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12. 01. 26

高知へ(3)

前日は雨でしたが、起きて窓の外、道路を見た限りでは
路面は乾いているようでした。
起き抜けの頭を絞りつつ、リハーサルを1度してみます。
あ、ここでまた噛んでしまった。
シャワーを浴びてとりあえず朝食に。
1階のカフェテリアで、朝ごはんをさっと済ませて
もう一度部屋で最終のチェックをしました。
いよいよ出発です。外も明けてきたので空模様を見ましたが
曇ってはいるものの
雨はおちてきそう、という感じではありません。
荷物の確認をして、ドアを閉めてエレベータに。

駐車場から、車を出して会場に向かいます。
それがこの日は20日で、高知県の交通安全の日らしく
登校・通勤の安全指導をする、というのでしょうか。
市内の大きな交差点ごとに何人かの警察官が立っていて
たぶんそれを意識したのか道路の流れも昨日に比べたら
10キロくらい遅い感じで流れています。

でもね、高知の市内の道路は40キロから50キロまでの範囲で
ゆっくり走るのに限ります。
というのが去年、やはり高知のこの道を60くらいで走ってたんですよ。
前に同じように60で走っている軽がいたから。
そうしたら、ウーーーーーってサイレンを鳴らしながら白バイが
やってきて、俺の前の軽、停められてしまいました。

もうそれを見て以来、高知の電車通りでは、
仮に道が空いていてびゅんびゅん
走ることのできる状況であったとしても40から50の間で
ゆっくり走ることにしています。

それに謙介の場合、市内の中心部から郊外に向かって
走りますから、市内の中心部さえ抜けてしまったら
結構車の流れはよくなって、渋滞なしで走れるように思います。
この日の開始時刻は8時半だったので、7時半に出発しました。
20分ほどで8時前に会場に到着です。

行くとすでに事務担当の方が来られていて、本日の
発表順とか、口頭試問の順番とかの掲示をしておいででした。
謙介の発表の順番は4番目。口頭試問は5番目とのことです。
やがて8時20分になって、審査の先生も入ってこられました。
「今日の発表生は、他の人の発表については聞いても
聞かなくてもいい。自分の発表だけに集中してください。
まだもうちょっと準備の要りそうな人は、別室を用意して
ありますから、そっちで準備をしてもらって構わない。」との
ことでしたので、俺は最初の同僚の発表だけ聞いて、
後は自分の発表に集中することにしました。

昨日の夜jからでももうすでに5回練習をしています。
その都度失敗する箇所も違っていて、
さっきはこの部分はうまくいったのに、
今回は失敗した、という箇所が出てきます。
もう練習をすればするほどダメなところは出てくるわ、
その結果自信はなくすわでしたが、
まぁこれ以上ひどいことにもならないだろう、
本番でも失敗するだろうけど、まぁ、どうせ
謙介の力なんて最初からその程度だし、、と思うと
少し気は楽になりました。

一つ前の人の発表が始まる前に、会場にもう一度入りました。
不思議と落ち着いて、ドキドキ感はなかったです。
(たぶん居直ったんだと思います。)
前の人の発表が終わりました。
彼もやれやれという表情をしています。
「2年間おつかれさまでした。」
「次、がんばってください。」
発表用のパソコンに発表用のパワポの入ったメモリ
を差し込んで、準備完了です。

リハーサルで失敗しまくりだったのがよかったのか
居直って、どうせまた失敗するし、あわてなければ大丈夫
と思ったのが良かったのか、ほとんどあがらずに
落ち着いて発表できました。
持ち時間は15分、ということで、途中5分おきにベルが
なります。謙介、若干時間はオーバーしましたが、
(後からタイムキーパーの係りの人に聞いたら17分5秒
だったとか。)まぁ自分的には大したボロも出ずに
発表ができたのではないか、と思います。

指導の教授、聞きにきていた人たちからやはり3つほど
質問は出ましたが、それらはみな大体予想できた質問だったので
普段どおり答えられました。
最後まで落ち着いていたつもりでしたが、やはり自覚しない部分で
ものすごく緊張していたのでしょう。
司会者が、「それでは以上で謙介さんの発表を終わります。」
と告げた瞬間、やはり身体中の力が抜けた感じになりました。
ただ、これで終わりではないのです。
午後からは口頭試問があります。
大体一人1時間。
それでも自分の発表が無事に終わったので、ちょっと
ホッとしたのは事実です。
自分のが終わりましたから、後の院生の発表は
全部聞きました。
みんなそれぞれの研究の成果を報告しています。
大体予定通りお昼前に各自の発表が終わりました。
昼ごはん、と言っても、まだ緊張をしているので
大して食欲もなく、小さい野菜サンドとコーヒーを飲んで
おしまい、です。 
自分のしてきた研究のまとめをもう一度見直して
試問に備えました。

まだかまだか、と思うと時間ってなかなか経ちませんね。
ようやく自分の番になりました。
試験官は3名。
以上で質問を終わります。と試験官の先生から
告げられて、思わず時計を見ました。
ちゃんと時計の針は試問開始から55分が経過している
時間を指しています。

