司の言った通りの展開です。


いいですか、道路交通法の30条に、
「車両は、道路標識等により追越しが
禁止されている道路の部分及び次に掲げる
その他の道路の部分においては、
他の車両(軽車両を除く。)を追い越すため、
進路を変更し、又は前車の側方を通過してはならない。 」
ってあるんですよ。で、その3番目に、交差点、
「踏切、横断歩道又は自転車横断帯及びこれらの
手前の側端から前に三十メートル以内の部分」
と指定があります。

横断歩道のある交差点ですから、その手前
30メートルの範囲は、右折しようとする車を
追い越そうとして、別のレーンに進路変更して
入ってくること自体禁止でしょうに?
 
禁止事項をやっておいて、しかも左右の確認も
ろくにしないでぶつかってきておいて、
うちに3割の過失がある、って
そっちが道路交通法違反でぶつかってきたわけだから、
こんな割合になるはずないでしょう?
って言って返しておきました。

それがねぇ、
うちの保険会社の担当さん、大丈夫なのか
と思うくらい、ちょっと頼りない感じで、、

姉にも報告したら、「こちらが入っているのに頼りにならん
保険会社やったら変えたらええのよ。うちは
東京海上なんたらやけど、ちゃんちゃんやってくれはるえ。」

損保会社にも交渉の力関係があって、やはり大手のしっかり
したところのほうが強いそうです。
大手はやはり保険料は確かに割高なんですけど、
万一こんなふうに事故になった時の保険料の払いとか
いざというときの交渉力とかになるとやはり大手のほうが格段に
交渉上手なんですよ。ということを別の人からも聞きました。

ということで、ちょっとこれについても検討しようかなぁ、
とも思っています。

まぁそういうことがあって先週は行こうとしたら買い物が
ふいになってしまい、その後の予定もすべてパアに
なってしまったのでしたが、この土曜日はちゃんと行くことが
できました。


前にもお話しましたが、今、謙介の地元の
街の商店街、目下改造中です。
一気に商店街を改造、というのは無理なので、
いくつかのブロックに分けて、
順次改造しているところです。

前にお見せした区画は北の端のブロックでしたね。
こんなの。

Arugame5
東西に商店街の上を回廊がかかっていて、その上から撮った写真です。


ここね、80年代はこんな感じだったのです。
Maru8001s

この商店街、延々と長くて、、
前に中島みゆきさんがここの商店街一体どこまで続くの?
いいかげん行ってもまだ続いてて、怖くなって引き返した
とコンサートで言ってましたけど、よその人が見たら
ええええまだ続くの? というくらい長いです。
単一名称だったら大阪の天神橋筋でしょうけど
商店街の総延長だったら、こっちのほうが長いと思います。


上の写真の同じ場所の現在がこれです。
Marugamemachidome


こないだ、逆の南の端のブロックの再開発ビルが
できました。


一昨年の夏まではこんな感じだったのですが、、。


Takamatsu_22

ここの商店街のお店の経営者の人たちは、すでに
1983年くらいから、将来的に買い物客は減るだろう、
ということを予想して、それではどうすればいいか
を話し合いながら、意見を集約してきた、と聞きました。
話し合いに15年くらいかけていろいろな意見を出し合って
ゆっくりとしかし確実に意見集約ができた、ということがやはり
大きいでしょう。

行政とか一部の開発業者の思いつきのような開発ではなくて
地元の人間自身の総意で意見を集約した、ということはやはり
大切なことではないかと思います。
それからこの商店街の店というのが、全国チェーンの店が
少なくて、ここが本店、という店が多かった、ということも
あって、この場所で営業を続けたい」というお店が
多かったのがよかったかもしれません。
全国チエーンの店は、客が入らないとなったら
さっと出て行きますし。
この商店街の土地の法整備については以前お話したので
繰り返しはしませんが、商店の連合会(上部組織)に
強い権限を持たせて、お店の配置をその連合会に
任せた、ということも特徴かもしれません。

