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12. 04. 18

最期について

毎週月曜日はがんセンターへの通院日なので
やはり自分の身体のことを考えます。

それから、先月はお年寄りのお世話をする機会が
あったこともあって、このところ
自分が歳をとったときのことを
いろいろと考えるようになりました。

20代、30代の時には、こんなことなんて
まず考えなかったことですけどね。
みなさんはそんなこと、って考えたことありますか?


自分はどんなふうに歳取っていくのだろう、、
ということを時々深く考えます。
先日、お世話したおじいちゃんは
現役の時は、大きな会社の管理職で
それはそれはバリバリと仕事をこなしていました。
また指先も器用で、いつも年賀状は
自分で彫刻刀を使って版木を作って
そうして版画の年賀状を下さっていたほどでした。
会社の定年より少し早めに退職してからも
まだ60代、70代前半の頃は
そういう感じでした。
それがやはり次第次第に身体の自由が
以前ほどうまくできなくなってきて
今ではシャツのボタンもとめるのに
苦労する、ようになりました。
耳も遠くなって補聴器をつけているのですが
それでも近くに行って大声で言わないと
聞こえません。

それ以外にもいろいろと日常生活を送るのに
補助の必要なところ、というのが出てきています。
退職して10年目くらいに奥さんが
がんで亡くなって、後は一人暮らしで
ヘルパーさんが週に何回か来る、
というようなことだったのですが、介護認定の結果
一人暮らしはやはり、もう難しい、ということで
今はグループホームに入っています。

やはり比較をしてはいけない、ということは
あるのですが、何でもばりばりとこなしていた
60代のころを知っているので、つい、今の
状況を見ると比較してしまいます。

そういうことを考えていると
やはり自分の「この先」ということを考えてしまうのです。

歳をとってくると、
日常生活をどう送れるか、という点について
個人差が非常に大きくなりますね。

いつまでも元気で、80代になっても
マスターズの陸上に出場する、というような驚異的な人も
例外的にいます(笑)が、そういう人は例外中の例外であって
だからニュースにだってなるわけですよね。

日常のことはゆっくりとしたペースになりながらも
それでもちゃんとできる人もいますし、
身体のあちこちにそれまでのように
自分の思うように身体が動かせない
ということだって起こってくると思います。
それから認知症も加齢に伴って出てくる方もおいでです。

それから体力もなくなってきますから
気力も次第次第に低下していきます。
若いときはそんなの何でもなかったはずのことが
歳を取ると、次第にそういうことが面倒になってくるし
面倒になるからしない、しないからなおさら面倒になる
というふうになって、とうとうしなくなってしまう、
ということもあります。

先に書いたおじいちゃんも、60代のころは
家に電気の窯を設けて、陶芸だってやっていたのです。
ですが、いつの頃からか、そんなことも次第にしなくなって
いきました。 家の庭木だって、自分で剪定していたのが
そんなことも根気が続かなくなってしなくなっていき、
また身体がうごかなくなって出来なくなっていきました。

でも、これは俺も少し分かる部分があるんですよ。
20代のころは、朝から晩まで1日中字の練習を
していても平気でじゃんじゃん書いていました。
集中できたのです。
ところが今では1時間書いたら休憩、30分
書いたらしんどくて休む、というありさまです。

若いときは自分がそんなふうになるなんて
想像できませんでした。

まぁ、そういうふうに歳取った自分なんて
なかなか想像できないなぁ、と思います。
それとともに、こないだこの本を読んだことが
非常に大きかったのです。


Sasaki


著者の佐々木先生は、この本の出版当時は
都立駒込病院の院長でした。
この本には佐々木先生が立ち会ってこられた
さまざまながん患者さんの最期のことが書かれています。

この本にも書かれているのですが
今から20年くらい前までは、がん患者さんに病名を
直接告げたり、あとどれくらい生きられるか、というような
ことは伏せて、家族にだけ話をする、という時代が続いていました。

しかし、今では謙介の通院しているがんセンターもそうですが
100パーセント本人に告知します。
インフォームドコンセントの結果、
お医者さんの説明の仕方もすっかり変わってしまいました。


「あなたの病気は肝がんです。
検査をしたのですが、この状態では(検査結果を見せながら)
余命は後、3ヶ月くらいになると思われます。
出来うるのは、今後がんの痛みをできるだけ抑えて、何とか
日常の生活をなんとかより長く送ってもらうということが中心になります。
がんの痛みを低減する方法として、このAという薬を使う方法と
Bという方法があります。 どちらにしますか?


