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12. 05. 29

おふねけんぶつその2(1)

この間は青函連絡船の羊蹄丸でしたが
土曜日、またおふねけんぶつに行ってきました。
(最近こんなのばっかりですが、だって期間限定で
おふねみせますよ、って言ったら、
行きたくなるではありませんか。
そのおふね、平生は見学できないおふねさんだもん。)
今回はこれです。

Photo


海上自衛隊の掃海母艦の「ぶんご」

え? 謙介がこの船を見に行くのって、
単におふねけんぶつでない、「ほかの何か」を
見に行ったんじゃないのか?
ったくもう「すけべがお」してふねをみにいったんだろう、 って?

ええい、やかましい。

わたくしは、単におふねけんがくに行ったのでぇす。
よこしまな意図があったとか
もんもんとした意図があったとか、
そういうことを言う人は、きっとそういうことを言う人の中に
よこしま要素がみちみちているのにちがいありません。


おほんえへん。

豊後、というのは、「とよのくに」を半分っこして、
京都から遠いほうがそうですね。

とよのくに全体は、は今の福岡県北九州市の一部と大分県。
ちょっとお伺いしたいのですが、
大分、って九州のどの辺にあるか
分かります? (笑)


ぶんごは漢字で書くと「豊後」ですが、謙介はぶんご、と読むより、
古代の豊後の読み方の
「とよのくにのみちのしり」と読んだほうが
すっきりするんですけども。

ね、Ikunoさん。(笑)

まぁいいや。そのぶんご、と言うおふねです。
豊後、って言うから、この船の所属は
九州のどこか、かな、って思ったら、
広島の呉だそうで、、。

船名と所属地って、最近はあんまり関係ないんですね。
だって掃海艇でうわじま、っていうのがいるんですが、
所属は北海道だそうですし、、。

まあ、宇和島の北海道、よりは
豊後水道はそう遠くない呉にいる、
というほうがまだ近いかもしれません。


おふね公開のお知らせをもらったのですが、
その前に見たかったものが二つありました。
実は駅前のホテル、名前が変わったのですが
どんなふうになったかなぁ、というのを見に行きました。

こっちが、去年の12月。
Anah

そしてこれが先週の土曜日。

Photo_2


なんでもその名前を使っていた航空会社のホテル運営の
係が、やれ宴会はやめろ、一般客ばかり取れ
と一々うるさかったのだそうで。

この春に大分とハウステンボス(長崎)とここの3つの
ホテルがそれぞれ航空会社の名前を返上しています。

ここのホテル、俺も宴会で何度か使いました。
おそらくホテルの経営の結構な割合を宴会収入から
得ていたと思います。 そういうホテルに宴会を
止めろ、と言うのは経営上、できない、となって
じゃあ、航空会社の名前も要らない、返す。
ということになったのだそうです。

謙介は抜けて正解だったと思います。
ここはもともとJRが作ったホテルだったこともあって
部屋も広くて、評判も良かったホテルです。

航空会社の名前の入ったホテル、って
正直、どこもあんまりいい評判を聞きません。
幸いもうこのホテルはクレメン○で名前も
定着しているようですから、名前を取っても
そう大きな影響もないように
思います。


それから去年の12月に見た、港の港務所ですが


2

今はこんなふうになってしまっていました。
1

見たかったものを見ることができたので、
港の5万トンバースのほうに行くことにしました。

あ、いましたいました。

Photo_3


ぶんごは掃海母艦です。
掃海艇の指揮命令をする船、ということですけれども
ですから海中の機雷除去作業の中心になる、
ということですが、去年の東日本大震災の時は
物資の輸送に尽力したり、掃海艇のほうは
水中の遺体の発見、引き上げを行った、と
ありました。

ただ、このふね、毎年ここに来ています。
というのが、掃海任務の途中で殉職されて
しまった自衛官の方々の慰霊祭を金刀比羅宮で
毎年とりおこなっていて、その慰霊祭が
あるために定期的に寄港している
ということです。


荷物検査がありまして、それを受けてから、
タラップを上がって乗船です。
ですが、何せ、このタラップ、いつも大変な訓練を
受けている自衛官の人がささっと乗降するための
タラップなので、やたら揺れるんですよ。
乗り慣れた高速艇とか、客船のタラップは
ものすごく頑丈でしっかりしてて揺れも少ないのですが
このタラップ、本当に華奢で軽そうで、、
ちょっとしたことでものすごく揺れるんです。
前を歩いていた、おじいさんが、足を踏みしめつつ
行くので、ぐわんぐわん振動が伝わって
揺れまくりで、、本当に恐かった、、、。

Photo


というところで、今日はここまでにします。

今、公園で虞美人草がまっさかりです。

Photo_3


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Comments

 タイトル,「おふねねんぶつ」と読んでしまい,前の「いやだにまいり」も相俟って,金比羅山かどっかでそーゆーお念仏講でもやっているのか?と深読みしたIkuno Hiroshiです(笑)

 「ほかの何か」に関しては,海陸空の3軍の中では「おふね」が一番スマートに見えてよろしゅうございますねえ・・・おほほ(・・・こやつ,よこしま要素にみちみちておるわー 笑)。

 おふねの「ぶんご」さん,98年就役とのことで,もしかしたら呉にいた頃に,新鋭艦としてぷかぷか浮かんでるのを見かけたことがあったのかもしれませんねえ。
 99年夏に広島を離れたから,すれ違いの可能性も高いけど。

 で,おくにの「ぶんご」さん。
 いっそ「とよひわけ」と呼んで差し上げてもよろしいかと(笑)
 ・・・それははともかくとして,前から疑問に思ってたのが,どうして「たにはのみちのしり」はあるのに「たにはのみちのくち」はないのか?です。

 あ,あと,どうして「ひのくに」だけが「たけひむかひとよくしひねわけ」と寿限無みたいな長い名になってるのかも,疑問でーす(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 12. 05. 30 at 오후 7:18

---Ikuno Hiroshiさん
とよのくにのみちの、、に乗りましたら、さまざまな階級の方がおいででした。本当に水兵さん、という若い人も居れば、謙介とおそらくはあまり歳の違わないであろうベテランの方もおいでです。で、水兵さんはさすがに細くてきりっとしているのですが、ベテランになると、メタボ、とは言いませんが、ズボンの腰回りがぴちぴちできつそう、という人もずいぶんみました。それから、潜水業務をされる方は、やっぱりがっちりした体形でしたね。業務によってはっきりと体形が違うのがおもしろい発見でした、と、お前はいったい何を見てきたのだか、、。
あ、丹波ですが、実は「口丹波」乃至は「口丹」という言い方があります。地域で言えば、こないだ登校途中の小学生の列に車が突っ込んで大事故のあった亀岡、それから男前豆腐の本社のある八木、その隣の園部(今は八木と園部が合併して南丹市になりましたが) その辺のことを口丹波、という言い方を地元ではします。もともと丹波の国があって、そこから丹後が分離したので、丹波はそのままで、丹後だけ新たに設定したのでしょう。
そうそう。実は古代史では本当にもう第一人者のような上田正○先生のご自宅も亀岡の神社なので(実は上田先生、神主さんだったりします。)口丹におうちがある、ということになります。

Posted by: 謙介 | 12. 05. 30 at 오후 11:22

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