例えばブティックの横に、精肉屋さんがあって
その肉屋がコロッケのお惣菜なんか店先で
揚げたらどうなりますか?
そのコロッケの匂いがブティックに入って、、と
店同士、揉める元になるでしょ。
そういうことにならないように、連合会が、ここにはこのお店
この辺にはこれ、ということで全て割り振って
決めていったのだそうです。

同じ品物を扱う店も1軒だけにしないで
複数入っています。
本屋さん2軒、食料品店5軒、銀行3軒
という具合です。


運営主体はそうやってすべて地元の商店街の
お店の人たちが基本方針とか運営方法を考え出して、
建物を設計したのは、東京の森ビ○がしたそうです。

それが同じ場所から撮った先週の土曜の写真です。
こう変化しました。


Marugame12041

商店街は1階から3階まで店が入っています。
そうして、西側の後ろには、マンションがあります。
マンションは全部で96戸あったそうですが、
すぐに完売してしまったのだそうです。
写真で言うと左側(東側)の商店街の上層階が
ビジネスホテルです。

実は前にねぇ、ここにフォアイエビル、
っていう全部ブチックの入ったビルが
ありまして、。

Photo

デザインは例のだみ声のアンドウタダヲさん設計の
ビルだったのですが、
開発の邪魔、ということで取り壊されて
しまいました。 


左右の店は空中にのびた回廊で行き来ができます。

Marugame12042


Marugame12045

この回廊も規制緩和の賜物なんですよ。

商店街のアーケード上にこういう
連絡通路を造ることは
法律上禁止だったそうですが、
この商店街の人たちが請願して
こういう通路を造っても大丈夫
ということに変えたとか。

でもたったこれだけのことをするのに
資料をそろえて国に出して、法律を変えて、と
これだけで16年かかったそうです。
本当にバカバカしいというのか、
なんというのか、、。


プレゼントは、やはり地元のものがいいだろう
ということで、あれこれ考えましたが
何とか決めました。
だってやはり自分で使っていて
あ、これはいい、と自信を持ったものを
差し上げたいではありませんか。

地元のちょっと変わった特産品を売る店も商店街の
中にありましたので、そこで買いました。
お料理好きな方でもありますから、、
甘いものと辛いものをそれぞれ買って
送ることにしました。
ようやっと買い物をすることができて、
こちらもホッとしました。

連休は、うーん。このところお出かけが多かったので
静かに家に居ようと思っています。

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Comments

そちらの商店街は活気があって良いですね。
うち町の商店街は錆びれるばかり。先日、市内で一番最初にできたアーケードが老朽化のため取り除かれました。
そのアーケード街、今ではほとんど商店がないので、新しいアーケードがかけられることはありません(;ω;)
損保の交渉力といえば、農○共済は交渉力が弱いとか。人事異動で共済部門に配属された人たちだから、損保専門の会社には太刀打ち出来ないそうですよ。ただ、田舎は事故の双方が農○共済って事が多いので、うちうちで話がまとまりやすいとも聞きました。

Posted by: mishima | 12. 05. 03 at 오후 11:31

---mishimaさん
寂れてしまった商店街の理由の一つに、世代交代がうまくいかなかったところが多いようです。30年前、その当時うまく商売ができていたから、そのままのシステムとかやり方でずっときて、都会の学校に行ってた息子が帰ってきても息子に「このやり方でやれ」って言ってやらせた、と、でも世の中の社会構造はどんどん変わっているのに、その方法を無理にさせて結局ダメになって店を畳まざるを得なくなった、と。この商店街は、他地方の商店街で、どうして人が来なくなったのか、ということを全部ひとつひとつ洗いだしたそうです。それで、じゃあどうすればいいか、という方法を考えた、と。そういうこともやったようで、そうした検討の結果が生きて、いる、というところが大きい、ということでした。J○共済、そうですか。そういう「談合」もありえますよね。

Posted by: 謙介 | 12. 05. 04 at 오후 5:44

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