「ありがとうございました。」と部屋を出たら、今度こそ本当に
へなへなとなりそうでした。
しばらく高ぶった気持ちを抑えるために、建物の外に出て
歩きました。 外は寒かったのですが、何せ「終わったぁい!」
と思っているので全然寒くなかったのです。

2年間のことがあれこれと思い浮かんできました。
振り返ってみると、月並みですがやはり
「あっという間」という思いです。
今回のは、自分の専門とは全然違ったので
正直どうなるのか、という気持ちが最初からあって
とても不安でしたが、まぁ最後の成績はともかく
試問にまできたし、論文も出したので、最低でも
通るんじゃないか、という感触はありました。

しばらくそこいら辺をどんどん歩いていると、さすがに
寒くなってきましたし、ちょっと高ぶっていた感情も
やや落ち着いてきたので、建物に入りました。

おそらくもうここに来ることはない、と思って
窓の外の風景を一枚。
思えば最初にこの景色を見たのはおととしの7月でした。
もちろんその時はこのほうきのような木々の枝にも
緑の葉がたくさん繁っていて、それはそれは暑い夏の風景が
そこにありました。
それから2年。本当に本当に時間の経つのは早くて、、
もうちどここにこうして戻ってきたわけですが、自分は
いったいこの2年間でどれほど進歩したのだろう、、
そう思いながらシャッターを押しました。
この3日間で唯一、この日の夕方だけ、夕陽が建物に射していました。


Asakura11


それからまた数時間してすっかり暗くなったころ、
試問がすべて終わりました。
最後に院生全員が集められ、審査の先生から講評が
伝えられました。
「みなさん、おめでとう。全員の修了を認めます。」
ということでした。


その後、荷物をまとめて一度ホテルに戻りました。
昨日も宴会でしたが、今日は修了祝いの宴会をしよう
ということになりました。
昨日の葉牡○から同じ電車通りをちょっと西に行ったところに
ラヴィー○というイタリア料理の店があって、そこでしました。

昨日は高知のいかにも飲み屋さん、というお店だったのですが
今日はカジュアルなイタリアンのお店でした。

それがカメラはちゃんと持っていっていたのですが
今度は今までの思い出話に夢中で、料理も大して食べずに
ずーっと話し込んでしまっていたのです。
2年間いろいろなところでいろいろな経験をしたのですが
その中で、いったい彼はどういう気持ちでその言葉を
口にしたのか、という言葉がいくつかあって、
その時の気持ちを聞いておきたい、と思ったのでした。
料理はバイキング形式で、自分の好きなように
取るので、ずっと話していたら、永遠に食べられない、まま
ということです。
うーん。相手が話好きの高知の人だったからでしょうかね。
とにかくずっと話していた感じです。

ということで、ほとんど何も食べずに宴会は終わってしまって
二次会に行きました。(たって他の人は食べていたようだったので
お茶を飲むだけでしたけど、、。)

じゃあまた明日、と言ってわかれたのが11時過ぎだったです。
腹減ったなぁ、と思ってとぼとぼ帰ろうとしていたら、
高知の研修生が、「謙介おなかすいてる? 」と聞いてくれました。
「何も食べてないんやもん。」というと、
「じゃあ。」ということで、大○の横の屋台に連れていってくれました。
いつも遊んでくれる高知の友達は、屋台、って言うと
あまりいい顔をしません。「衛生がねぇ、、」とだけ言って言葉を濁します。
でも、まぁこれからも高知に来ることはあっても研修仲間と会う
ということはそうそうないかもしれません。謙介も自分の中で
いくらか逡巡はしたのですが、せっかくの機会だし、、
ということで行ってみることにしました。


Warajiya1

わらじ○という屋台のうどんの店です。
いつも大○の北東角に夜の10時過ぎになったら
軽トラでやってきて開店する屋台なのだとか。

ここのおっちゃん、単にうどんを作るおっちゃんではありません。
なんと機械工学が趣味だったりします。
使ったコップとかうどん鉢の洗浄機を自作しているのです!
(食べた場所のアングルから、その機械がどうしても撮れなかったのが残念)


Warajiya2

高松のうどんとはまた違っていましたが、てんぷらうどんの海老のてんぷらが
ことのほかおいしく、うまいうまい(腹が減っていたということも大きい!)
と言って完食しました。

そして日付が変わったころ、ホテルに戻りました。

発表のこと、口頭試問、何も食べられなかったパーティ、うどん屋の屋台。
この一日はこれから先、たぶん自分自身にとって
忘れられない一日になったのでした。


           ×       ×       ×

昨年の暮れに映画監督の森田芳光さんが亡くなりました。
月曜にいつものようにがんセンターに行っていて
その時に内科外来の待合室で聞いたのですが

監督も肝臓の病気であることを知っていて
お酒も飲まずにずっと節制していた、ということだそう。
でも急に症状が悪化して、ああいうふうになってしまった、とのことです。

謙介の場合、同じ病気なので他人事とは思えません。
この病気、監督のように節制していても、そんな節制にはお構いなしに
突然の病状の悪化、というのがあります。そうして全然予期しない
うちに最期を迎えることになる場合があるのです。
月曜にその話を聞いてから、ずっと気になっているのです。


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