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12. 01. 11

ボーダーライン

俺ね、実はテレビでやってる韓国の歴史劇のドラマって
ほとんど見たことないんですよ。
ソウルにいたときは、下宿のアジュマが見よう、
っていうんでその時は見てましたけど。
そのドラマ、タイトルがすごかったです。「恨五百年」っていうの。
ドラマが始まるでしょ。そうしたらバーンとタイトルが出るの。
しかも漢字で。恨五百年、って。
もうタイトルだけで圧倒されてしまいましたわ。
わははは。

で、謙介なら見そうなのに、韓国のあの手のもの、
なんで見ないのさ、って言われるんですが、

だってあんなドラマ、時代考証がホント、めちゃくちゃなんだもん。
あの時代にあんな格好なんかしてねえよ、っていうの
一杯出てくるし、、。だもんで見てたらフラストレーションたまりまくりに
なってですね。うっとうしいのが予想されるから見ないの。

文句つけどころなんてもう山ほどあるけど
ひとつだけ言っちゃえば、どうして
みんなあんなカラフルな衣装着てんのさ? って思うわけです。

色の付いた服なんて着るのは王族とか許されたよほどの階級の
それもごく一部の人だけでさ、後は士太夫とか大抵の人は、みんな白い服を
着てたはずだもん。

大体がですよ、かの国の人は自分たちのこと、
「白衣の民族」って白を自慢してたくらいでさ。
白い衣装を身につけるのが普通なのに、
なんで出てくる人間出てくる人間みんな服がああも
カラフルなの? 訳がわかんないです。

だけど、そういう事実を追究したら、今度はドラマが
まぁ色気ないものになってしまうから、なんでしょうねぇ。

登場人物の大抵の人の服の色がまっしろけのけ、
では見ててまぁ楽しみがない、といえば
ないですよね。
だからいろいろと凝ったみょうちきりんな服を着せて
いるんだとは思うけど、、。

でもホントを知ってたら、やっぱり、あれでいいのか、とも
思うし、、。
この線引きが難しい、って思います。


それに関連したことですが、
実は今やってるNHKの朝ドラの「カーネーショ○」の時代考証を
大学の時からの友達のMがやっておりまして。

彼は学部以来ずーっと近畿地方の民俗学を研究してきた人間だし
特に大阪のとある博物館で明治以降の大阪の庶民の暮らしについて
学芸員として長年して研究したり教えてきた経験があるので
そういうキャリアが買われたのだと思います。

だけど、このドラマの考証がなかなか難しい。

というのがこないだ言ったみたいに
言葉一つでさえそうなんですよね。
あのドラマの中の言葉は岸和田弁なんですが
前にも言ったように、「関西弁」っていうものがある、って
思い込んでいる人が結構たくさんいて、その人の中にある関西弁の
イメージと、あのドラマの言葉は違っているんでしょうね。
それで、あんなの変じゃないか、
っていう投書がくるんだとか。

前にも言ったように大阪府内だって
一番中心部の大阪市の島之内の言葉と、北摂の池田では
明らかに言葉が違うんです。
同じように岸和田のある泉南の言葉だって違う。

それを上方の漫才やってるような言葉じゃないから変、
というのは、ちょっとむちゃくちゃやなぁって思います。

でも、だからと言って、全部正しい岸和田弁で芝居させてしまうと
今度は画面の下に字幕とか、副音声の通訳が要りそうだし、、。
だからある程度は全国の人に見てもらっている以上は
ドラマの展開が分からないといけないから、
厳密な岸和田弁に比べたらちょっとまた違う言葉だったりします。
その結果地元民からは変な方言と言われ、他の地方からは
あんな言葉分かりにくいと言われ、ドラマのせりふの
方言もさじ加減が大変ですねぇ。

でもドラマの言葉といえば、
とてつもなく変なことがありました。タイトルは言いませんが
ちょっと前の時代劇で登場人物がみんな
標準語しゃべってる、っていうのがありましたよ。

標準語って、明治時代になってからできた言葉で、
東京の山の手の言葉と山口県の方言(なんたって明治政府の中でひときわ
力を持って主要人物を輩出させた長州ですから。)と京都の公家言葉を
ミックスさせて作った言葉です。

でもどうして江戸時代の人がそのまだできていないはずの標準語で
しゃべってるんでしょう、変でしょうに?

