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12. 02. 16

そんなの使ってどうするよ

「政府が3日に閣議決定した答弁書で「広辞苑」から
言葉の意味を丸写ししていたとして、、、」
って問題になってた。丸写し、っていうのもダメだけど、
もうちょっとまともな辞書で調べんかい。
広辞苑はあかんでしょう。


新村先生、母校の先生だったから
悪く言いたくはないんだけどさ。
広辞苑って、何とも中途半端な代物だからさ。
辞書としてはどうしようもないものだよ。

というのが、そもそもが
国語辞典と百科事典の両方の用途を狙おうとして
作られたの。

だけど、いざ使おうとすると、
国語辞典としてみたら
大切な「用例」がほとんど入ってないわ、
百科事典にしては説明が簡単すぎだわ、
で、結局どっちつかずで、結局全然役に立たない。

用例の載ってない国語辞典なんて
品ぞろえの悪い店と同じじゃないか。
店に入って、品ぞろえが悪かったら
みんななんて言う?
「え、これだけ? 」とか。
で、がっかりするでしょ?
用例の載っていない国語辞典なんて
使い物になんない。

百科事典としても使えない。
国語辞典としても致命的だし。
だからどうしようもない。

うーん。
それでも、広辞苑、って結構使う人が多い、
って聞くのだけど、
どうしてなんだろう。

やっぱり昔からあって、頼りがいの
ありそうな分厚さ、っていうことなのか
岩○書店のブランド力なのか、。

え、オレはそんなもの使わない?
電子辞書だ? 
さいですか、さいですか。


で、漢字のことなんだけど、、。
クイズ番組見てたら、なんだかものすごく難しい漢字を
読みましょう、っていう問題が出てくるよね。

前に漢検の話の時にも似たようなこと言ったけどさ。
確かに難しい漢字って読めないよりは
読めたほうがいい、だろうとは思う。 

でももっと大切なのは、
常用漢字みたいによく遣う漢字について
遣い方をちゃんと知っておこうよ、っていうことじゃない?
もう何度も言うけど、「正油ラーメン」だの「3件の店に寄った」とか、、
まずはこの程度の漢字を間違わないで
正しく読めて書ける、って
いうほうがよっぽど先決問題だと思うけど。


で、もし仮に難しい漢字、って言うのなら、
難しい漢字が読めるだけじゃなくてさ、
その漢字の意味をしっかり分かっていて、
漢字なり熟語を使いこなせなきゃ
どうしようもないじゃないか、って思う。

単にその字知ってる、っていうのと
その字を理解して遣うことって全然別でしょ?


それこそ漢字は使いこなせてはじめて
身についた、、って俺は思うけど。


たとえば「鵙」の読みは「もず」だと。
テレビのクイズってそれだけだもんね。

そんなんじゃなくて、
じゃあ、鵙っていう鳥がどんな鳥で、
どういう活動をする鳥なのか、って
単に読みを知ってる、っていうんじゃなくてさ
どういう鳥なのか実際に分かっていないと
その鵙っていう文字を日常生活の中で
使いこなせないじゃないですか。
もずのはやにえ、だって見ていないとわかんないだろうし、、。

ところで「もず」っていう鳥、実際に見たことある?
「もずのはやにえ」って、見たことある?

漢字が分かる、っていうのは
そういうことだと思う。読めたから、どうの、
じゃなくて、その漢字を日常の中で
どう使うか? でしょ。
それができないことには、ねぇ。

せめて常用漢字の漢字の意味くらいは
押さえておいたほうがいいんじゃないかなぁ。
子どもに凝った名前つけるのもいいけどさ、
その漢字の意味をちゃんと
知ってないととんでもないことになるし。

で、実際
発音上、凝りに凝ってつけた名前なんだけど、
意味が「不幸」だった、なんていうこと
実際にそこここで起こってる話だし、、。
(実例を挙げると、これをお読みの人の中に
実際にそういう人に行き当たる場合だって
出てくるから、そういう具体例は書かないけど。)


難しい字って、そりゃ、読めたら読めた、でこしたことは
ないけど、大体がそういう難しい字を調べるとか
字を忘れちゃった、っていう時のために
辞書とか辞典があるんだから。
分からなかったり忘れたりしたんだったら、
どんどんそういう参考図書を使って
調べたらいいと思うけどなぁ、、。


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おべんきゃう」カテゴリの記事

Comments

広辞苑は家庭に置くのには良いサイズだからじゃないですか?多分謙介さんのお家も同じ状況だと思いますが、日本国語大辞典だの百科事典だの大変な場所塞ぎでしょ?我が家はその手の日本語のものプラスフランス語の辞典の山ですもん、どれだけのスペースとってるか…重さもたいへんですし。一冊ですむならいいなっていう感じでしょうか。
前の記事へのコメントいっしょに書いて申し訳ないのですが、あの懐かしい電話、今の子たちは使い方がわからないんですよ!!プッシュ式しか使った事無いから。上の子が小学生になったとき、まだ公衆電話がダイヤル式で残っていた時代で、使い方教えに公衆電話まで行きましたもん。今は公衆電話自体なくなりましたねえ。

