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12. 05. 31

おふねけんぶつその2(2)

ということで、「とよのくにのみちのしり」もとい、ぶんごに乗船です。

Photo_26

このふねはお向かいの三井造船玉野事業所で建造され、
1996年7月4日起工、1997年4月24日進水、
1998年3月23日に就役とありました。

船は見学コースが決まっていて、まず船首に行きます。
階段とか、デッキの危険そうな箇所には必ず
乗組員の方がいて、説明、誘導と安全確認をしています。 
みなさん、見学者のひとりひとりに
こんにちは、とか、急傾斜の階段を上がり下りする人には
ちゃんと見守って、大丈夫ですか、と声をかけます。

おそらく、事前に、「艦内公開にかかる要領」とか
いう書類が乗組員全員に周知・配布されていたことでしょう。
おそらくその印刷物には、誰それは
何時何分から何時何分まで、どこそこ階段脇にて
見学者の安全確認業務に従事すること、何時何分から
何分間休憩をして、今度はこちらの場所で説明の補助任務を
行うこと、というふうな分掌が細かく規定されているに違いありません。

まぁ軍隊とか役所とか学校のような組織では
そういう行事があるたびに、実施要領、という
プリントを担当が作成し配布して、各担当で、どうするのか、という
ことを細かく決めて、全員が頭にいれてその計画に基づいて動く
ということをするのが普通です。

謙介も仕事でそういう行事の際の
計画実施要領、という書類って
何度も作ったことがありますから
おそらく今回だってそんな書類を作って、その実施計画に
基づいて行事を運営しているのだろうな、というのは
簡単に想像できます。


船首には、62口径76mm速射砲が
据えられています。

Photo_5

振り返ると操舵室というのか船橋が見えます。

Photo_6

謙介、やっぱりそうか、って思ったのがこういう掲示類ですね。
文章が全部命令形。(軍隊だし、、やたら偉そう。) 
普通に簡潔な形ではダメなんでしょうか。

1.担当者以外取扱い禁止
2.索巻き込み作業は必ず1メートル離れて行うこと

なんていう表現ではダメなんですかね。

Photo_7

その索の巻き込み装置です。
Photo_8

巻き込んだ状態がこれ。
ビニールコーティングしてあるのは、
金属がむき出しだと機雷が感知して
爆発するからです。
Photo_9

でっきからやんやんやしまが見えました。
Photo_10

信号旗の格納庫です。色とりどりできれい。

Photo_11

船の後部甲板(ヘリポートにもなる)からヘリの格納庫を見たところです。
この格納庫の中で、昨年の東日本大震災発生直後、このぶんごが
どのような活動を行ったのか、写真のパネル展示がありました。

それと、そぼーくな疑問なんですが、、
この船の中、何か所かで、ぶんごの名前の入ったタオルとか、Tシャツ
ピンバッジなんかの記念品を売っていたのですが、あの収入って
さいしゅうてきに、どこへどうなるんでしょうかね。(微笑)

Photo_12

今度は船の内部です。
上に行こうとすると階段と言うのか、ほとんど直角に近いような、はしご
みたいなものを上らないといけないのですが、これがあなたものすごく
こわい。
Photo_21

艦橋入り口です。玄関マット。
機雷を除去するいるかさんのまーくですね。

Photo_13

先日羊蹄丸のブリッジを見たばかりだったので
やはり、つい比較しますね。 羊蹄丸の操舵室は、窓も大きくて
非常に明るい感じでしたが、さすがに艦船ともなると、窓が小さい
ので外からの日差しが入って、というようなのんびりとした
ものではありません。でも、船の機械類を見ましたら
羊蹄丸と機械の並び等は同じでした。
両方写真を置いておきますが、
やっぱり天井の色ですかね。
それからぶんごはやはり窓という窓が全部頑丈で
やや小さいですし、、
そういうことで、ぶんごの操舵室は、謙介には
閉塞感がありました。
Photo_14

塗装でもずいぶん違いますよね。
羊蹄丸は 開放的な感じがしますが、
ぶんごはやはり、要塞、という雰囲気が
強くしました。
Soudashitu2

艦橋の端から、船首方向を見たところです。
Photo_15

ぶんごの艦内見学を終えて、今度は、ぶんごのうしろに停泊している
掃海艦のはちじょうにむかいます。

1

掃海艦が実際の作業をします。

Photo


左側というのか手前のふねがはちじょうで奥のふねは
みやじまです。


Photo_17

この船は木造船なので、甲板もこういう感じで木の継ぎ目が
塗装の上からも見えます。掃海艦の船体は当然基本的に木造です。
そりゃ当然ですよね。普通に金属の船が近づくとその金属を感知して
爆発するのが機雷ですから、どうしても掃海艦の船体は機雷を
感知させない木じゃないといけません。


Photo_23

掃海艦ってものすごく構造が複雑です。
後ろから見るとこんなですもん。
Photo_2


この方が潜水業務、爆発物処理の業務について、いろいろと
説明してくださっていました。
謙介もどこまで木造でないといけないのか、というようなことを聞きました。
上部の構造物については、金属でも大丈夫だそうで、それに、全部
木造となると、今度は強度の問題だってありますし、、という話でした。

Photo_18
潜水作業の時の潜水服ですね。こういう服を着て、水中で作業する、
というのは、本当に考えただけでも大変です。

Photo_19

Photo_20

船首の部分に来ました。この辺はさすがに金属を使っていても
オッケーのようです。
Photo_22

ロープの置き方にも美意識が、、。
Photo_27


それぞれの階級の帽子が置いてありました。 


Photo_24


こんどははちじょうの艦橋にあがります。
やっぱり梯子のような急こう配の階段を上がります。
艦橋に来たのですが、さっきのぶんごに比べてもうひとつ狭い感じです。
写真は撮ったのですが、人ばっかり写ってるので、掲載をちょっと見送りました。
左端にあったシートには、、

Photo_3

右端にあったシートは

Photo_4

艦長席からの眺めはこんな感じです。

Photo_5

この掃海母艦・掃海艦の公開は毎年やっている行事だったのですが
去年までは、土曜にいろいろと行事が重なって行けなかったのですが
今年は、そういう行事がなくなったので、行くことができました。
さて、これで午前中はおしまい。時刻は11時40分。

Photo

掃海艦の見学の後、
1時からは「うどん県庁舎の建築史的見学会」に参加です。
港から今度は市内に移動です。
ご多忙ですね、って、ええ。

でもこれは本当にたまたまなんですよ。
掃海艦の見学は5月26日27日で
県庁の見学会は5月26日、だったのです。謙介27日は
家で用事があったので、行けるのは26日ということに
自然の成り行きでそうなってしまいました。

そのまえにごはんを食べないといけません。
県庁に行くのであれば、県庁の近くで
食べたほうがいいなぁ、と思いました。
さか○とか竹○という選択もあったのですが
今日は森にしました。

Moririn

値段もこんな感じですね。まぁこの辺では普通の値段です。
Moririn2

土曜日でしたし、12時前だったので、結構のんびりとした感じでした。
平日のお昼ならこうはいかないです。
でもまぁ、うどんやの混雑なんて知れてますが。

Moririn3


暑かったので冷かけにしました。
後、コロッケをもらって、お代は280円でした。

ここから県庁まではそうかかりません、
というのか、歩いたって数百メートルですが。


ということでうどん県庁に到着したのでした。

Photo_28


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