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12. 01. 30

無理なものは無理

つい先日センター入試がありましたね。
今年は試験官の不慣れと不手際が重なって
あちこちで問題が生じた、とニュースになりました。

試験官は大学の教官です。
(国立大学、たって、
正しくはそんなものこの国にはもはや存在しないのですが、
やはりいまだに国立大学って看板を外すのは
お嫌なのか国立大学法人とか言っていますが。
その国立大学では教員のことを教官と呼びます。)

当然事前に教官対象に今年の入試の進めかたについての
周知会とか事務連絡会もあったそうですが、
実は担当教官全員がそれには出ていないのです。

周知会のその時間にたまたま講義があったとか、
その日出張とかという理由です。でも、もっと酷いのは
どうせそんなもん去年と同じなんやし、出るのがめんどくさい。
まぁそういう理由で周知会に行かなかった、と。
でも実際の方法については昨年と今年は違ってた。

それと先生の中には、俺は研究者であって、そんな
事務周知会なんぞに出ている時間はないのだ、と
思っている人も少なからずいるということも聞きました。

まぁそういうふうなことが重なった、ということなんでしょうね。
受験生にとって入試は、この時期、センターのそれだけでは
ありません。センター入試の再入試と、他の私大の
入試が同じ日になった、っていう生徒だっています。
そういうの、どう責任取るのでしょう???

で、もっと言えば、そういうときに「すんません。」
って謝るのって、その大学の入試課長だったり
学生部長だったり学長だったり、なわけです。

実際に周知会行くのめんどくさ、っていって
ろくに説明も聞かずに不手際をして受験生に迷惑をかけた
本人って、すんません、って言わないんですよね。
これって変じゃないですか?

あのニュース見ててそう思いました。

去年は謙介、高校生3年受験用の国語と日本史をずっと
見てきたので、今年は例年に増して、入試問題を
ちょっと気にしていた
ところがあります。

で、日本史は措くとして、国語です。
国語の教科の嫌いな人に言わせると、
大抵出てくる嫌いな理由が、
「解釈がいろいろでこれも言えるし、でもあれだって言える、って
言うばっかりで、どれが本当の答えなのかよく分からないのが嫌。」
という答えをよく聞きます。

Aという解釈もできるし、Bという解釈もできるし、、。です。
数学みたいに、すっきりとした解答が出ない、
ということらしいのですが、、。

謙介は一応「そんなもの、おっさんおばはんになったら分かるんじゃ。」と
言っています。

だって、そうでしょ? 
いい年したおっさんおばさんになって考えて、
「自分の人生を取り巻く問題ですっきり回答の出たこと」って
ありますか?

俺、そんなすっきりした答えの出たたためし、ってないんですよ。
でもね、人生なんてそんなものなのではないですか?

すべてはぐずぐずしていて、答えが出た、と思ったら、
違うところから別の影響が出てきて、、それはダメになって、
またダメになりかかったら、すっきりしそうになって、、まだなんとなく
尾を引いているような問題ばかりです。いつまでも片付かない。

問題に対する解釈だっていろいろです。
例えば借金をしたら必ず返さなければならない、と思っているのは
世界中で日本とドイツくらいかもしれません。

ひどい国になったら、「そんなもの、貸した国が悪いんじゃ。」と平気で
居直る国だってたくさんあります。そういう解釈だって世界中では
あります。

文学はつきつめていけば人間の生を題材にすることが中心です。
生きている人間の問題なんて、ちっともスカッと
片付いたためしがないのですから、それを題材にしている文学だって
そんなもの、答えなんてひとつじゃなくて当然でしょうに?
なんで大人ってそう答えてやらないのか。

今のヨーロッパを見たらいい。解決について
スカッとした回答が出て問題が片付くのか?

無理!

あ、これはスカッとした回答が出た。(笑)

まぁそれはともかく、人生で
スカッとした答えが出るのが不思議です。

♪いんせんーよろかじ なむじゃどーよろかじ 
(人生いろいろ 男もいろいろ) 
ということで、国語の文章題なんてすっきりとした
答えがなかなか出ないのはそういう理由である、と
高校生には話してあげました。

まぁそれでは何の解決にもならないので、
文学の本筋とはあんまり関係ない
受験用の国語の答え方のテクニックを
教えておきましたが。

ということで日曜に予備校の講師をしている
従妹が仕事の帰りにちょっと来ました。
彼女も国語です。
彼女、怒っていました。
教えている生徒で、昨年は無理だったのだけど今年は
○○大学を受験して通りたい、と。
(まぁだから予備校にきているわけですが。)
ところが全くさぼりまくって授業には出てこない。
出て来ないから分からない。分からないからできない。
で、模擬試験の成績も、その行きたい○○大は到底無理
という結果が出たそうです。
で、従姉妹は率直に
「あなた、この成績では○○大学は無理。」
ってはっきり言ったんだそうな。

そうしたら、親御さんから、「どうして、無理なんですか? 」という
切羽詰った電話が予備校のほうにかかってきたそうで、、。

で、彼女は、予備校の電話にかかった人に
その生徒は全然授業に出てこなかったこと、
予備校に入っても、本人がやる気を出して
何とかしようと思わない限りは成績が上がって
試験を受けて何とかなる、という状況には
ならないことを言ったそうな。


