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12. 05. 10

あーうー、もしくは32年の後に(1)

このブログをお読みのみなさんは
いつも謙介が出勤するときに、お山を越えながら
イノシシだの魑魅魍魎だのを蹴散らして
出勤している、と書いておりましたですが、
その出勤する途上のお山で実はとんでもないものが
見つかったのでございます。


あれま
記事中にあったお山ですが、
ここです。

Mttakanawa

まだ、少量だったようですが、
日本の「資源」という上でもあったらいいなぁ、と
願います。


このあいだ、変わったものを見た、というので
首相の給与袋を見た、というお話をしました。

そんなもの、見たのか?
というご質問があったのですが、、。

Oohira2

↑こっちが普通のお給料のほうで、81万2400円

↓こっちがボーナスですね。141万6100円

Oohira3


実はこれ、1980年の6月のお給料なのですが、、
あのころは確か法律で、公務員の給与は、お金を
本人に直接渡すこと、と決まっていたはずなので、今みたいに
お金は指定口座に振り込まれていて、封筒の中には明細だけ、
ということはなくて、ちゃんとお金ももらっていたはずですなのですが。
このお給料とボーナス、実は両方とも本人はもらって
いません。

本人が1980年の6月12日に亡くなってしまったのです。
給与のほうは満額なのかどうかは俺、よくわかんないんです。


ボーナスは、確か5月31日現在で在籍していて勤務していたら
確かもらえたんじゃなかったか、と思うので、こっちは満額じゃ
ないか、と思いますが、、


先週の日曜日、天候が荒れる、ということだったので
お昼を食べてすぐに仕事場の街に戻ろうとしたのです。
気象台の報告では、強風が吹いて、大雨が降って
大変な天候になるということだったのですが
四国の瀬戸内側は、そよそよと春風が吹いていて
雨は、時折ぱらぱらと5分くらい降っただけでした。
後はずっと曇りの状態。
なんなんだ、ということで、
じゃあ、ちょっと前々から行きたかったところに
行くことにしたのでした。

話のきっかけは、友達との会話でした。
「今の日本の政治家って、どいつもこいつもホンマに
碌なんがいてへんねぇ。」
「どうしてこうも劣化したんやろ。」
「テレビ見てたら、いろいろな折りに
かしこそうな人がようけ出てきはってますのに
なんでああも政治の世界だけ、、あかんねやろ。」
「みんな、自分が責任持つの嫌や、ってやりたがらへんのよ。」
「以前は信念を持ってた政治家がちゃんといてたのにねぇ、、。」

というような話をしていたわけです。
あ、そういえば、そんな以前の政治家の
資料館があったわ、と思い出して、
まぁ行く途中やったから、ということで
ちょっと寄ってみたわけです。
実は、去年にもこの資料館に寄ったのですが
そのときは、月曜でした。 この資料館、
月曜が休館、ということを知らずに行って、、
行ったら閉まってた、ということで「すか」だったわけです。
それでもう一度、ということで、今度は日曜だし、、
と思って行きました。
今度は快感、もとい、開館していました。
で、まぁ行ったのがここ、というわけだったのです。


Oohira1

大平さんの記念館、観音寺市にあります。
この建物は、太平さんの地元での
自宅兼事務所だった建物なのだそうです。
里帰りしたときは、ここで滞在したとのことです。
2階には、大平さんが起居していた部屋が
そのままあります。

最初「こんにちは」って入っていったら、
管理人のおばちゃんに「時間、かんまんの? 」
(時間はありますか? )と聞かれちゃいました。
「1時間くらいだったら、、。」と答えたら、
「おおひらさんのDVDがあるんや。これ27分間なんやけど
見てやっての。」と言われました。
「はい、わかりました。」

おばちゃん、ささっとリモコンを操作して大型液晶テレビを
DVD再生にしてくれました。
その操作の早いこと早いこと。俺が家庭教師やってた高校生より
よほど速かったのでちょっとびっくり!

DVDを見ていたら、お茶まで出していただきました。
お茶をいただきつつ、DVDなんて、
すっかりリラックス状態です。


大平さんが田中内閣の時に外務大臣として
日中国交樹立を成し遂げたこと
その際のやりとりについても
もう一定の時間が経過したからでしょう。
このDVDでも、周恩来と大平さんとの間の
結構はっきりとした言葉のやりとりについても
説明がありました。

DVDを見終わって、2階のさまざまな資料を
展示している部屋に行きました。

各国要人と交わした記念写真、
天皇誕生日の宮中晩餐会の招待状、
さまざまな交渉の時の、基本原則を書いたメモ、

戦後政治史の本を読んだとしても
そんなものは所詮は著者が調べてまとめ、
論じたものに過ぎません。
書いた人のバイアスだってかかっています。
が、こちらはそのまま「生」の一級資料です。


こんな資料ですから、写真撮影なんて
そりゃしてはいけないだろう、と思って、
カメラは車の中のカバンにしまっていたのですが、、。
後から下へ降りて管理人のおばちゃんに
「こんな貴重な資料、写真撮影はしたらいけないと
思うのですが、建物の外観はいいですよね? 」
って聞いたら、「撮ってもええわよ。」
とあっけらかんと言われて、、
急いでカメラを持ってきて撮りまくってしまいました。(わはは)
それで撮ったのが、最初に出した給与袋、という
ことです。

例によって長くなってしまいました。
今日はここまでにします。


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