最近ではいきなりこんなふうに直接患者さんに言われます。
俺の行っているがんセンターでは、こういうふうに
主治医から患者さんに言っています。

ひところ、死生学ということがさかんに言われました。
その中に「死ぬ瞬間」という本を書いて死の準備教育を
提唱したキューブラー・ロス自身の最期の話が出てきます。
ロスは死の準備教育を説き続け、
死というものが自分の視野に入ってきたとき
人は、どのような経緯を経て、自分の死を受けれるのか
についてのさまざまな考察をし、
多くの人に講演を行っていって影響を与えた人でした。

が、

そのロスが、自分が死ぬということになったとき、
「自分の仕事、名声、たくさん届けられるファンレター、
そんなものは何の意味もない。
いま、何も出来ずにいる自分など何の価値もない。」
「私は、神にあなたはヒトラーだと言った。
ヒトラーだと言ったのに、神は
せせら笑った。40年も仕えてきて、
やっと引退しようとすると何もできなくなった。
本当にいまいましい。」

と言った、ということが書かれています。

あんなに人に説いてまわった死の準備教育とは
違って、自分の場合は最期まで死について
受け入れられない、嫌だ、と言い募って
亡くなったようです。

だからと言って、俺も人には最期を落ち着いたものに、
と言いながら、自分の時はむちゃくちゃで言行不一致ではないか、
と文句を言うことはしません。

人間、ってやはりそういうものだと思うのです。
死ぬときにじたばたする、というのは
そのほうが自然のような気がします。


『自分の死と他人の死は全く違うのです。
たくさんの死を看取っても、自分の死とは違うのです。』
佐々木先生はこう書いておいででした。

他人の死だから落ち着いていられる、ということなのでしょうね。
自分のこととなったら、そうそう落ち着いているわけにも
いかない。

俺もがんセンターで知り合った人が亡くなる、
という経験を何度もしましたが、病状が安定していた時と、
相当悪くなってからお見舞いに行った時では
やはり考え方でも全然違っていたなぁ、というのは
感じました。


死の準備教育、というのは
あくまで「元気」なときに自分の最期を想定して
あれこれと思いめぐらすのであって、
果たして自分がいよいよ
最期の時期が近づいたときには、
そんな心の余裕なんて全くなくて、
全然違った状態になる可能性だってある、
ということなのでしょう。

そんなふうにこの本で読んだ佐々木先生のご経験とか
自分自身の性格とかを併せて考えてみたのですが

今の状態でそうした自分の最期のことを
あれこれと考えておく、ということは
まぁ頭の隅のどこかにおいておくくらいの
ことでいいのではないか、と思いました。

自分がターミナルな状態になってみないと、そんなもの
状況がどうなっているかで全然違ってきますし、、
基本的な身体の状態がどうなっているか、でも
変わってきますから、今からあれこれと考えていても
所詮は仕方がない、という気もしました。


だってその状況にならないと、どうなるのか
はっきりしたことなんて分からないじゃないですか。
後、3ヶ月です、といわれたときに、
寝たきり状態で3ヶ月なのか、
日常生活がまだ何とか自分で出来る状態で3ヶ月なのか
によったって違ってくるとでしょうし、、。

元気な今なら、こういうふうに、ああいうふうに
と思いはしますが、人間の気持ちなんて変わっていきますし、
がんセンターのベッドの上で死ぬやら、
謙介なんておひとりさまですから
家で死んでしばらくして発見されるっていう可能性だって
十二分にあります。 
それはわかりません。

自分がやがて死ぬ、ということを見越して死後のためにして
おかないといけない、法的な手続きなんかは
しておいてもいいかもしれないですが
何を思って、どういうふうな、という
生き方について、どういう最期を迎えるのか、
ということは、正直今から想像したって、それは
わからないことだと思います。

この佐々木先生の本は「がん告知を受けて
後、寿命が数ヶ月ですよ。」といわれたとき、
患者本人はどうしたらいいのか、その家族は
どうしたらいいのか、ということについての
ひとつのヒントを与えてくれる本でした。

よく死を前にして悟るとか、無我の境地になるとか
いう話を聞きますが、自分は決してそんな悟った
ようなことにはならないと思います。


人間の器も小さいですし、、。
たぶん嘆き悲しんで怨んで、どうしようもなくて
それで死んでいくような気がします。
とはいえ、それではちょっと哀しすぎるようにも
思うし、、。

がんセンターに毎週行っているせいもあって
かつて入院していたときに同室だった人の死、
内科外来の待合室で親しくなった人の死、
に遭ってきました。友人もすでに
もう亡くなってしまった人が8人ほどいます。


果たして自分は後、どれくらい生きられるのか、
は分かりませんし、今、まだ比較的元気なこの段階で
考えている最期のビジョンと、本当にそうなったときに
自分はどうしたいのか、という考え方ではまた違うでしょうし、、。 
でも思ったのは、まず自分の
しないといけないことを早くやろう、ということでした。

佐々木先生の本は、今まで説かれていた
死生学の本より、もっと現実的な
新たな死生学の見方を示してくれていて
この本は非常に考えるところ大だった本です。


×     ×     ×


明日から出張です。(と、ここで急に現実に戻ります。)
今度の出張のキーワードは「ほうかな。」です。
(なんだそれは、というようなものですが、、。
でもIkunoさんならたぶん分かるかも。)

