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12. 02. 22

日経サイエンス別冊を読んで

今回は伏字なし、にしました。

日経サイエンスの別冊が、震災の特集を組んでいました。

で見てみたのです。
前にもお話しましたように、『日本三代実録』に
出ていた陸奥の大地震についての記事が出ています。 

Nikkeis


確かに今回の東日本大震災で、『日本三代実録』所収の
陸奥の地震の記事がようやっと見直されるようになりは
しました。ですが、前々から言っているように日本古代の
公的な歴史書は、『日本書紀』から『三代実録』まで6冊あります。
ですから地震の記事というのは他にだってまだあります。 
『三代実録』の陸奥の地震の記事だけが
地震の記事ではありません。 

不謹慎の謗りを免れない言い方で
本当に申し訳ない言い方ですが、
院生の時、この六国史の中に出てくる
地震の記事のカウントをしていて
またか、と思うくらいにしょっちゅう出てきて
うんざりした記憶があります。

古語で地震は「なゐ」ですが、至るところに
「なゐ振る」 と出てくるのです。
こちらで出てきて、またそちらで出てくる、と
いった感じです。

この記事を読むと
『三代実録』の中での記述だけしか
書かれていません。

古代の気候変動を見る、というのであれば、
六国史すべてに眼を通した上でなければ
ある程度まとまった話にはならないのではないでしょうか。
『三代実録』だけ見て、ああだこうだ、と言い立てても
仕方ないでしょう?

そういう意味で、史料が偏りすぎで、
そこから地震地震と言い立てる、ということは
少しでも正確な話にならないのではないでしょうか。
見るんだったらひとつだけでなくて6種類全部見ろよ、
とこの記事を書いた人に言いたいです。
そういう意味で、この記事は見出しで
人の不安だけ煽っている感じがして仕方ありません。

そんな一方的な史料の調べ方だけで記事書いていいのか、
と思って謙介は腹が立っているわけです。
だもんで今回は敢えて伏字にしなかった、ということです。


それから前にも何度かお話しましたが
六国史すべてを見てみて、謙介が確認したのは
日本書紀、それに続く 続日本紀(しょくにほんぎ、と読みます)
あたりはまだ公式の国史、という色合いが強かったのですが
次第に時代を経るに従って、
編纂者の意識がその記事に反映されるようになった、
ということです。もっと直裁に言ってしまえば、
編纂者の好悪の感情が、そのまま記事に反映して
いたりします。
編纂者が好ましく思っている人が亡くなった記事には
もうこの世の末のように美辞麗句を連ねたかと思えば
どっちでもいい、もしくは嫌いな人物が亡くなったら
たったの一行で済ませていたりします。


公的な記録としてこんな差があっていいのか、と思ったり
するわけですが、、。

ですがまぁ、一応、公的な(一応ね。)記録ですから、
こうした記録を見て、気象であれば、その当時の
木材の使われている寺院の木材の記録とか年輪を見て
気象状況がどうであったのか、という類推はある程度
できる、と思うし、地層から、そうした地盤の変化も見られると
思います。
実際、気象学者や地震学者の中には
そうして気象を推定して論考を出している人もいますよね。


もし、地震学者が真剣にこうした六国史の地震の
記述について研究する、ということであれば
俺は自分の作成した六国史のデータベースについて
どうぞ使ってください、と提供したいと思います。
地震研究に役立ててもらえるのであれば、
制作者の俺ととしても本望ですが、
そんなことを依頼してくる地震学者なんて
今のところ誰一人としていません。(笑)

で、また巨大地震が起こったら「想定外の事象であった」とか
言うんでしょうかねぇ。
やれやれ、、。

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Comments

 そのあたり,日本の学者の勉強不足というか,タコツボ状態というか・・・縁の遠い(と思われる)他分野への興味の薄さというか・・・。
 「狭く深く」も大事ですが,色々なことが連関している現代では何がどこでどう繋がるかわからないので,好奇心のアンテナを今まで以上に広げることも大事ですね。

 そうそう,公的な歴史書にはやたら日食記事が多いじゃないですか。どうかすると年に2回以上もあったり。
 あれ,本当に全部が真正な「日食」だったのか?と前々から疑問に思ってます。
 中には,天体現象ではなく暗くなったのまで「異変予兆」を演出するためにカウントしてるのがあるんじゃないかと(笑)

 実録といえば,お隣の国の「実録」,かなり細かく記録してますよね〜。
 あれを見習って,きちんと記録を残してくれていれば,平安時代史の研究ももっと楽だったでしょうにね(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 12. 02. 23 at 오후 8:46

---Ikuno Hiroshi さん
こっちは、「日蝕る」のほうですね。(笑)そうですそうです。今はニュースで次の日食までは~年、というくらい間隔があいているんですけど、続日本紀なんかでも、しょっちゅう出てきます。あまりに頻繁にあるので、思わず、市のプラネタリウムの専門職員の方に聞いてみたくらいですが、、(結局、その方に聞いてもわからなかったのですが、、)。いくらなんでもあんなにしょっちゅう、というのは変ですよね六国史の中にはずいぶん恣意的な記述もありますから、おっしゃるようにそういう予兆めいたのまで入れたのかもしれません。それとやはり散逸が激しいのもあって、全10巻あったはずが、3巻しか残っていない、というようなものもあります。各地の風土記もそうですね。ほとんど逸文ばっかりで、、。はい、おかげで苦労しております。ですが、結構恣意的な記述ゆえに後世の人間から見て興味深い、というものも結構あって、、古代の人々の息使いがわかって結構おもしろいです。

Posted by: 謙介 | 12. 02. 23 at 오후 10:51

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