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12. 01. 27

高知へ(4・了)

さてもさても最終日です。
今日は朝10時に会場に行って
残務処理というのか今後の手続きをして、
午後はこの会場のほうの先生から
専門の話の講演があって、その後
終了式があっておしまい、というスケジュールです。

せっかく高知に来たのに、観光をしていない、という
ことがふと頭をよぎりました。どこか行きたいなぁ、、。
桂浜? 高知城? はたまた、、
とあれこれと高知で行けそうな場所を考えたのですが、
どこも早朝は開いていないし、このクソ寒いのに、
何の酔狂で海辺まで行って怒涛を見る、というのも
なんだかなぁ、、と思いました。

でも今回の授業が終わったらとんぼ返りをするので
終わってからどこかに行く、という時間はまるでありません。
時間は朝のひとときしかないのです。

さて。どこに行こうか。大体が桂浜なんて何度も行ったし、、。
後、行きたいところは何箇所があったのですが
全部高知市内から1時間半はかかる場所です。
そんなの無理。

ということでやはり高知といえばよさこいです。
よさこいといえば「坊さんかんざし買うを見た。」です。
ということで、その坊さんのいた五台山に行くことにしたのでした。

こじつけこじつけ。
五台山はホテルからそう遠くありません。
ホテルから15分ほどで下の青柳橋まで来ました。
雨降り土曜日の早朝でしたが、それでも車で上がっていく途中で
歩いて山に登ろうとしている人に何組も出会い、改めて登山ブームとか
健康志向の強さを思いました。
去年春に鳥取に行った時も、あの直立したような鳥取城の山上まで
登ろうとしていた人に出会いましたもん。
五台山は自動車の登りの道と下りの道が完全に分離しているために
対向車というものに出会いません。
というのか、五台山に通じる道が狭いので離合が難しく
自然にそういう決まりになったのだと思います。
ホテルから20分ほどで五台山に到着です。
車だとはりまや橋近辺から20分で到着しますが
よさこいの歌に歌われた五台山の坊さんの純信さんは、
歩いてはりまや橋までどれくらいかかって、お馬さんに
逢いにいったのでしょうか。(笑)


雨は細かい雨が降っています。
この五台山竹林寺は四国霊場第30番札所です。

Chikurinji1

さっそく山門からく境内に入ってみます。
見事な階段が本堂へと連なっていました。


Chikurinnji2

ここは土佐藩主の山内家の菩提寺でもありましたから
寺紋は山内家と同じ三つ柏です。
本堂は目下修理中。残念でした。


Chikurinji3


竹本土佐太夫の碑がありましたけれども、碑文を書いたのが
陸軍大将(というのか、阿部大将といえば、
謙介の中では最後の朝鮮総督、のイメージなんですが)
の阿部信行です。

年代から言って昭和16年に亡くなった6代目 の土佐太夫のことかな
と思って碑の裏を見たらやはりそうみたいで。
この6代目の土佐太夫が、大阪で浄瑠璃の慈善公演を
行って、この竹林寺の大師堂の修繕復旧費用を寄進した、と
そのことを顕彰してこの碑が建てられたのだ、とありました。

Chikurinji5


お参りを済ませて、本坊のほうに下りていきました。
生け花がひときわ目を惹きました。

Chikurinji7

もうちょっと近寄ってみます。

Chikurinji8

実はこの竹林寺には、名物の羊羹があります。
作っているのは、代々土佐藩の御用菓子を作っていた
西川○というお菓子屋さんです。 街中のお土産ものやさんには
なくて、ここだけでしか売っていません。
この羊羹、形状が普通の羊羹と全然違います。
円筒形。しかも長さは10センチくらい。

Chikurinji9
羊羹の蓋を取って容器の底を押すと、羊羹がうにゅーっと上に出てくる
仕掛けです。羊羹の容器の縁に糸がついていて、適当な長さのところで
その糸で羊羹を切ってぱくっと食べる、という形になっています。

Chikurinji10

どうしてこうしたか、と言えば、お遍路さんが買って、歩きながら
甘いものが欲しくなった時にぱくっと食べられる、ということを
思って作ったからです。
帰ってから食べてみました。 上品な味わいのいい羊羹でした。

