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12. 05. 08

三連符のお城(その1)

連休の間、どこにも行かないつもりだったのですが、

5日にはお城に行きました。

なんでお城だったのか、といいますと、
1年に1度、この日だけお城の櫓が一般公開されるから
です。

このお城は海に面した平地のお城なので、
他の四国の松山や丸亀や宇和島、高知のお城みたいに、
山を登ってお城見物、ということが
ありません。
その点ではお城見学して息切れして疲れる
ということは少ないですね。
前にも言ったように、お濠には鯉とか鮒はいません。
代わりに鯛やボラや鯊という海の魚が泳いでいます。
サザエだっています。
ここのお城の最近の名物はお濠の鯛にエサをやることです。

お城へは、西側と東側からそれぞれ入り口が
あって、入れるようにはなっているのですが、
今日行く櫓は、お城の東側の櫓なので、
東の入り口から入ることにしました。

お城の東側の入り口がここなんですけど、、。

Tamamo1

今日だけ一般公開される櫓がこの↓櫓です。
Ushitora1


ここねぇ、、最近じゃ、こーんなものにも出てきたりしていて、、。(あははは)

1


ここに来ると、なんだかずーっと頭の中で
三連符がリズムを刻み始めてしまうのです。
何もお濠の向こうを電車が走っているからでは
ありません。 
(これは元京急の1000系。)

Keikyu1


タッタタタ、タッタタタ、タッタタタ、タッタタタ、タッタタタ、、
とずっと
いえいえ、ラヴェルのボレロではありません。
そうそう水戸黄門の主題歌。
♪じーんせい らくありゃ くーもあるさ
『ああ人生に涙あり』です。
この間もずっと頭の中で
三連符がリズムを刻み続けています。
本当に刷り込み、って恐いですね。


ここのお殿様、水戸光圀の兄ちゃんが
来ています。石高は12万石ですが
それは表向きのの石高で、実際は17万くらい
あったとのこと。

徳川家はここで中国四国地区の他大名の監視を
させていました。


さっそく入って櫓に上がってみることにいたします。

Ushitora2

この櫓、艮(うしとら)櫓といいます。
でも建っているのは、南東の隅。
艮は北東方向ですから、あれ?
要するに鬼門方向に建っていた櫓だったのですが。
昭和42年。
そこに置いてあっては目立たない、というびっくりするような理由で
南東の太鼓櫓のところに、ほらよっ と移築されたのです。
(そんなことでいいのか。)
今だったらそんなもの許されないような理由ですね。

元の櫓跡はこんなことになっています。
ちなみに後ろの建物は謙介が毎年第九を歌うホールです。

Ushitoramoto


隅の石落としのところです。
敵が来たら、ここから石を落とすわけです。
Ishiotoshi


階段を上がって上に行ってみます。
3階から見た天守閣方向です。

Tenshudai


目下天守閣を再建しようとする方向で進んでいます。

南を見ると、電車が走ってきました。
これも元京急の電車ですね。
緑色は長尾線の電車。
黄色は琴平線。 路線ごとに電車の色が
違っています。


Nagao

Kotohirasen

京急時代人気のあった車両なので
今も鉄ちゃんが沿線にカメラを構えて
撮影をしているところによく出くわします。


櫓の梁はさすがにごついです。
斜め下から仰いだところ。

Hari1

真下から上を見たところ。
Hari2


この櫓ができたときは、みんなちょんまげを結った人が
普通だったわけですよね。 この櫓はそうした人も見てきたわけですねぇ、、。

そう思うとちょっと感慨にふけってしまいました。
長くなりました。今日はここまでにします。


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