« ありえへん風景(その2) | Main | 先取りしてしまひますた »

12. 05. 24

イヤダニマイリ

Iyatani


このあいだドナ・サマーさんが亡くなりました。
死亡原因は肺がんだったとか。
あとからご遺族から彼女はタバコは吸っていなかったけれども
肺がんで亡くなった、というお知らせがあったとか。

俺、ああ世間っていまだそう思っているんだ、
と思いました。

タバコを吸うから肺がんになって
タバコを吸わないと肺がんになりにくい
と思っている人が多いんだ、と。

肺がんなんて、タバコを吸っていない人だって
なります。現に俺のおばも全くタバコは吸いませんでしたが
肺がんが脳と脊髄に転移して亡くなりました。

何せ毎週がんセンターの内科外来に行っている人間なので、
いろいろな患者さんと話をします。
そうして聞いてみるとタバコなんて吸わなかったのに
肺がんになった、という方によく出会いました。
だからそういうふうに聞いてみた実感として

非喫煙者で肺がんという人は結構いるように思います。
結構固定概念って怖いと今更ながら思います。

さて民俗学の話です。
(今日のお話は民俗学です。民族学ではありません。)

日本の民間宗教では
亡くなった人のたましいは、あの世、
もしくはその地方を代表するような霊山に籠って、
定期的に山から下りてくるとか、
お盆とかお彼岸にあの世から戻ってくる、というふうに
考えられています。
何度も言いますが、本来の仏教では人は死んだら
極楽へ行ってそれっきり。おしまいです。
霊が出てきて祟る、というような考えはお釈迦様の教えには
ありません。

日本の仏教が、朝鮮半島から入ってきたのち、
一般の庶民に広めようとするときに、
仏教は「なんでもあり」の方法で教えを広めようとしました。

「なんでもあり」と言ってはありがたみがないので
まぁ「融通無碍」とか言ったのでしょうけれども。(笑)

そこで日本の土着宗教の持っていた人のたましいは
あの世とこの世を行ったり来たりする、という教えも
仏教の中に入れたわけです。

この間の東日本大震災は、ものすごい数の大切な
命が一瞬にして奪われることになってしまいました。
ご遺族の方々にとってみれば、あまりに急すぎる
話で、今もおそらくご家族や親しい方を亡くされた
ことを受け止められない、という方もおいででしょう。

そういう方に、仏教は死んだら極楽へ行っておしまい、
ではやはり、宗教として、ひとりの人の心に寄り添う、
ということはできないと思うのです。
今もたましいはちゃんと生きていて、あの世から
遺された家族を見守っている、と思ったほうが
いや、せめてそうでも思わなければ、気持ちをどうやって
落ち着かせることができましょう。

仏教がそういうふうに日本化していく中で
独自の解釈を織り込んでいったことは
必然だった、というふうにさえ思います。


話をもとに戻しますが、日本の仏教の中で
その「山」という考えは、
やがて山岳宗教、密教というふうに発展深化をとげて
日本の仏教の中では大きな位置を占めるように
なりましたですね。

で、今から行こうとしていた「弥谷寺」も
そうした「山」の寺で、この山にはこの地方の亡くなった人の
霊がこもる山と考えられた山でした。

そういう霊のこもる、と考えられる山、というのは
山の形を見たらわかります。どんな山でもいい、っていうのでは
ありません。山容が左右対称のきれいな
稜線をした山で、見るといかにもほかの山とは違う
目を惹く山、というのか独特の雰囲気のある山です。

筑波山とか、奈良の三輪山とか、鳥取の大山とか
富山の立山とか、、白山とか、そしてもちろん富士山。

こうした山に亡くなった人の霊「祖霊」がこもる、と
昔の人は考えました。

この弥谷寺のある山もそうですね。
そういう祖霊の籠もる山に登って無事にまた
下りてくることは
祖霊のたましいが登った人の体の中に宿った
と考えました。 そうしてその宿ることで
たましいの働きが活発になると考えられました。
前にも言いましたがたましい、というのは分割が
いくらでもできると思っていました。

たましいの働きが弱くなって、
肉体から離れてしまうのが、昔の人の考えた
死でしたから、たましいの働きが活発である
というのは、元気でいられる、ということだったわけです。

