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12. 05. 22

ありえへん風景(その1)

一旦家に戻って買った品物を置いた後、
今度は実家に帰るための荷物を車にいれて
再出発です。
いつもは実家の街まで一直線に帰るのですが
今日は途中で降ります。
え? 何しに行くのか?

お船の見学に行きます。


そういうと必ず
「謙介、船旅なんて大嫌い、と言っていたんじゃないの。」と
言われそうですが、、。
船旅は嫌いですが、船を見るのは好きです。
へんなヤツ。

この辺、父方母方両方の祖父とも船員だった
血をひいているかもしれません。
特に母方の祖父は
関釜連絡船の一等航海士でしたから
連絡船というと、いろいろと思うことがあります。

というのが、それこそこの船、期間限定公開の船でして、、
今、見ておかないと、もうちょっとしたら解体されてしまって
この世から消え去ってしまい見られなくなってしまうのです。

ちょっと前から公開していて、連日大人気で休みの日は
行列ができる、と聞いていました。
今日なら平日だし、、、と思っていくことにした、ということです。
高速を降りて、東港に行きます。
船はここの埠頭に係留されていました。


Youtei1


 
青函連絡船の羊蹄丸(その2)です。


しかし人生、どこで何がどうなるやら
分かりませんね。
青函連絡船が廃止されたときに、
あ、俺、生まれてとうとう一度も
青函連絡船に乗らなかったし
実際に見もしないまま終わってしまった、と思ったのです。
(まぁその分、宇高連絡船には、
何百回と乗りましたが。)
今頃、こんな四国の街で乗る機会ができる、なんて
誰が思ったことでしょう。

ありえへん風景というのはこれです。
青函連絡船と石鎚山。

Ishiduchi

だって青函連絡船の向こうは四国の山なみです。


この船は6月10日までの限定公開です。
そうしてその後は解体されてしまい、
部品や什器はそれぞれ別の船に使用
されることになっています。
なのでそれこそ今見ておかないと、もう
この先見られないのです。

そうそう。今韓国の麗水(ヨス)で万博をしています。
みなさんは麗水に行ったことありますか?
あそこは昔、植民地時代には
大日本帝国海軍の基地がありました。
今の横須賀とか呉と同じようなところだったのですが、、
今も海上交通の要衝の都市です。

その、麗水に行ったとき、謙介笑ってしまいました。
その麗水を走っているフェリー、ほとんど以前
瀬戸内海を走っていたものだったからです。

ちょうど謙介が島で暮らしていたときで、仕事場の沖を
航行していた船で、いつの間にか姿を消したと思っていた
船がたくさんここにいたのです。

それから今、横浜辺のクルーズ船で走っているのも
昔の瀬戸内海航路の客船です。


船は結構寿命が長いので
そういうふうにいつかまた意外なところで
出会う、ということがありますが、
この船はこれが最後です。
なのでこれは今見ておかないと、もう
見られない、と思って、出かけたわけでした。

さっき羊蹄丸その2、と書きました。
連絡船は何代かに渡って
同じ名前を引き継ぐ、ということが
あります。 宇高航路でも
讃岐丸は2代に渡って使われましたし、、
瀬戸丸は航路を変わって3代使いました。

これが初代の讃岐丸で
Sanukimaru11

こっちが2代目
Sanukimaru2

羊蹄丸も初代があって、
(船内にあった初代羊蹄丸の絵です。)

Youtei1st


この船は2代目の
船でした。

それまで置かれていた海の科学館がリニューアルするとかで
この羊蹄丸の展示をやめることになって、
そしてどこかに無償譲渡することになって、
いくつか機関が名乗りを上げたのですが
結局こちらの工業高等専門学校が、この船を
解体して、その船の部品とか什器を再利用する
ための研究を行いたい、そのデータを集めるために
この船の活用をしたい、という案が選ばれて
こちらに来ることになったのでした。

Kousen


パッと見た印象は、窓が小さい船だねぇ、という
ことでした。四国辺の船はこの倍くらいの窓は
あります。


Youtei5

ちなみに宇高航路の連絡船、讃岐丸はこんな感じです。
ね、窓の大きさが全然違うでしょ。
デッキの開放感だって全然違います。

Ukou1

やっぱり津軽海峡という寒くて波の荒い海峡を渡る、
という条件のために、密閉型の船の構造になったのだろうな、と、
見て思いました。

瀬戸内海は穏やかですし、
気候も温暖ですから、
船も開放的な感じがします。
そんな船を見慣れているので
ことさら窓の小ささが印象的でした。


埠頭前の駐車場は300台収容の駐車場でしたが
平日でも4割くらい車で埋まっていました。
入り口のところは別に行列もなさそうで、
これだとスムーズに見学できそうです。

長くなりました。今日は一旦ここで措きます。


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Comments

 羊蹄丸,そういえばそちらに最後の船旅をしてたんでしたね。

 窓が小さいのは,沈没事故の影響もあるんでしょうかねえ?と思ったんですが。
 ・・・貨車出し入れなどの開口部を考えたら,あんまり意味ないか(笑)

 実は僕も船旅はきらいです。
 時間がかかるのはともかくとして,景色が変わらないのと,旅中にそれとなく人間関係が形成されていくのががイヤ(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 12. 05. 22 at 오후 10:44

---Ikuno Hiroshiさん
窓なんですが、手元にある竣工当時の羊蹄丸の写真を見たら、大雪丸だけ違っていたのですが、後から全部改造して、大雪丸と同じ現在の窓の配置になっています。どうして改造があったのか、はわかんないんですが、、。
船の旅がいい、という人も、結局は船の中でいろいろなイベントがあったり、食事が楽しみ、とかいうふうな、船そのものの旅、というのでもないように思います。謙介は釜山⇔博多のビーグルが限界です。関釜フェリーになると、ちょっともてあましました。

Posted by: 謙介 | 12. 05. 22 at 오후 11:34

>謙介さん
ヨスの話、笑ってしまいました。
自尊心の高い韓国人、よく日本製の
船を運航しているなあ…
でも、万博は行ってみたいなあ^^;
長男が、今年から鳥羽商船で学び
始めました。ですから、船のお話
は興味深かったです。
出航する時のテープが哀愁をおびて
いますね。船はロマンチックです。

Posted by: yoko | 12. 05. 24 at 오후 1:45

---yokoさん
鳥羽の商船学校にご入学ですか。おめでとうございます。それからとても素晴らしい御志をお持ちだなぁ、と思います。いまどき日本の船員、というのは本当に少なくて、実家の街の港でもよく船員さんを見るのですが、ほとんど日本人の船員さんはいません。ひどい場合になったら、船に日の丸こそあげていますが、船長以下全部外国人が操船している船というのだってそう珍しいことではなくなりました。こちらも、弓削商船があります。たまにニュースで入学式とか卒業式のニュースが出ますが、本当にびっくりするくらい少ない人数です。船員さんのなり手が少ない、と聞きました。そんな中で、船員さんへの志、というのは、本当にすばらしいことだと思います。鳥羽商船、横を通ったことがあります。ちょっと街中からは離れていて、集中して学習するにはよさげな環境だったように思いました(笑)。それから連絡船の紙テープ、瀬戸内海の水質の環境保護、ということで、一度廃止になったのですが、連絡船の廃止される数年前に復活しました。それとともに、出航のドラも復活しました。いまだに船が出帆するときのドラの音、耳に残っています。

Posted by: 謙介 | 12. 05. 24 at 오후 10:45

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