だけど予備校の教学総括の先生から彼女に
「もう少し、指導の表現を、なんとか、、」というご指導が
あったとか。
「そんなこと言ったって、授業はさぼりまくり、
全然理解する努力もしていない。そういう生徒に実力を
はるかに超えた学校を受けて合格できるなんて
そんなもの、無理なものは無理なんだから。
最初から変に期待を持たせてどうすんのよ。」
ということで怒っていたわけです。

「予備校へ入ったら、何もしなくても勝手に実力がついて
難関大学に合格できる魔法でもあると思っているのと違う?」
と言ったら、「そう思ってるんでしょう。」と言っていました。
予備校に入った段階で、で、思考停止になってしまっていて
何にも考えられなくなっているわけです。
本当は、自分の実力を客観的に眺めて
そこから、自分はどうしないといけないのか
というところに持っていかないといけないのですが
そこまでになると今度は自分の能力の限界、ということを
見ないといけなくなって、今まで万能感を持ってきた
自分にはそれがどうしようもなく惨めに思えて
思考停止になるのでしょう。

でも、本当はそこで自分を客観的に見て
自分の弱点はどういうところで、そのためには
どうしないといけないのか、どうする必要があるのか、
というところをきちんと見ないといけないんですけどね。


そういうしんどい経験をすることが
勉強よりももっともっと自分を育てる
という意味で大切なことだと思うんすけどね、、。
従姉妹の話を聞いていてそんなことを思ったのでした。


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Comments

予備校生の話題関連ですが、最近は自らの行動に対して責任を持たない人が増えているように思います。
以前は道徳の時間にいろいろな話を見聞きして、先人や仏道などからの道徳心を学んだものです。
良いことをすれば良いことがあるし、悪いことをすればそれなりの結果や償いをしなければならない。
責任を持たないだけでなく、他人のせいにすることも増えているように感じ、日本人の品性・品格の低下を感じるところです。
自分への戒めもこめて。

借金をきちんと返すのって日本人とドイツ人ぐらいなのですね(苦笑)。
タイをみていて、お金の感覚が日本人と全く違うなと感じていたところです。

謙介さんの仰るとおり、0か1か、白か黒かなんて人生においてそうそう明白になることはないようにおもいます。
限りなく白に近いグレーとか限りなく黒に近いグレーとか、灰色の度合いの話になってくるのですよね。
ネズミ算の話を聞いたことがあります。
2の何乗というアレです。
生物の先生が「先天奇形や疾病、不妊、共食いで徐々に減数していくから、純粋なネズミ算は有り得ない」と。
ネズミ算といえども、将来はグレーなのです。

Posted by: タウリ | 12. 01. 31 at 오전 10:17

---タウリさん
実は、書こうかどうしようか、と思ってたんですよ。この間までの院生の生活の中でもそんなことありましたね。自分だけ責任を果たさないように逃げていて、、でも最後でこの研修はとても勉強になった、とか。口先だけでああだ、こうだ、って言っても、実際の態度はどうだったのか、と言えば、「?」な人がいました。口でかっこいいこととか耳触りのいい話をするのは、簡単ですけど、そうじゃなくて、目立ちはしなくて地味だけれども、ちゃんと役割を果たして基礎を作った、そういう人間になりたい、と俺も思っています。ドイツは、つい何年か前にようやっと第一次世界大戦のドイツの借金を返し終えた、という話を、聞きました。しかし、大半の国は借金なんか踏み倒すためにあるもの、という考え方でしかありません。タウリさんにもお話しましたがタイの雑誌、あれ以降、うんともすんともです。
人生なんてすっぱりと回答できるようなことなんて何にもないと思います。すべてはぐちゃぐちゃでけじめなく、ずーっと継続中なのだ、ひとつだけ明明白白なものがあるとすれば、それは人間の死だけかもしれません。

Posted by: 謙介 | 12. 01. 31 at 오후 8:20

 実は相方の本業は塾の講師でして・・・ただし中学生なんですが。
 この時期,保護者も交えての三者面談では,今まで口を酸っぱくして指導してきたにもかかわらずまったく何もせず,成績,平常点の低い子が高望みな志望を出すとばっさばっさとぶった斬ってるそうです(笑)
 ちゃんと日頃からフォローしてる為,保護者の方もわかってるようで,泣き出す子の側に立って反撃してくるような人は皆無だそうで。
 ま,ぶった斬っても,そこは最後まで面倒見て,入れる高校を探して指導し続けてるようですが。

 「どうして、無理なんですか?」って,子がアホなら親もアホですね(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 12. 02. 01 at 오전 12:39

---Ikuno Hiroshiさん
それが、予備校になると、四国全県から来るから予備校の寮に入っていたりするんですよ。親はとりあえず予備校に入れている。今後のこともあるだろうから真面目に勉強してくれている、と思っていたら、子どものほうが全然、だったり、ということらしいです。寮に連絡をして出てきなさい、っていって、来させるだけでも、、本当に一苦労、って言っていました。どうやっても無理なものは、もうはっきり言うしかないんじゃないか、って俺もそう思うんですけどね、、。

Posted by: 謙介 | 12. 02. 01 at 오후 7:56

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