更新がちょっと滞りますが、
また帰ってきたら更新していきたいと思います。
それではまたぁ、、。


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Comments

 ・・・死ぬ時は,誰にも迷惑かけずにひっそりと,と思ってるんですが・・・よく考えたら,過程では迷惑かけなくても後始末で迷惑かけちゃうんですよね(苦笑)
 とりあえず,後始末に困らないだけの金が残せるような保険に入ってますが(笑)

 「ほうかな。」・・・わかんないよ〜(苦笑)

 なにはともあれ,お気をつけていってらっしゃいませ〜。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 12. 04. 19 at 오후 10:33

---Ikuno Hiroshiさん
目下「ほうかな」方面絶賛滞在中の謙介です。帰ったらまた御報告いたしたいと思います。そうなんです。よく考えるんですが、死んだ後は、本人はさぁ、、だし、死に至るところが、どうなりますかねぇ、、なんですが。そういうことが、最近、頭の中をよぎるようになってきました。20代のころはこんなことまったくなかったことなのですが、、。

Posted by: 謙介 | 12. 04. 20 at 오전 6:54

がんは余命の推定ができるのに加えて最期近くまで意識がはっきりしているので、身辺整理がしやすいと聞いています。
ただ、その時間が不安を増幅させてしまい、精神的に参ってしまう人もいるのでしょうね。
預金・保険・クレジットカード、友の会など会員情報について、万が一に備えて整理しておかないとと思いながら、日が過ぎてしまっています。明日があると思うから、人間生きていけるんでしょうね。
ご出張、お気をつけてヽ(´▽`)/

Posted by: mishima | 12. 04. 22 at 오전 12:09

---mishimaさん
出張から帰ってきたのですが、いきなりびっくりするようなことがありまして、、(また明日ご報告します。)先のことは分からない、というのはよく言ったなぁ、と思いましたです。 ここにも書いたように最近は患者にストレートにがん告知をすることが圧倒的に多くなってきました。確かに医療の透明性、ということでは、クリアになったのでしょうが、「分かりました。では生きている間にこれこれのことをしましょう。」というふうにはいかない。死ぬのは恐いですし、嫌です。人間の気持ちはそんなふうに簡単に割り切れるでも、落としどころに片付く、ということはなかなかいきませんから、どうやって自分の気持ちを穏やかな方向に持っていくのか、ということは本当に難しいと思います。生きて元気なときは、、いろいろ考えるんですが、果たして俺もいよいよ、、になったら、うーん分からないですね。

Posted by: 謙介 | 12. 04. 22 at 오전 8:20

出張お疲れさまでした。

僕の同僚の義母さんが数年前に肺癌で亡くなりました。
呼吸苦で受診したときには末期で、家族には余命3ヶ月と宣告があったそうです。
本人へのムンテラの際に、「先生、癌だとしても、癌とは言わないで下さい」と本人が口にしたそうです。
周りの様子から自覚があったようですが、そう宣告されると生きる気力がなくなるから言わないでほしい、と。
同僚の義母さんは、入院中同室の方に「抗がん剤は何種類飲んでいて、きついわ」とか話していたそうです。
治療で一時軽快し、最終的には1年越えて亡くなりました。
最後まで医師から「あなたは癌です」と言われたことはなかったそうです。
医療に限らず、昨今は「知る権利」「聞く権利」がクローズアップされる傾向が強いですが、僕は「知らされない権利」もあるのではないかと思っています。
とても難しい問題ですね。
健康な今に考えることと、体に障害を負ったり、疾患による終末状態になったときに考えることは違うと思いますし、今は想像できません。

僕もまだ何も準備はできていないのですが、おそらく葬式を出してくれるであろう弟への葬儀費用と、仏壇を引き取り継いでくれる甥っ子にわずかではありますが残そうと思っています。
仏教式だと年忌法要の負担がありますから、1回で終えられるように神式での遺言も考えています。
謙介さんが仰るように20~30代の頃には考えたことはありませんでした。
それだけ年を取り、終わりに向かっているという自覚が出てきたということでしょうか。

Posted by: タウリ | 12. 04. 22 at 오후 9:01

---タウリさん
 そうなんです。20代のころなんて、そんなことまったく考えたことなかったのですが、やっぱり人生の平均寿命の折り返し地点を過ぎて、、ということもあるでしょうし、俺の場合、肝臓の病気ですから、、それで肝臓がんで亡くなった人の話を聞くと、やはり60前後が一つの山のようになっています。60くらい、とすると、もう10何年しかないわけです。(まぁそれまでに新しい肝臓病の治癒方法ができると、思いたいのですが。)そうしたら、その10年ちょっとのうちで、、と考えると、やはり今をどう充実させるのか、ということを考えます。そうして、逆に、じゃあ、何をしなければならない、そのためにはどうするのか、と遡及的に考えていくと、、、ということがあります。
これから先、自分の人生をどう生きるのか、ということはやはり大きな問題だなぁと思います。タウリさんとゆっくりとまたこんなお話もしてみたいですね。

Posted by: 謙介 | 12. 04. 22 at 오후 11:04

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