カーネーショ○も、うちのオフクロが見てて変だ、っていうところがありました。

彼に言うちゃりました(笑)けど。
ドラマのカーネーショ○、今は終戦直後ですが、
ちょっと前の戦時中のあのドラマの登場人物の
服装が派手すぎだった、って言うんです。
あの人、戦中戦後をリアルタイムで生きてきましたから。
まさに生き証人です。

いやまぁ主人公の糸子さんはファッションに命をかけている人ですから
おしゃれさんだし、着ているものも多少派手でもいいのかもしれないけれども
戦時中の普通に街を行くほかの人って、あんなに派手な格好は
してへんかったわ、ってあの当時女学生で空襲も竹やり訓練も
バケツリレーも全部経験したうちのオフクロがそう言っていました。

うちのオフクロの女学校の時の一年後輩が
向田邦○さんです。
聞くとすごい学校で、、校舎の廊下は糠袋で
ゴシゴシと磨きあげていた、って言うんです。

うちのオフクロの女学校の時の写真を見ても
記念写真の前に防空壕が写っていたりして、、
戦争が日常だった、という時期があったんだ、
ということがわかります。


でもね、ホント、ドラマなんて所詮はうまく嘘つくことですから、
どこまでの部分、リアリティを持たせるか、
どこからを嘘にするのか、そのさじ加減がやはり
相当難しいのだと思います。

昨日も兵庫県知事が大河ドラマ見て
考証を見るためにドラマを見てるんやない、
あんな汚い画面嫌、って怒ってたとか、という
記事が出てましたね。


現場の演出の人は、できるだけ見栄えがするように
持っていきたい、とか、このシーンだと登場人物を
こう動かせたい、こういうセリフを言わせたい、
っていうのがあるんですが、考証担当としては
そんなことやったら嘘やがな、っていう部分が
あります。どうしても譲れない一線だってありますし。

そういう制作側と考証側のせめぎあいって、
時代を作りこんでいかないといけない、
考証作業のあるドラマでは
いつも繰り返されるんですよね。

カーネーショ○では、そういうせめぎあいも
いつも興味津々で見ています。
あ、お前、そこで妥協してもうたんけ、とか。(笑)

それともうひとつ。
こないだの3連休の何日目だったかの朝に
ジャニーズのにいちゃんがナビゲーターになって
若冲の絵解きをやっていましたけどね。
あれも、ちょっとひどかったなぁ、、。
いや、ナビゲーターのおにいさんがすげえすげえ
っていうのがひどかった、って言うんじゃなくて。
謙介の言いたいのは、番組を作ったNHKが、
あまりに物を知らなかった、ということ
なんですが。

番組の後半で若冲の筆使いを現代の画家に
倣書(ほうしょ=似せたタッチで描かせる)をさせて
いました。それで若冲の絵のテクニックの分析をして
いたのですが、俺は見てて、あーあ、って正直思ったんですよ。

筆で字とか絵を描いた経験のある人間にどうして
製作助言してもらわなかかったのかねぇ、って。

ちょうど場面は若冲の水墨画のところ、どうやったらこの筆使い
でこんな絵が描けるのか、っていう分析やっていたのです。
描き方の分析はやっていたのに
だったらどうしてもっともっと真剣に
紙を分析しないのさ? って思いました。


絵の描き方だけ同じようにやってもダメです。
紙の材質、厚さ、薄さ、本当に同じ墨を使って書いても
墨をどれくらい吸収するか、吸収のいい紙と、ほとんど
吸収しない紙といろいろあって、当然、その結果同じ
墨で描いたとしても紙の質が違っていれば
全然違う作品になるのです。

書家だって作品を書くときには、まず墨とともに
紙の選び方にはものすごく神経をとがらせます。

京都の真ん中、錦に住んでいた、ということは
さまざまな紙が手に入ったはずです。

加えてあれだけ凝り性の若冲という画家が
紙は何の紙でもよろし、なんていい加減な
事は絶対に言わなかったはずです。紙を選ぶときは、手で触って
墨や絵の具の吸収性を確かめ、
描くとき、描いてからそうして乾く途中、乾いてから、にじみは
どういうふうに出るのか、
すべてその傾向を計算をした上で、じゃあこれで、
っていうふうに、紙を選んでいたはずです。