さて、せめて一か所でしたが高知観光(笑)もできたので
急いで山を下りて会場に向かいます。
朝の9時前でしたが何せ土曜日なので車の混雑は
全然ありません。

五台山からは30分もかかりませんでした。

行くとちょうどこちらの係りの方が部屋をあけて
エアコンを入れてくれていたところでした。
もうこの方とも顔なじみになったので、
2年間のお世話のお礼の後で、この研修の裏話を
聞いたりしました。
そうこうしているうちにメンバーもみんな揃い、、。
今日はもう残務処理とか手続きの話なので
みんなのんびりとした顔つきです。

中にでも疲れ果てた、という顔の人が3,4人いたので話を聞くと
聞くと、朝の4時まで5次会があってどんちゃんやっていたとか。
さすが高知というのか、、、、。

午前中は、去年と今年やってきた研究を来年度以降も
継続して行っていくのですが、その計画の修正とか
改善方法について自分なりにまとめて先生と
相談しました。謙介の場合は、多少修正はしましたけれども
大体原案通りで、ということになりました。
お昼を構内の食堂に食べに行って、午後は
この会場の担当の先生の講演でした。

それが、この先生、海洋微生物学の専門で
黒潮の話をしてくださったのですが、1時間が
あっという間だった、というくらいおもしろい講演でした。
もうね、今までなんとなく知っていた黒潮のことが
180度ひっくり返されてびっくりしてしまいました。

たとえばです。みんな黒潮というと海の恵とか
言うけれども、黒潮ってそもそも植物プランクトン
がいません。なぜならその植物プランクトンを
生み出す窒素とかリン酸という無機栄養塩が
黒潮の成分の中には存在しないのだそうで。
ですから植物プランクトンがいない。
その植物プランクトンを食べる動物プランクトンがいない。
そしてその動物プランクトンというエサがいないですから、
魚が来ないという海なのだそうです。 
そういう意味で黒潮というのは全く海の中の資源のない流れで
専門家の間では「海の砂漠」という言い方さえ
あるのだとききました。
大体が「黒潮」という名前だって、微生物がいないから
水の透明度が上がって、それで「黒く見える」という
ことなのだそうで。
謙介、そこでおもわず四
万十川を思い浮かべてしまいました。
四万十川の上流って行ってみたら
分かるのですが、両岸が岩です。
粘土とか土じゃないんです。だから普通だったら
土砂が水に溶けて水が濁ったりするのですが、
岩ですから土が水に溶けない。
それであの川は清流なんですよね。

黒潮の恵、といえば、回遊魚を運んでくる、ということですかね
ということでした。
これだけ聞いても、え、黒潮ってそういうものだったの?
って思ってしまいました。
1時間の講演が終わって終了式になりました。
全員、院生は一人ずつ3分以上5分以内で
スピーチをしろ、ということでした。
みんなそれぞれの個性がよく出たスピーチでした。
最後に記念撮影をした後、先生に花束と寄せ書きを
渡して、2年間の授業は終了しました。

別れ際にここの会場の人から「うちの名物で室戸貫歩、
っていう行事があるんですけど、参加しません? 」と
誘われてしまいました。 これは毎年12月に20何時間かけて
ここから室戸岬までの約90キロをひたすら歩くという
行事だそうで。去年の12月で何と51回目だとか。
ちょっとそそられたのですが、身体のこともありますし、、、。
大体最初が空手部の人たちの鍛錬のためにはじめられた
行事だ、って言うんだもん。

あははははは、と言って笑ってだけおきました。
そのうち、謙介、ちゃんとエントリーしといたで、とか
メールが来たらどうしよう、、。


    
外に出たらやはり相当激しく雨が降っていました。
午後3時です。近くの伊野インターチェンジから
高速に乗り、30個近いトンネルをぬけて
実家に戻ったのは4時半でした。

   ひとつのおわり、それでも人生はつづく。


実家のあたりは晴れていて
夕焼け空が広がっておりました。


これで今回の高知のお話はおしまいです。
ながながとお読みくださってありがとうございました。

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