Posted by: ありくい | 12. 02. 17 at 오전 7:24

広辞苑って買ったことはありません。
既に電子辞書化されていました。
最近はwikiったり、ググったりって感じでしょうか(笑)。
情報が正しいか、また洗練されているかという判断をしないままに、ネット上の情報を“正しい”と受け取る傾向があるようです。

漢字についてはいろいろと思うことがあります。
年に数回乗るチャイナエアラインでは、台湾の方が地元の新聞を読んでいます。
英文字以外はもちろんすべて漢字なのですが、それがまた難しい字だこと!
おそらく先の大戦以前の日本でも同じように使っていたと思いますが、本字というのか正字というのか略字を使わずに表記することがいかに難しく、しかし大切なことだと思ったしだいです。

簡体字やハングルを使う地域で、言葉の質・レベルが低下しているという記事をどこかで読んだことがあります。
日本も“平仮名”表記がおかしくない風潮が広がり、最近では市町村名まで“敢えて”その表記になっているところがあります。
言葉は悪いのですが、僕は「バカっぽく」感じられて好きになれません。
その土地を表している漢字にはきちんとした由来や意味がある所がほとんどなので、忌み嫌われたり差別的であったりという種々の問題が無い限り、文字として子々孫々まで正しく残していくほうが良いのではないかと思うのです。

謙介さんの仰るように、「鵙」という字を読めても、それが何なのかを知らないのであれば、漢字を知っているというより単に“記号”として識別できているに過ぎないと思いました。
本来的な“漢字を知っている”には程遠いように思います。
最近はキーボードで打つようになり、読めるけど書けないということが、自分自身にも頻繁に起こるようになりました。
猛省点です(>_<)。
文字を書く大切さを伝えていくことも必要な時代になってきましたね。

Posted by: タウリ | 12. 02. 17 at 오전 11:55

---ありくいさん
 やっぱり、サイズですね。(笑)三省○の新明解、ほど小さくはない、だけど、もうちょっと大きな辞書で、っていうと広辞苑、ということになるのですね。ありくいさんの大変さ、うちも似たところがあります。日本国語大辞典に諸橋の大漢和に、時代別国語辞典に、、。辞書で埋もれそうです。 ダイヤル式の電話、数字のところからフックのところまでダイヤルを回して、それが戻ってからまた数字を、という間が今にしてみればなんともかつかつしていなくていいように思えたりするのですが、、(笑)

Posted by: 謙介 | 12. 02. 17 at 오후 12:44

---タウリさん
 ウィキペディアは、自分の専門関係のものを検索してみて、やはり間違いが結構あるなぁ、という印象です。というのかネットはやはり正しい情報と間違った情報が並列してぶら下がっていますから、その中で真贋を見抜く、という能力が必要ですね。間違いも結構正しい、という顔をしてぶら下がっています。
 そうですね。台湾の漢字は「繁体字」表記ですもんね。韓国の国語学者も漢字尊重派とハングル派に分かれてものすごい論争がありました。日本の統治時代に漢字を遣ったので、その反発もあって「ウリハングル」ということで、一時はハングルだけしか教えない、という時期がありました。表音文字のハングルは本当に困ります。前にも言いましたが「コピ」だけでは「複写」なのか「コーヒー」なのかはたまた「鼻血」なのかわかりません。漢字だと表意文字なのでその分すぐにわかりますし、韓国語の発音は元々漢語のものもたくさんありますから、日本人が聞いたら、チャドンチャは自動車だね、ってなんとなく類推ができるんで、便利なのですが、、。何せ植民地時代のすべてが忌まわしい、という反動の時期があって、その時期に韓国からは漢字が一掃されてしまいました。漢字もひらがなも同じように遣える、というベースがやはり必要ではないか、と思います。最近は、やたら「やさしさ」を強調するのかひらがな書きが多いのですが、やはり両方使えて、の日本語です。同じように大切にしないといけない、と思うのですが、、。

Posted by: 謙介 | 12. 02. 17 at 오후 12:56

長々とスミマセンでした。
謙介さんの仰るようにバランスですね。
漢字ばかりで堅苦しいのもどうかと思いますが、平仮名ばかりで意味が通じづらくなるのも問題です。
漢字の間を埋める仮名のバランスが、おそらくは古典で見る文字の美しさになっていると思います。
仮名では土佐日記のようなものもありますが(苦笑)。

最近気付いたことですが、自分のブログを書くときよりも、謙介さんへのコメントのほうが“内容”が充実しています(^_^;)。
テーマの重さの違いを感じたしだいです。
長文も多々あると思いますが、これからも宜しくお願いしますm(_ _)m

Posted by: タウリ | 12. 02. 17 at 오후 6:12

---タウリさん
いえいえいつも真摯な意見をいただいて、本当にうれしくて、感謝してします。俺の話が、そんなふうにタウリさんの中で、何かのきっかけになってくださったのであれば、それが一番だと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。土佐日記で紀貫之がかなの名筆家になったんですが、それ以降、なんでもかんでも仮名書道の名品があったら貫之作ということになってしまいました。(笑)

Posted by: 謙介 | 12. 02. 17 at 오후 11:58

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