少なくとも俺みたいなインチキ字書きだって、
作品を作るときにその程度の計算はします。

現代の日本画家に若冲の倣書をさせるのであれば
紙を限りなく若冲の描いた紙と同じものを使わないと
いけないはずです。それを果たしてしたのかどうか。


さらに言えば、水墨画の墨はどういう墨を使ったのか。
松の墨なのか、ほかの樹木の墨なのか。
それだって分析はなかったです。

どうしてそこをもっとちゃんと詰めなかったのか?
あまりに描くことばかりに気を取られていて
道具の分析が全くされていない。
あれじゃあ、片手落ちだよね、
見終わってそう思いました。

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Comments

謙介さん おはようございます。時代考証は難しいですね。

大河ドラマがホームドラマ化して以降、私は大河を見なくなりましたが、良く考えて見れば、歌舞伎は史実を無視(幕府の禁止のためもありますが)、時代考証も無視(飛鳥時代でも江戸の服とか)していて、今の大河ドラマの姿勢と殆ど変わりませんし、能とても、定家のように、史実としては有り得ない話が劇になっていたりと、日本の演劇は、昔から、おおらかというか、改変自由なのが伝統なのだろうと思うようになりました。平家物語も、かなり史実とは異なっているということが、学者によって明らかにされていますし。

オペラも、今では19世紀以前のお話は皆20世紀に読み替えるのが、少なくともドイツ方面では定番で、設定の時代どおりにやると、むしろ客がびっくりってことになっています。

韓国の人も、恐らくは、ま、本当はあんなじゃないけど、輸出用、外国向けの韓流ドラマだからね、という意識で歴史物も見ているのではないでしょうかね(もし日本で、大河ドラマを史実と思う人がもしいたら、びっくりですけれど)。

Posted by: まさぞう | 12. 01. 12 at 오전 4:48

>謙介さん
 韓国歴史ドラマ
ドラマだと分かってみている分には
楽しいです。ヨン様の広開土大王も
ですが、イソジンさんのイサンも
おもしろかったです。
 そうですね。方言は、私も三重県
の相可高校を扱った、松岡君のドラマ
見ていて、ちがうと思って見ていました。
 ドラマを見る時もそんな視点で見ると
おもしろいですね。

Posted by: yoko | 12. 01. 12 at 오후 12:51

---まさぞうさん
そうですよね。歌舞伎はいつの時代であろうと江戸時代の格好にしてしまいますよね。というのか、やはり歌舞伎はいろいろと取締り側の眼があるために、世話物が演目にあったりすると、「これはこないだのあの話」なのに、いえいえ昔のはい、○○時代の話で、、というふうに時代なんてごまかすのがお約束、みたいなところもあったのでしょう。見ている側も今のように歴史学とか考古学で専門的に研究したわけでなく、そう昔にさかのぼって衣装は、住むところは、食べ物は、と事細かに調べるなんてしなかったでしょうし、、。まぁ面白ければそれでオッケー、というのが歌舞伎のスタンスですから、時空を超えて、っていうのは普通にあり、の世界ですね。ただ韓国で怖いのは、ドラマを架空の世界のドラマと見ないで、歴史上の正しい過去、と解釈する人間が少なからずいること、学問的に何の裏付けもないのに、直感でこうだ、とむちゃくちゃなことを言っている人がいて、それを信用してしまう人がまた少なからずいる、というところが大きな問題だと思います。本当にそういう困った人が多いんです。それでそんないい加減な話から出発したことがいつか正当化されて、世論になってしまうのが、韓国の非常にこわいところだと思います。

Posted by: 謙介 | 12. 01. 12 at 오후 7:50

---yokoさん
韓国のドラマって、もう視聴者が好みそうなストーリー、お膳立て、なんでもありです。サービス精神旺盛、と言ってしまったら、絶対そうです。面白かったらオッケー、ってはっきり言ってしまってるあの番組制作の方法は考えたらもうすごいの一言ですね。だからおもしろいのだと思います。
相可高○のまごの店、行きました行きました。(笑)やはりドラマになると、実際に話されている言葉とは、どうしても違ってきますよね、、。

Posted by: 謙介 | 12. 01. 12 at 오후 7:56

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