だから今も富士山とか立山とか大山とか
石鎚山もそうですが、山登りを娯楽とかスポーツでは
なくて、信仰の対象として登山する人だって多いでは
ありませんか。

前からこの弥谷寺にはお参りしたかったのですが
何せ、ここもなかなかの階段がありまして、、。
体力のないおぢさんにとってみれば一大決心が
必要だったわけです。


いよいよ今からお寺の区域に入ります。
ここから本堂までひたすらのぼりで
これだけ、と書いてあります。
ひえええええ。
Monchu_1

途中遍路道の分岐点があって、右に行けば、曼荼羅寺のほうへ、
と書いてあります。曼荼羅寺は前にこのブログで紹介しましたね。
西行の昼寝石のある寺です。

Iyatani2_2

本堂に行く道の両側にはところどころに石仏が安置されていて
行く人を見守ってくださっています。

Sekibutu1

山門の近くに俳句茶屋があります。
Haikuchaya3

来た人が一句ひねるとこうして軒端といわず、中の部屋の天井といわず
あっちこっちに短冊をつるして、後から来た人がその句を見て
またひとひねり、する、というふうになっています。

Haikuchaya2


さて、山門に到着です。 ここは、前に「水曜どうでしょう」で出てきたので
ずっと見てる人にはかすかに記憶にあるかもしれません。
でも山門は山門です。つまりお寺の端の門でしかない、ということです。
ここから本堂までが、なかなか根性の要ることで、、。

Iyatani2_1

山門をくぐったら、こういう階段の参道がずーっと続いています。
Iyatani3

途中カエデがカーテンのようになっていてきれいだったので一枚。
Kaede

ずーっと石の階段があって、終わった、と思ったら、
また素敵な階段が目の前に。

しかも一直線で、途中休憩するような
場所はありません。
Erieru1

ええ。がんばって上がりましたとも。思わず来し方を振り返って一枚。
なんだか一大事業を成し遂げた、という気がしました。
Erieru2_1

この階段を寄贈したのは、イセキチでした。108段ありました。
イセキチさん、古紙をあちこちで回収しては
紙を漉き直してまた売って、ってやって
働きに働いて会社を大きくしたのに、、、。

この孫が、ばくちで大負けして、会社の金をねぇ、、
85億8000万円もねぇ、、
カジノで負けた金を会社に補填させて、、
という会社背任の問題が露見したのは去年の秋のことでしたねぇ。

108って煩悩の数、って言われていますが、
この孫は、、煩悩のかたまりでつね。

 
Erieru3

一応平地には出ました、が、ここは本坊のある場所で、
本堂はさらに山を上がります。

山のあちこちに「お籠り堂」がありました。

こういう場所でこの寺に来たお坊さんが山岳密教を学んだり
普通の人々がある一定期間山に籠って願をかける
というようなことをした、と思われます。

それから本堂近くのがけには磨崖仏が彫ってあって、
そうした仏教の修行の場であったのだ、
ということが分かります。
Doujyo

こんなふうにあちこちに彫った五輪塔とか仏さまが、、。
Magaibutu2

阿弥陀三尊です。
大分永年の風雨によって摩耗したお姿ですが、
それでも柔和なお顔は伺えます。
Magaibutu1


ようやっと本堂に到着です。
ああ、えらかった、っと。
Hondou

本堂からの見晴らしはこんな感じです。
奥に見えているほうの山の裾を道路が縫って走っているの
分かります? あれがいつも謙介の走っている高速道路です。
Yama


この寺の大師堂の奥には洞窟のような場所が
あって、この場所で空海が一心に読経し
学問に打ち込んだ行ったといわれています。
行ってみたのですが、非常に厳粛で
静かで、学問に集中できそうな場所だと
思いました。


お参りを済ませ、山をくだります。
時間は2時半。うーん。次、もうひとつ行きたい
ところがあるんですけどね。そこに行って
果たして見学時間があるかどうか、、
ちょっと微妙な感じもするし、、
まぁ車のところまで行って考えよう、ということに
しました。

|

« ありえへん風景(その2) | Main | 先取りしてしまひますた »

おでかけ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/54744726

Listed below are links to weblogs that reference イヤダニマイリ:

« ありえへん風景(その2) | Main | 先取りしてしまひますた »