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11. 12. 20

とある絵本

ダヴィンチの1月号を見ていたら、
あ、れ、とちょっと驚いてしまった。

本の雑誌なので
いろいろな人の本の紹介があって
そのこと自体は全然驚かないのだけど
知り合いのWさんが作った本を俳優の加瀬○さんが
推薦していたので。

Atagosan

ことわざなんだか慣用句なのかは知らないけれど
「海老で鯛を釣る」という言葉がある。
どうしてこの言葉がことわざなのか、俺はいまひとつ
よくわからない。

だって、普通に鯛のエサって海老だもん。

大体が鯛がピンク色をしているのは
海老を食べるからだし。(笑)
桜鯛の桜色、って海老の色素だからね。

だから海老で鯛を釣るっていうのは、
事実だから、はぁ、で、「それがどうかしたのか? 」としか言えない。
たぶん、このことわざを作った人間は
鯛のエサが何なのか知らなかっただけじゃないか、って
思う。

ま、それはともかく。
この絵本はWさんのおかあさまが
覚えていた昔話をWさんが聞き書きをして
(そういうのを昔話調査の場合翻字とか採話、って
呼ぶのだけど、この絵本では再話、って書いてある。)
Wさんが文字に起こして絵本にしたもの。
もちろん謙介もこの絵本は持っている。
こんなの。

Wakisan1


Wさんは今、中国地方のミッション系の
某女子大学にお勤めで、
現在はその大学の附属図書館長もなさっている。
ちょっと前にも会議でご一緒させていただいた。

お話ぶりはとってもおっとりされているので
のんびりとしている方、というのを想像して
しまいがちなのだけど、たとえば質問を
してくるときは、そのおっとりとした口調で
いきなり核心に斬りこんでくるような
ご質問をなさる。結構怖い。
油断できない。(笑)

Wakisan2

絵本の場合、物語の舞台の実態推定なんてするのは
野暮なことではあるのだけど、
あたごのうら、という場所は実家の街に
本当にはなくて扇町というところに「愛宕神社」がある。
だけど地元では愛宕神社、という正式な言い方は
しなくて、たいていの人は「あたごさん」というけど。

今はこのあたごさんの周辺は長年の間に埋め立てられて
土地ができて住宅だったりバイパスが走ったり
しているのだけど、その昔は海だった。
この愛宕神社の浜でたぶん魚たちがより集って
宴会をしたのだ。

おはなしは、そのあたごの浜に魚たちが
上がってきていろいろな芸を見せ合って
かくし芸大会をする、というお話。

鯛がおひさまになってみたり、
ふぐがお月さまになってみたり、
それを他の魚が見て拍手喝采するという
お話。

それが加瀬さんもお書きのように魚たちの言葉が
おっとりとした高松の方言で語られているので
おおらかで楽しい。

この辺は昔からの漁師町。
おそらくここだけのことだと思うのだけど
この辺には「いただきさん」という
魚の行商の人がいる。


Itadakisan


いただきさんは100パーセント女性。
元は旦那さんが漁師で、獲って来た魚を
奥さんが行商で売る、というところからはじまったから。
最初は大きなたらいに魚を入れてそれを
頭の上に乗せて行商をしていたから
いただきさん、という名になった。
今はそういう旦那さんが獲ってきた魚、というのではなくて
魚市場で仕入れた魚を売り歩く、ということになっている。
街も広がったから徒歩で、というのではなくて
横付けの自転車で、という写真のようなスタイルに
なった。

いただきさんは曜日ごとに行く場所、時間が
決まっていて、その日のその時刻になったら
決まった場所に行く。うちの家の前にも来る。
それで「魚要らんかねー。」と大きな声で叫ぶ。
そうしたら近所のおばちゃん連中がわらわらと
家から出てきて、魚の箱の中を覗いて、
「メバルを煮付け用にしていたー。」
(メバルを煮付け用にさばいてちょうだい。」とか、
「タイを刺身にしていたー。」
(タイを刺身にしてちょうだい)と注文する。
いただきさんのおばちゃんは、長年の付き合いだから
おなじみさんの家の家族の年齢構成を考えながら
小さい子には食べやすいように隠し包丁を入れたり
お年寄りには刺身を細く切ったり、と
臨機応変に細かいリクエストにこたえてくれる。


今ではずいぶんといただきさんも少なくなった
のだけど、それでも旧市内であればいただきさんの
姿はあちこちで見る。

この絵本のお話、
もしかしたら、こうしたいただきさんが
自分の子どもに語って聞かせていた
お話なのかもしれないなぁ、と
思ったりしている。


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Comments

>普通に鯛のエサって海老だもん。

 ああっそんな身も蓋もないことを・・・ッ(笑)

 そういえば,僕が沖縄に移住したばかりの頃(11年前)には,その「いただきさん」のように,タライに貝類を入れて頭に載せて歩いているオバァを何人か見かけましたよ。
 頭上に載せて歩く方が,力学的に言っても骨の構造から言っても楽なんですよねえ。
 ・・・いつからか姿を見なくなったけど,引退しちゃったんでしょうね。

 どうでもいいけど,メバルの煮付けが食べたいです(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 11. 12. 20 at 오후 9:03

---Ikuno Hiroshiさん
いや、まぁことわざとか慣用句というのは、やはり一面の真理とか、鋭い見方をして、なるほどなぁ言わせる部分がないといけないように思うのです。でも海老で鯛たって、そんなの謙介がうどんを食べる、というようなもので。(笑) だから? っていうようなものではないか、と、、。頭上運搬というのでしょうか、あれ、南方系の文化という気がします。謙介がかつて離島で暮らしていた時も、その島のおばちゃんたちはみなこn頭上運搬してましたね。そうですか。沖縄ならまだそういう人がおいでになると思ったのですが、、見かけなくなってしまったのですね。
メバル、小さいときによく亡くなったばあちゃんが煮付けてくれました。そういえば謙介も最近は食べてないです。

Posted by: 謙介 | 11. 12. 20 at 오후 10:31

私が子供の頃、こうやってお魚を売りに来てました。懐かしい!家の近くに来ていたのはおじさんでしたけど。
子供が魚嫌いの理由のかなり上位に「骨があるから」というのがあるそうで、まあなんて情けないと思っていたら、我が家の娘たちも骨がなければもっと好きと申しております…さらに情けない事に、大きな娘たちにねだられて夫はせっせと魚の骨をとってやってたりするんですよ(私には絶対頼まないところがずるいんです)
その大きな娘が「魚の骨がのどに刺さった」という場合、鯛だったら絶対病院に来てもらってと習ったそうですよ。

Posted by: アリクイ | 11. 12. 21 at 오전 7:34

---アリクイさん
小さいとき、骨を取る練習をするのは、本当に面倒で、子どもにとってもうっとうしいものではありますが、やはり大切なトレーニングだと思います。 俺の場合、魚の食べ方はすごく下手だったのですが、島に住んでいるときに、漁師のおっちゃんから特訓されました。
実はうちの仕事場で昨年、魚の干物を開発したんです。その干物、確かに干物でちゃんと骨もあるのですが、その骨を特殊加工して、まったく骨が感じられないようにしました。つまり頭から全部食べられる干物です。これは老人施設でお年寄りがのどに骨を詰まらせることなく食べられるように、そうしてカルシウムをしっかり取れるように、という意図で作ったのです。でも売れてるのかな。(笑)

Posted by: 謙介 | 11. 12. 21 at 오후 10:58

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